晴れやかブログ

元ミニマリスト、パーソナルカラーオタク。「捨て活」も「買い活」もエネルギーの循環。断捨離は呼吸。

喪服はいちど断捨離したけど、買い直したという体験談と、喪服は持つべきだと思う理由

ミニマリストで喪服も処分してしまう方とか、断捨離してしまう方もいらっしゃいます。

実は私も、10年ほど前に一度、「黒い服で十分」と、断捨離してしまいました。

でも、実際に葬儀に遭遇し、とても困ったという体験をしました。それで、喪服は買い直し、今はいつでも使えるようにクローゼットの一番奥にしまってあります。

やはり、喪服は持つべきだと思います。その理由も書きます。

 

父の葬儀で喪服を調達するのに困ったという体験談

私が喪服を断捨離した数年後、父が亡くなりました。実はその父の葬儀のときに、喪服を調達するのにとても困ったのです。

「黒い服」は、たくさん持っていました。でも、ジャケットやスーツのようなものはなく、セーターとかカジュアルなパンツばかり。

確かに黒は黒でも、何だか全然「喪服」という感じではなかったのです。

あまり経済的に余裕のなかった時期、「洋服の青山」や「AOKI」のようなところでさえ高いと感じました。それで、近くの古着屋で2000円くらいで購入しました。

ですが、サイズが9号しかなく、13号のカラダを無理矢理9号のワンピースに押し込み、「1日くらい何とかなるかも知れない。」と、購入を決断し、実家へ。

結局、実家に母の喪服が数着あり、その中の1つを貸してもらい、何とか葬儀を済ますことができましたが、購入した9号の古着は一度も着ることはありませんでした。

喪服は持つべきだという理由:親しい人の葬儀は、喪服どころではない

両親や義両親など、または配偶者とか…本当に親しい間柄の人の場合、葬儀は「呼ばれて行く」わけではありません。喪主ではなくても呼ばれるのではなく、呼ぶ側です。

喪主でなくても、あれこれとやるべきことは盛りだくさん。そんなとき、喪服の心配ばかりしている場合ではないのです。

これが私が、喪服は持つべきだと思う理由です。

それに、「死」は突然やってきます。ある程度予想はしても、それが近ければ近そうなほど、「こんなときに喪服を買うなんて、縁起が悪い」なんて思うものです。

何もないときに買い直し

それで、私は上記のような経験から、まだ自分が葬儀に参列しそうなごく親しい人が生きている限り、「喪服はいつでも持っていた方が良い」と考えを変えました。

そして、父が亡くなってしばらくして、少しお金に余裕のあるとき、例の9号サイズの喪服は処分し、デパートの喪服売り場へ行って、13号の、自分に似合う喪服とバッグなどを一通り購入したのです。

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写真はイメージです。私のではありません。

それで次のお葬式の時から、困ることはなくなりました。葬儀のバタバタの断捨離です。「備えあれば憂いなし」喪服はあった方が良いですよ。

あまり流行などは気にならない部類のものですが、10年に一度とか、長いタームで見直しをしていくつもりです。今は5年ほど前に購入したものが、いつでも着れる、良い状態です。

ミニマリストでも喪服は必要

そんなわけで、個人的には、ミニマリストでも喪服は必要だと思っています。大人になったら必要なのかな、と思います。

ただ、子供の時は、紺などの学校の制服があればそれでも良さげです。そういう制服がなくなったら、喪服は用意した方が良いと思います。

私が最初に喪服を買ったのは、20代の前半、まだ大学生の時でした。親しい人の葬儀に参列するため慌てて買いました。

葬式だからと言って慌てて買うのもどうかと思います

そんなバタバタももうたくさん。私は喪服はいつでも準備しておく派です。

黒い服で代用できる場合があるとすれば、スーツやジャケット、ワンピースなど、キチンと感がある服だけではないでしょうか?

セーターやカーディガンや黒いパンツやスカートでも、キチンと感がなければ、いくら黒くても使い物になりません

「頼めばいつでもどこにでも喪服をすぐに届けてくれるサービス」でもあれば別ですが、非現実な気がします。

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将来的には喪服は断捨離もアリですが

遠い将来、もうまわりに自分の親しい人が一人も生き残っていない…私一人だけ長生きしてしまった…という状況が訪れたら、その時は喪服の断捨離をしても良いかも知れません。

それまでは、クローゼットの一番奥に吊るしておくつもりです。

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