稲荷町猟奇亭~妖美(よみ)

感動を求めて日々生活しています

日本文学史上に残る傑作。『国枝史郎/神州纐纈城』

2021年03月08日 18時20分07秒 | 読書ーミステリ
◆大昔に出た作品らしいのだが、出た当時はあまり騒がれなかったらしい。しかし後に三島由紀夫が大絶賛したことが原因となって再評価されたそうだ。とはいえ、一般的な文庫に収録されたりはしなかったんじゃないかな?そのあたりは大昔の事なので自分には不明。1976年だったかな?講談社から「国枝史郎伝記文庫」というシリ-ズが出て、これで一般的に入手出来るようになったんじゃないかと思う。ちなみにこの講談社文庫版では全巻が「横尾忠則による装丁」だった。



自分なんかもこのヴァ-ジョンで国枝史郎とやらを初めて知り、第1回配本だったこの作品を始めとする数冊を購入。しかしこれも2年くらいしたら絶版。次に復刊されたのは1995年だったんじゃないかと思うのだが、講談社の「大衆文学館」という文庫シリ-ズの1冊として発売された。



長らく絶版状態になっていたこともあり、この時にはかなり話題になって爆発的に売れた事を覚えている。何しろ大規模書店の文庫売上ランキングを見るに、当時はこれが軒並み第1位になっていたもんな。読みたくても読めなかった人達が、わっ!‥‥と飛びついたのだろう。しかしこれも1990年代の終わり頃には絶版。現在では河出文庫で唯一読める。



自分は冒頭に書いた通り1976年に出た「国枝史郎伝記文庫」(講談社)で初めて読んだ。確か小学6年の3月か中学1年の4月だったような気がする。年齢的に「怪奇小説的なもの」を期待して読んだわけだが、期待外れ。そりゃそうだ。これは本来「怪奇小説」ではないし、そんな年齢時にこの作品を読んでも真価は理解出来るはずがない。テ-マすら理解できないだろうよ。20歳くらいになって、ふと改めて読み返した時、この作品のテ-マや奥の深さがようやく理解出来たような気がした。なるほど三島由紀夫が絶賛したのも納得がいく。日本文学史上に残る傑作!ちなみに自分がこの作品で一番好きな場面は、後半で出てくる「光明優婆塞と陶物師との対話」のシ-ン。圧巻!
◆1つ前の記事にも書きましたけどね、『クリスティ-/死との約束』のTVドラマ化について。舞台を日本に移してのドラマ化。ポアロも日本人探偵に転じて‥‥となりますと、ケチはいくらでもつけられるかもしれない。しかし自分としてはケチをつけるつもりはさらさらない。それだけあのTVドラマ版は面白くて完成度も高くて楽しめた。しかしここで取り上げたいのは、あのように「クリスティ-作品を、舞台を日本に移して」というアイディアはどちらが先だったのか?‥‥という事。というのも、クリスティ-『ABC殺人事件』『青ざめた馬』の二作にて、舞台を日本に移し、ポアロなどの登場人物を日本人にして‥‥というアイディアは、漫画家の星野泰視も数年前の漫画作品で試みている。ちょっと気になったのでネットで調べてみたところ、あのTV番組版は第1作目が2015年の『オリエント急行』、2作目が『アクロイド』をペ-スにした2018年の『黒井戸殺し』、そして今回の2021年『死との約束』。ほほお‥‥全然知らなかったのですが、TV版第1作目は2015年だったのですか。そして2015年、2018年、2021年‥‥というペ-スでこのTV番組が作られているという事は、次回作は2024年ですかい?ええええっ、そこまで待てと?あと3年も待つんですかい?自分としてはあれだけの完成度のTV番組なら、もっと早く観たいのですが‥‥。まあ、慌てて雑な造りの番組にされてしまっても困るので、無理は言いませんが‥‥。話を戻すと、星野泰視の漫画版も2015年頃に第1作目が出ていたような気がする。まあ、どちらが先でもいいのだが、いずれにしても「クリスティ-作品で舞台を日本に、登場人物を日本人に替えて‥‥」というアイディアは流行りなんですかね?そして自分としてはこの機会に「星野泰視の漫画版クリスティ-」も今一度評価されて欲しいよな‥‥という事が言いたいのである。最近は絶版のサイクルが速くて、星野泰視の漫画版『ABC殺人事件』『蒼ざめた馬』も入手困難らしいので。ちなみにこの漫画版、『ABC』は「まあまあ」といった出来だったのだが、次に出た『蒼ざめた馬』は本当に素晴らしかった。もっと話題になっても良かったと思うんだがな。




観なかった人は損をしたと思う。3月6日(土)放送TVドラマ『クリスティ-原作/死との約束』

2021年03月07日 18時17分19秒 | 読書ーミステリ
◆3月6日(土)の夜にTVドラマで『クリスティ-原作/死との約束』が放送されましたね。フジテレビだったかな?自分は当日ではなく、録画しておいて本日7日(日)の午後に観ました。たぶん賛否両論になるんじゃないかと思いますけど、自分としては「賛」です。絶賛です!ミステリTVドラマはかくありたい!‥‥といった、もう理想形。いや、本当に面白かった!誉めたい点は色々とあるのですが、特に主張しておきたいこと。最近の純国産の刑事ドラマやミステリ・ドラマって、動機や事件背景があまりに悲しかったり暗すぎるものが多いじゃないですか。或いは警察組織と政治家や暴力団との癒着がテ-マになっていたり。つまり「謎解き」よりも「人間ドラマ」的な面に重点が置かれている。例えば『相棒』とかがいい例なんですけどね。勿論あれはあれで、ドラマとして凄く高いレベルに達しているから文句をつける気は無いんですが、自分としてはもうちょっと純粋なミステリ・ドラマが観たいんですよ。あくまで「謎解き」に重点が置かれているような。そして事件解決へのプロセスが何より楽しめるような。今回の『死との約束』は、そうした望みをきっちり満たしてくれました。満足です。実を言うと、これのクリスティ-原作が自分は未読なもんですから、謎解き面でも実に楽しめました。途中で「ん???」と気になった点があり、「ひょっとしたら真相はこうか?」と何となく予想はついたのですが、とにかく充分過ぎるほど楽しめましたね。このTVドラマを観なかった人は絶対に損をしたと思いますぞ。
◆大昔の児童書ミステリの中には、古書市場に於いてとてつもない高値がついてるものがあるんですよね。ただし、ちょいと古書業界の事を知っている人ならば御存じかと思いますが、「高値がつく=優れたもの」ではない。「当時はほとんど売れなかったが、今になって再評価されるようになったもの」とか「その後は全然再発されなかったために、その本でしか読めないもの」とか「え?あの作家がこんなの書いてたの?‥‥と思われるようなもの」とか。要は稀少価値がある「珍品」の類。これが高値の付く条件という事になります。もっと単純にひと言で言ってしまえば「当時は売れなかったために、世間に出回った数が極めて少ないもの」ってこと。「当時は大して売れなかった」という事が、これぞ中古市場で高値の付く大原則!ベストセラ-に高値は一切付かないぞっ。何はさておき稀少価値‥‥って事ですね。だからホ-ムズ全集とかルパン全集とか少年探偵団シリ-ズとかは、どんなに「美品」で「全巻揃い」であったとしても、古書市場では大した高値はつかないわけです。世間にたくさん出回ってしまってますからね。さて、こないだ暇潰しにネットを見ていたところ、1965年頃に偕成社から出ていた日本人作家による児童向けミステリ・シリ-ズの数々に途方もない値段がついていて驚きました。1冊2万円とか、高いものになると1冊5万円とか8万円なんて値が付いているものもあった。ただ、これらに今では高値が付くのもわかる。これらの作品、当時の超マイナ-作品ばかりだからな。ただ、う~む‥‥‥‥実は自分はこのシリ-ズの何冊かを所有しているんですよ(笑)。勿論全巻は持っていないけど、少なくともこのシリ-ズの中の10冊くらいは持っていると思う。しかもネットで調べた感じでは、そうした5万円とか7万円の値が付いているような「シリ-ズの中でも極めて極めて稀少」なものも数冊所有している。「ブックオフ」では駄目だが、これらを児童書ミステリの価値に詳しい古書店に売れば、結構な「お小遣い稼ぎ」になるのではあるまいか?‥‥なんて思ったりもする。ただ、それらの本は果たして自宅のどこにあるのか?何しろかなりの幼少期に読んだものだから、押し入れの奥の奥のそのまた奥の方にあるダンボ-ル箱の下の方にあるのではないか?ちなみに、それらの本の中の1つがこれ。



これには目が飛び出るほどの高値は付いておらず、古書店によってのバラつきはあるようだが、古書価格は大体1万5千円~3万円程度に収まっているようだ。ただ、数年前に、古書ミステリを集めているあるマニアックな方のブログを見ていたら、これを古本屋で必死に探し回ったが見つからず、古書収集仲間から高値で譲ってもらった‥‥なんて話が書かれてました。おや、そうなんですか。自分も所有しておりますぞ。もっと安い価格でお譲りしましたのに‥‥。しかしこの本を読んだ当時の自分(たぶん小学1年か2年)は、この作品のどこが面白いのかさっぱりわからなかった。ひたすら退屈‥‥って感じで。しかし改めてこの添付画像を見るに、これって大御所・高木彬光が書いたものだったんですねぇ。そしてこの作品は、その後に文庫やアンソロジ-などの別の形での復刊はされていなかったはず。なるほど、これでは高値が付くであろうよ。このヴァ-ジョンでしか読めないわけですからね。例えばこのシリ-ズには横溝正史の『怪獣男爵』とか『大迷宮』が収録されていたんですが、これらは後に角川文庫でも出たんです。あの1970年代後半の横溝ブ-ムの時に。つまり『怪獣男爵』や『大迷宮』は、このシリ-ズ以外でも読めたわけですよ。これでは稀少価値の点では落ちますな。取り敢えず「読む」だけなら可能だったわけですから。それにしてもこのシリ-ズ、確か「西条八十」とか「柴田錬三郎」の作品も幾つか入っているんですよ。小学校低学年当時は「西条八十」なんて全然知らなかったわけですが、今になってみると「えええ?あの西条八十が、子供向けとはいえミステリなんて書いていたんですか!」と驚き。

世界短編ミステリの裏ベストワンに認定したい。『カ-/B13号船室』

2021年03月03日 15時26分59秒 | 読書ーミステリ
カ-短編集って創元推理文庫から全6巻にまとめられていたことは以前の記事で書いた。尤も現在では第2巻『妖魔の森の家』以外は全て絶版になってしまっているんじゃないかな?自分としては第4巻『幽霊射手』と第5巻「黒い塔の恐怖」が短編集としては一番粒揃いだと思っているが、第1巻『不可能犯罪捜査課』もなかなか捨て難いものがある。ここに収録されている『二つの死』とか『めくら頭巾』といった短編は、まさに「カ-ならでは」の作品である。
カ-短編ベストワンとして「1つだけ挙げろ」と言われれば、やはり以前も取り上げた『妖魔の森の家』。カ-のみならず、オ-ル・タイム・ミステリの世界短編ベスト5を選んだとしても、自分はこの『妖魔の森の家』は入れるだろう。
ただし自分的には「裏ベストワン」と呼ぶべきものがある。それが『B13号船室』。先の第4巻『幽霊射手』(創元推理文庫)に収録されている。これは「ラジオドラマの台本」として書かれたものだそうだが、「お話」の面白さや謎の見事さから言ったら、正直なところ『妖魔の森の家』より上なんじゃないか?‥‥とさえ思っているほど。新婚旅行として豪華客船で船旅に出た新婚夫婦。しかし船内で新郎の夫は突如として消え失せてしまう。新婦は乗務員達に事情を話し、夫を探し出してもらおうと必死に訴えるが、乗務員達の回答は次の通り。「いや‥‥しかしですね‥‥乗船した時からあなたはずっとお独りでしたよ。旦那さんなんて我々は全く見かけておりませんが‥‥」。乗務員達の誰もがそう答えるのだ。新婦はパニックに陥る。乗務員がみんなで自分をだましているのか?だとしたら、なぜ?それとも自分は気が狂っているのか?結婚の件は単なる自分の妄想なのか?果たしてこの消失事件の真相は?
こうしたパタ-ンのミステリは実は他にも幾つかある。しかしカ-のこの『B13号船室』が一番見事!こう来ましたか!そしてこういうアイディアが、いかにもカ-らしい!


これまでコロナについては語ってきませんでしたが、ちょいと。

2021年03月03日 08時05分22秒 | 日常
◆これまでコロナ関連について自分の意見を書き記した記事をアップしたことはない。言いたいことはあれこれあるのだが、いちいち書いているととんでもなく膨大な量になりそうで大変なのでやめておく。ただ、一点だけワクチン接種について。ワクチンに限ったことではないのだが、政府側が何か薬品や食料の安全性を国民に示す際、大統領とか首相といった「お偉いさん」が実際に接種したり実際に食べたりして、それがTV中継されたりする。国民はそれを見て「おお、大統領も接種している!ならば安全なのだろう」と安心する‥‥‥‥‥‥のだろうか?だって、接種しているあれって、本当にコロナ・ワクチンなの?実は密かに注射器の中身は単なる栄養剤だった‥‥なんて事があるかもしれないですぞ。食品でもそうですね。例えばの話だが「某国の輸入牛肉は安全ですよ」とのキャンペ-ンで首相がその某国の牛肉を実際に食べている映像が放送されたとしても、その牛肉の正体は実は全く別の上質の神戸牛かもしれない。まあ、こんなことを言い出したらキリがないわけだが、しかし「お偉いさん」が接種したり食べたから安全‥‥と考えるのはあまりに短絡的すぎる。
◆猛反発を受けそうな記事を1つ。TVを観ていると、このコロナ絡みの緊急事態宣言や営業時間短縮の影響で閑古鳥が鳴いている「すっからかんの飲食店」の店内映像が流れている。事実、飲食店は大変なんだとは思う。しかしですよ、以前から1点だけ気になることがあるんだな。なんかTVなどでは全然報道されませんが、自分の知る限りでは人気店って依然として行列とかできているし、混雑もしているんですよ。例えばラ-メン店関係のブログを見てみるに、「ラ-メン二郎」「大勝軒」等を始めとする人気店は相変わらずの行列らしい。勿論そうした店でも通常時に比べたら客足は減ってはいるのかもしれないけど、しかし行列は出来ている。満席にもなっている。自分の地元にもここ数年で劇的に有名になり、ラ-メン・ブログでもよく取り上げられている某人気ラ-メン店があるのだが、そこなんて自分が外からちらりと覗いてみると常に満席状態なんですよ。ラ-メン屋だけでなく、他のジャンルの飲食店も、自分がこれまで気に入って使っていた優れもの店や人気店なんてどこも混んでる。「こういう状況下だからガラガラに空いてるんじゃなかろうか?となれば、行列に並ばなくてもすんなり楽に入れるのでは?」と期待してその店に行ってみたら、どこも昔と変わらず混んでいて「行列待ち」。すんなり楽に入れたことなんて一度もない。繰り返しますけど、そりゃコロナ前の通常時に比べたらそういう人気店でも客は減っているとは思いますよ。しかしTVでよく報道されているように閑古鳥が鳴いている状態ではないんですよ。取り敢えず満席状態はキ-プしている。ここからわかること。今回のコロナにより、要は人気店とイマイチ店の差がはっきり出てしまった‥‥って事なのでは?言い換えると「コロナ感染のリスクを冒してでも行きたい店」と「そんなリスクがあるんだったら、特に行かなくてもいいや」的な店の差がはっきり出てしまったのが現状なんじゃないかと思う。自分なんかもかつては普段の勤務後に「ちょいとくつろごう‥‥」と立ち寄っていた居酒屋を始めとする飲食店が何軒かありましたけど、そのうちの半数くらいは特に「その店の料理が食べたい!」と思って使っていたのではなく、「他の店が混んでいたから仕方なくここに入ることにした」「料理はいかにもチェーン系っぽい平凡な味だが、大箱でゆったりして取り敢えずくつろげるから入った」という理由から使っていた店。となれば、そうした飲食店に現在、コロナ感染のリスクを冒してまで入ろうとは思わないんですよ。半面、こうした現状下でも入りたい飲食店が数軒ある。「値段は安いのに味は凄く気に入ってる店」とか「味はそこそこなんだけど、普段から自分という客を凄く大切にしてくれていたので、こういう時こそ店を救うために訪れなければ!」と思うような店とか。逆に言うと、言い方はキツくなりますけど、現在閑古鳥が鳴いてる店って「凄く美味しいからこうしたリスク下でも足を運びたい!」「その店がピンチならば、それを救うために少しでも足を運んであげたい」とは思われないような店だったんじゃないの?そうした事がこのたびの緊急事態宣言だの時間短縮だのにより明るみになってしまった‥‥という事なのかもしれないと思ったりもするんですよ。なんかこんなことを書くと批判コメントが殺到して怒られそうですが、ならば「通常時ほどではないにしても、人気店にはきちんと客は入っているし満席だし行列も出来ている」というこの現実を、では、どう説明しますか?

自分には最後の最後まで犯人がわからなかったんですけどね。『浜尾四郎/殺人鬼』

2021年02月28日 00時09分56秒 | 読書ーミステリ


創元推理文庫から「日本探偵小説全集/全12巻」が刊行されたのは1984年の事だったか?これって1984年の辺りで発売されたにもかかわらず、今でも現役版なんですよね。あれから何年が経過しているのか?つまるところ創元推理文庫としてもこのシリ-ズはかなり重要視しているのでありましょう。「ミステリ」とか「推理小説」ではなく「探偵小説」と銘打っている事からもわかる通り、日本ミステリ史に欠かせないような「大昔の作品」からセレクトされたシリ-ズ。装丁や造りも非常に丁寧で、全巻揃えて順に棚に並べると背表紙が1つの絵画のようになる。凝った装丁だ。ちなみに創元推理文庫の乱歩シリ-ズでも「揃えると背表紙で1つの絵画」という同じ試みが為されている事は周知の通り。何も個人的に出費して全巻揃えなくても、全巻を揃えている本屋に行って棚を見ればすぐにわかる。そして1冊1冊が分厚い。何しろ第9巻『横溝正史集』では『本陣』+『獄門島』+更に何かしら短編が収録されていたし、第6巻の『小栗虫太郎集』では、あの長大な『黒死館』に加えて、やはり更に幾つかの短編が、第4巻『夢野久作集』では、あの長大な『ドグラマグラ』に加えて、やはり更に幾つかの短編が収録されていたほどなのだ。もう分厚さが目に浮かぶではないか。読んでて眠くなったら枕代わりにどうぞ‥‥という効用を、創元推理文庫はこのシリ-ズに併せ持たせたのだろうか?記念すべき第1巻は『黒岩涙香+小酒井不木+甲賀三郎』。く‥‥黒岩涙香ですと?こんな化石時代のような作家の作品なんて、当時はこのシリ-ズでしか読めなかった。そもそも黒岩涙香なんて明治時代に活躍した日本ミステリの創始者。子供の頃の乱歩が黒岩作品を愛読したそうですよ。自分も是非一度読んでみたいものよ‥‥なんて思っていたので、このシリ-ズで手を出したところ、何しろ明治時代の作品。1ペ-ジ読むのにひと苦労するような恐ろしき文章。黒岩涙香に興味ある方は、1ペ-ジで構わないから、まずは書店で立ち読みしてから「購入する否か?」を決めた方がよろしいですぞ。絶対に衝動買いはやめた方がいい。自分は買ってから後悔した。第2巻が『乱歩』で第9巻が『横溝』だが、ここに収録されている作品は他の文庫で簡単に読めてしまうメジャ-作品だったし、第4巻の『夢野久作』や第6巻の『小栗虫太郎』も、ここに収録されている作品ならば、当時はやはり他の文庫で読めた。よって、なんかあまり「これでなければ!」的な存在価値は無さそうなシリ-ズだったわけだが、「大昔からの日本ミステリの歴史を系統立てて辿ってみたい」という方々には資料的にも役立つシリ-ズだとは思っている。そんな中、自分が「むむ?」と思ったのが第5巻の『浜尾四郎集』。浜尾四郎ねえ‥‥浜尾四郎ときましたか。なんか1970年代の子供の頃に春陽文庫から何冊か出ていたのを書店で見かけた程度なんですけど‥‥。しかし浜尾四郎って、自分が知らなかっただけで、実はこの全12巻のシリ-ズにて「分厚い1冊が一人の作家に丸ごとあてがわれる」ほどの実力者だったのか?取り敢えず収録されているのは自分の未読の作品ばかりなので、ここは購入して読んでみる事にした。これが自分にとっての浜尾四郎・初体験。読んだのは1985年の春めいてきた3月頃だった記憶がある。前半では浜尾四郎の幾つかの代表的な短編が収録されていたのだが、読んでみるに‥‥うわ~っ、こういうタイプの話は自分はかなり苦手なんだよな‥‥。「お話」が全然面白くないミステリ。しかし当時の自分としては相当にお値段お高めと感じられる、この分厚い1冊。このまま積読しておくわけにもいくまい‥‥と面白味を感じられないまま我慢して読む。まさに苦行。そしてこの分厚い一冊の後半を占めるのが浜尾四郎の代表作たる長編『殺人鬼』。この「自分の苦手タイプ」を今度は長編で読むのですかい?あああ、ますます苦行。ところがところがこの『殺人鬼』、読み始めたらすっかり熱中してしまい、結局は一気読み。何ちゃら‥‥って一族(名前忘れた)が次々と殺害されていく。おおお、この展開、大昔に読んだことがあるぞ。『ヴァン・ダイン/グリ-ン家』とか『クイ-ン/Yの悲劇』パタ-ンではないか。しかし『Yの悲劇』とは明らかに方向性が違う。これは『グリ-ン家』だ。日本版『グリ-ン家』。やるじゃんっ、浜尾四郎‥‥なんて思っていたら、浜尾四郎先生、とんでもないことをやっていた!冒頭部でなんと『グリ-ン家』の犯人が誰であるか?‥‥をモロにネタバレしているではないか!こんなことをしていいのか?日本ではほとんど読まれないようなマイナ-・ミステリのネタバレをするのならともかく、なんとなんと世界ミステリ黄金期ベストテンの上位に食い込む、あの『グリ-ン家』のネタバレをあっさりしてしまうとは!驚き呆れてしまいましたよ。というわけで、何はさておき『グリ-ン家』未読の方々はこの『殺人鬼』、絶対読んではいけませんな。登場する名探偵は二人で、この二人が推理合戦で火花を散らす。この推理合戦、軍配は果たしてどちらに上がるのか?そしてラストで犯人の正体が判明した時はびっくりした!この作品を取り上げている他の方々のブログを拝見するに「犯人はすぐにわかってしまうが、しかしこの作品の面白さは‥‥」と語っている。えええ?この『殺人鬼』って、皆様、そんなにあっさりと犯人がわかってしまったのですか?自分はラストまでさっぱりでしたよ。ええ、全然わかりませんでしたね。なお、後に知ったのだが、海外ミステリ専門の権化のような早川ポケミス。しかし20世紀に早川ポケミスから出ていた日本ミステリが、実は3つあるんですね。自分は2つは知っていた。『夢野久作/ドグラマグラ』と『小栗虫太郎/黒死館殺人事件』。何しろこの2つは実際に自分が持っていましたからね。ところが実はもう1作あって、それがなんとこの『浜尾四郎/殺人鬼』。1990年代に早川ポケミスの「復刊フェア」で出た時には驚きました。ところでそうした浜尾四郎なんですが、これなら『殺人鬼』以外にも色々と傑作があるのだろう‥‥なんて期待していたところ、1990年代後半に春陽文庫から『博士邸の怪事件』という作品が装丁を変えて復刊された。当然購入。そして読んでみたら‥‥おやおや、こちらは『殺人鬼』とは比較にならないほどの凡作。結局のところ浜尾四郎は『殺人鬼』だけで充分なんでしょうね。ただ、先程書いた通り、とてつもないネタバレが為されておりますので、『ヴァン・ダイン/グリ-ン家』未読の方は絶対に手を出してはなりません。

苦手なはずの捕物帳で一気読み!久生十蘭『顎十郎捕物帳』『平賀源内捕物帳』

2021年02月25日 17時01分41秒 | 読書ーミステリ
捕物帳というジャンル、どうも自分とは相性が悪い。江戸時代辺りが舞台とはなるが、ミステリであることは変わりないのだから、楽しめてもいいはずなのだが‥‥。例えば『野村胡堂/銭形平次』も『横溝正史/人形佐七』も『岡本綺堂/半七捕物帳』も、自分にはどうも駄目だった。読んでて退屈する。聞くところによれば『半七』なんかは文学的にも高く評価されているそうなんですけどね。ただ、1つだけ、自分的にはとてつもなく面白かった捕物帳が過去にあった。今「1つだけ」と書いたが、正確には2つ。ただ、同じ作者によるものなので「1つ」という書き方をしましたけど。それは久生十蘭による『顎十郎捕物帳』『平賀源内捕物帳』という2作品。1990年代半ばの頃だったと思うのだが、暇潰しに読む本が無かったので、図書館からハ-ドカバ-版の実に立派な装丁の『久生十蘭全集』とやらを1冊借りてきた。第何巻だったかは忘れてしまったが、一切の予備知識は無く、何の気なしに「えいやっ」と棚から引っこ抜いたものを借りたんだと思う。ちなみに久生十蘭という作家では、大昔に『魔都』とか『地底獣国』といった作品が今は亡き現代教養文庫から出た時に、買って読んだことがある。正直なところその当時は「可もなく不可もなし」的な印象を受けた。で、自分が図書館から借りてきたものには『顎十郎捕物帳』という短編集が収録されていた。「しまった‥‥捕物帳か‥‥。失敗したな‥‥」と全く期待しないで読み始めたところ、これがとんでもなく自分には面白かった。短編なので1つ1つの作品がすらすらすら‥‥っと短時間で読めてしまうのも魅力。20個ちょい位の短編が収録されていた記憶があるのだが、とにかく熱中してしまい、読むにつれて残りの未読の短編が少なくなっていくのが残念!‥‥という心境になった。このように短編集を読んでいて終わりに近づくのがつらくなったなんて初めての事。あくまで図書館から借りた本だったので、これって文庫か何かで出ていないのかな?‥‥と後に探してみたところ、朝日文芸文庫からこの『顎十郎捕物帳』が、



そしてそれとは別に、更に『平賀源内捕物帳』というものも出ていた。



2冊とも購入。『顎十郎』は既に読んでいるので、この文庫版で再読したことになる。お話し的には『顎十郎』が上であり、ミステリ的には『平賀源内』の方が上のような気がする。どちらか1つ‥‥というのであれば『顎十郎』を薦めるが、もし捕物帳というジャンルに抵抗が無ければ両方とも読むことを薦めたい。ただ、この朝日文芸文庫版は既に絶版だと思う。何しろ出ていたのが1990年代後半であり、あれからもう20年以上が経過している。そこでもし朝日文芸文庫版が手に入らなかった場合、創元推理文庫から出ている『日本探偵小説全集/第8巻/久生十蘭集』に『顎十郎』の(たぶん)全短編は収録されていると思うので、次善の策としてこれで読むしかなさそう。



ただしこの創元推理文庫版には併せて『平賀源内』も収録されているのだが、こちらは「全て」ではなく「幾つか」が収録されているだけなのである。これが残念。どうせなら『平賀源内』全ても併せて収めて欲しかったな。

究極の様式美。『ヴァン・ダイン/グリ-ン家殺人事件』

2021年02月25日 12時55分26秒 | 読書ーミステリ
クリスティー、クイーン、カーの全盛時代ともいえる1930年代をミステリ黄金期と呼ぶとすれば、この三人より僅かに先にデビューしたのがヴァン・ダイン。ミステリ・ガイドの類いでは必ずと言っていいほど「大巨匠」扱いである。自分が知らないだけで実は短編もあるのかもしれないが、基本的には「12作の長編のみ」ということで、クリスティやクイーンやカーよりも作品数は遥かに少ない。かつてはこの12作の長編全てが創元推理文庫から出ており、いつでも全ての作品が簡単に読める状態であったが、ここ15年くらいは一部の代表的な作品を除けば絶版だらけ。このように「かつては創元推理文庫から全作品が出ていたけれど、今では‥‥」となってくると、往年の大巨匠ヴァン・ダインも読まれなくなりつつあるのだな‥‥と栄枯盛衰を感じてしまう。ていうか、これまでも自分はブログにて何度となく疑問を投げかけてきたのだが、このヴァン・ダインという作家は本当にそんなに凄い人なんだろか?自分は12作中11作は読んであるのだが、「読み出したらやめられない!」的面白さを感じたことはなかった。例えばデビュー作の『ベンスン殺人事件』。大昔の発表当時はかなり話題になったらしい。しかし10年くらい前に創元推理文庫で新訳版が出た際に読み返してみた感じでは、まあ旧訳に比べたらずっと読みやすくなっていたこともあって、少しは面白く感じられはした。しかしそれはあくまで「旧訳に比べたら」というレベルの話であって、到底「読み出したらやめられません!」的面白さとは程遠かった。第2作目の『カナリヤ殺人事件』は発表当時は大反響。これが正式なヴァン・ダインの出世作とされ、この『カナリヤ』によってヴァン・ダインという名は世界的に有名になったそうだが、う〜ん‥‥これまた数年前に創元推理文庫から出た新訳版で読んでみたところ、これがもう苦痛以外の何物でもなかった!いや、本当に苦痛!ミステリを読んでいてこんなに苦痛に感じたことって過去になかったのではないか。とにかく「お話」がつまらない。ひたすら事情聴取シーンばかりであり、その事情聴取のシーンが、また面白みがない。というわけで、読んでいて、もう「誰が犯人でもいいわいっ!」って気分になってくる。他の本と並行して読んでいたこともあって読み終えるまで何と1年近くかかったが、要は「あまりにつまらなくて、なかなか先に進まなかった」だけの話。犯人が判明しても驚きも何もなく、「ああ、この人だったのね」程度。自分には気づいていない何かしらの魅力があるんだろか?この『カナリヤ』の魅力を語れる人は、「こういうところが魅力なんですよ」とご教示いただきたいものだ。さて、第3作目の『グリーン家殺人事件』(1928年)、第4作目の『僧正殺人事件』(1929年)こそがヴァン・ダインの真の代表作と言われるもの。例えば乱歩なんかはこの2作をミステリ史のオールタイム・ベストテン級で高く評価しているほど。確かにヴァン・ダインの長編全12作の中ではこの2つが頭抜けている。他の作品とは次元が違う。古典作品のベスト20とかを選んだら、『クイーン/Yの悲劇』や『クリスティー/アクロイド』などと共に、この2作をランクインさせるミステリ・ファンは多いと思う。しかしですよ、例えばこの2作、犯人を当てられなかった読者はいるのだろうか?自分としては犯人は「みえみえ」なんじゃないかと思うのだが‥‥。『グリーン家』は要は一族皆殺し的にグリーン家の人間が殺されていく。そのぶん登場人物は事件のたびに減っていくわけで、「まあ、残っている登場人物の中に犯人はいるのであろう‥‥」ということになる。そして、そのぶん犯人は当てやすくなる。ここでヴァン・ダインがひと工夫して「殺されたと思っていた某人物が実は生きていた」なんて形でも採っていれば話は別だが、そうした工夫もない。それでちょっと気がついたんですけどね。最近の自分は「ヴァン・ダインって、実は犯人を隠そうとすらしていないのでは?」なんて思うようになってきたわけですよ。野球に喩えると、一流投手って「ど真ん中のストライク」なんて投げませんよね。「ストライク・ゾーン外角ぎりぎりを突いてくる」とか「ストライク・ゾーンからボールに外れるようなスライダーを投げる」とかさ。ヴァン・ダイン投手ってそういう細工を一切せず、「ストライク・ゾーンど真ん中に、ひたすらストレートを投げてくる」というか、そういうタイプなんだと思うようになってきた。「そんなことしてたら読者があっさり『犯人』を見抜けてしまうじゃんか!」ってことになりますけど、だからヴァン・ダインって読者から犯人を隠すことなんかにこだわっていないんじゃないかと思うわけですよ。では、ヴァン・ダインがこだわったことは何か?「作品中に全て手がかりは提示してあるのだから、そこから推理すれば、ほら、きちんと犯人は特定できるでしょ?」っていう、これだと思うわけ。「こちらはストライク・ゾーンど真ん中にボールを投げているのだから、ちゃんと正しいバッティングをすればバットにボールが当たりますよね?」みたいな。つまりヴァン・ダインがこだわったのは、ひたすらミステリの様式美なんですね。「あっと驚く意外な犯人」とか「驚くべき真相」とかではなく、ひたすら正攻法の様式美。確かにヴァン・ダインのミステリを読んでいると、ガチガチに隙間なく煉瓦を積み重ねたような建築物を見ているような、そんな思いにとらわれる。その頂点であり究極型が『グリーン家』と『僧正』なんだと思う。もう、本当にきっちり完璧に作られた建築物‥‥って感じ。こういう形式のミステリ、クラシック音楽の演奏史でいえば「トスカニーニの演奏」みたいだ。メンゲルベルクみたいに「やたらと変化球を織り交ぜる」なんてことはしない。そうした意味からすると、つまり「目指しているものが様式美」という点からすると、なるほどヴァン・ダインってミステリ史の中でもピカイチかもしれない。更にもう一点。こんな単純なことになぜ今まで気づかなかったのだ?‥‥と思うのだが、「ある館を舞台として、一族が次々と殺されていき‥‥」といえば、おお、その数年後に似たような有名作品が世に出ましたな。1932年に出た『クイーン/Yの悲劇』。あれって、クイーンなりの『グリーン家』への挑戦として書かれた作品なのではなかろうか?『グリーン家』を読んだクイーンが「ふふん、俺ならこの設定で、もっとすごい作品が書けるぜっ!見たかヴァン・ダイン、これがミステリだっ!」みたいな。「様式美」にこだわったヴァン・ダインに対し、クイーンはひたすら「驚き」にこだわった。そして『グリーン家』と『Yの悲劇』との比較なら、自分的にはどの角度から見ても『Yの悲劇』の圧勝!

自分がこの超話題作をオススメしない理由。『乾くるみ/イニシエ-ション・ラブ』

2021年02月23日 17時12分18秒 | 読書ーミステリ


10年位前だったか?「どんでん返しが凄い!」「絶対驚く!」とかなり話題になっていたので、文庫版で読んだ。神田淡路町の某居酒屋のカウンター席で飲酒しながら一気読みしたような記憶がある。この作品については自分は過去ブログで取り上げたりオススメしたことは無いと思う。理由は2点。
(1)自分は真ん中あたりで「仕掛け」が見抜けてしまったため全然驚かなかった。
(2)恐ろしく後味が悪い。
まず(1)に関して。これは何も「自分の推理力が鋭いのだ」という事が言いたいのではない。というのは、自分と同世代の人間であれば、おそらく読んでいるうちに「あれ?変だな‥‥。なんかおかしいぞ‥‥」という点に気づくはず。自分なんかもその違和感から推理を進めて「あ‥‥てことは、つまりこういう『仕掛け』か‥‥」と、もう「すぱぱ~ん!」と一気に全容が見抜けてしまったわけですよ。つまりこれは世代的に自分がラッキ-だったわけですね。
次に(2)。この作品読むと相当人間不信になりますぞ(笑)。ネタバレになるからそれ以上は書けませんけど、恋愛中の若者は特に要注意です。
というわけで自分としては特に薦めませんけど、まあ相当話題になった作品でもありますので、話の種に一度読んでみるのもいいかもしれません。

自分ならこれを島田荘司の裏ベストワンに推す。『島田荘司/異邦の騎士』

2021年02月23日 17時08分47秒 | 読書ーミステリ
以前もこのブログで主張したことがあるが、この『異邦の騎士』は御手洗シリ-ズを幾つか読み終えた上で読まないと感動はゼロになる。
1988年初出だったかな?記憶を失った男。自分が何者かもわからないまま工場で働き始める。周囲となかなか上手く関係を作れずに頑張っていく中、ある女性と出会い、アパ-トの一室で共に暮らし始める。デ-トコ-スは横浜だ。ささやかな臨時ボ-ナスでステレオを購入。「ステレオがあるだけでは音楽は聴けず、レコ-ドも買わなければならないのよ」という、ごくごく当たり前の彼女の助言。そして彼女のリクエストで買った初めてのレコ-ドは『ドビュッシ-/アラベスク』だった。ふと見つかった免許証から、男は自分が都内在住の「益子秀司」であることを知る。しかし自分が過去にどんな生活をしていたのかは依然として不明なまま。やがて二人は20代後半の占星術師・御手洗潔と出会う。若き日の御手洗潔だ。超変人の御手洗潔に驚き呆れる主人公。
こうして貧しくも幸せな日々が続く中、二人の周囲には不穏な動きが‥‥。自分は何かの事件に巻き込まれているのか?記憶が失われた過去に一体何があったのか?彼女とのささやかな幸せに崩壊の足音が聞こえる。終盤のクライマックスシ-ン。益子秀司のピンチにハイ・パワ-のバイクで駆けつける御手洗!果たして間に合うのか?頑張れっ益子秀司!そして急げっ御手洗潔~!間に合ってくれ~っっっ!‥‥というのがこの『異邦の騎士』。
いやはや、この『異邦の騎士』には本当に参った。恐れ入った。島田荘司の表ベストワンが『占星術殺人事件』なら、裏ベストワンはこの『異邦の騎士』だろうよ。「泣けるミステリ」というアンケ-トを実施したら自分は間違いなくベストワンに推すし、一般的にもベスト3には入るんじゃなかろうか?1988年初出という事で自分は20代で読んだわけだが、ラストで目がウルウルになった。島田荘司よ、あなたはいつから浅田次郎になった?そして涙ぼろぼろは自分だけかと思っていたら、ネットの感想を見ると、やはり皆さん涙したようですね。結構結構。恥じる必要は無い。これを読んで涙しない方がむしろ恥ずかしいぞ。
しかし‥‥しかしそれだけではない!島田荘司はラストのラストにとんでもない「サプライズ」を用意していたのだ。そうかそうか。実はこれがやりたかったのだな、島田荘司っ!いやはや恐れ入りました。
しかしこのサプライズ、冒頭で書いたように、御手洗シリ-ズを幾つか読んだ読者でないと驚けないのである。絶対にこの作品を最初に読んではいけない。昔「決して一人で観てはいけません」と宣伝されたホラ-映画があったが、こちらは「決して最初に読んではいけません」だ。最低でも御手洗シリ-ズを『占星術』+何か、自分的には『占星術』+『斜め屋敷の犯罪』がベストで、次点は『占星術』+『暗闇坂の人食いの木』か、或いは『占星術』+短編集『御手洗潔の挨拶』あたりを薦めるが。「なぜ?」と言われたら「ネタバレになるから言えません」と答えるしかない。しかしこのアドバイスにきちんと従って読んでもらえた方々には、読後の大きな感動と大きな驚きを責任を持って保証したい。

忘れかけられている大物二人。『鮎川哲也/りら荘事件』『高木彬光/人形はなぜ殺される』

2021年02月23日 17時06分12秒 | 読書ーミステリ
1980年代ってつくづく良き時代だったな‥‥と思う。例えばミステリに限定しても乱歩や横溝のほぼ全ての作品が簡単に文庫で読めた。それが1980年代の後半あたりになってくると横溝は危なくなってきた。勿論、ミステリ・マニアでなくても知っているような超有名作品『八つ墓村』や『犬神家の一族』は「無傷」だったが、ちょいとマニアックな『真珠郎』とか『呪いの塔』とか『仮面劇場』あたりはあっと言う間に絶版へ。昨年6月にTVで『由利麟太郎』が放送された関係で、角川文庫から「由利先生」絡みの幾つかの作品は復刊されたのだけど、復刊されたこれらの作品はたぶん30年ほどの長きに渡って絶版になっていたものだと記憶している。勿体ない話だ。もし「金田一もの」ばかり読んでいた方々がいらしたとしたら、是非とも『真珠郎』は読んで欲しいところ。勿論「横溝初期作品」なので、後の『犬神家』や『八つ墓村』みたいな「練りに練った力作」に比べたら、単純に「ミステリとしては」落ちる。トリックだの真犯人だの真相なんて簡単に見抜けてしまうだろう。これはあらかじめお断りしておく。しかし『真珠郎』の魅力はもっと別のところにあるわけで、「お話の面白さ」とか「作品全体に漂う美しき怪奇色」とかを楽しむべきだろう。いや、本当に作品全体が「美しい」のですよ。ちなみにその角川文庫版『真珠郎』も長きに渡って絶版になっていたのだが、これは確か2018年だったかに既に復刊されている。つまりTV『由利麟太郎』とは関係なく3年ほど前に復刊されたわけで、この復刊は角川文庫、賢明だったと思う。よくぞ復刊してくれました、角川文庫!絶版になっている作品の中で「何はさておき復刊して欲しい!」横溝作品といえば、自分的には『真珠郎』だったので。でも、そういえば最近また見かけなくなってきたな‥‥。再び絶版か?
さて、今回は横溝を語ろうというのではない。同じように「1980年代まではほぼ全ての作品が現役版で読めていたのに、その後は絶版になってしまった」大物として、高木彬光がいる。この人なんかも不運というか、かつてはデビュ-作にて最高傑作たる『刺青殺人事件』を始めとして、『人形はなぜ殺される』とか『呪縛の家』とか、はたまたちょいと路線を外れてベストセラ-になった『成吉思汗の秘密』は言うまでもなく、とにかく昔は数多くの作品が角川文庫に網羅されていたはず。ところが今なんて高木彬光作品なんて、角川文庫からはすっかり消滅してしまった。現在では光文社文庫で代表的な幾つかの作品が読める程度。しかしこの光文社文庫版、ごくごく一部の作品しか読めないという難点はあるが、『刺青』『人形』といった高木彬光の代表作をきちんと復刻してくれているのはありがたい。光文社文庫が出してくれなかったら、高木彬光って今では全く読めない幻の作家になってしまっているところだ。実は自分も1980年代には高木彬光には乗り遅れていた。まあ、高木彬光に限らず、自分はミステリ・マニアの必読書たる『鮎川哲也/りら荘事件』なんかも1990年代に入ってかららようやく読んだ出遅れ組なんですけどね。恥ずかしながら高木彬光の『刺青』も『人形』も、更には『鮎川哲也/りら荘』も、自分は1990年に入ってから遅ればせながら読んだ感じ。ただ、読んでから30年近くが経過しているわけですが、実は内容をすっかり忘れてしまっているのですよ。例えば『人形』は、なんか大マジックの場面から始まっていたことと、特急列車が「人を轢いた!」と思って停止したら、そこには礫死体ではなく人形が転がっていた‥‥くらいの事しか覚えていない。いや、この辺りの記憶もかなり怪しいので、ひょっとしたら間違っているかもしれない。う~ん‥‥これは当然自分が悪いんでしょうが、ただ、『真珠郎』だの『犬神家』なんかはもっと昔に読んでいながら内容をしっかり覚えているわけだから、いやいや、『乱歩/孤島の鬼』なんてもっと大昔に読んでいるにもかかわらずきちんと内容を覚えているわけだから、高木作品自体にもちょっとインパクトが欠けているのでは?‥‥なんて、作品のせいにするような「言い訳めいた意見」を言ってしまったりもするわけなんですが‥‥ごにょごにょ。
ただ、これらの作品を読んでいる最中は、かなり熱中していたことは間違いないんですよ。『刺青』も『人形』も『呪縛』も『りら荘』も一気読みだったことははっきり覚えている。特に『鮎川哲也/りら荘』は。ここで強調しておきたいのは『鮎川哲也/りら荘』って、少なくとも「形式」とか「展開」の点では日本ミステリの自分の理想形なんですな。勿論、現代の日本ミステリのレベルからしたら「落ちる」とは思う。「どんでん返し」のレベルなんて現在のミステリの方が遥かに進化しているだろうよ。ちょいとミステリを読み慣れている人であれば、いとも簡単に真相は見抜けてしまいそうな気がする。しかし『鮎川/りら荘』を読んでいると「そうそう!自分はこういうミステリが読みたかったのだ!」という気分になる。ちなみにこの『りら荘』なんかも内容がすっかり頭から抜けてしまっており、「誰が犯人だったか?」といった事さえ忘れてしまっているのだが、1つだけ凄く印象に残っている点。これって「りら荘」っていう館に集まった人々が一人、また一人‥‥と殺されていく展開なんですけど、事件の詳細を電話だか手紙で伝え聞いた名探偵が「ははは。僕にはもうすっかり謎が解けました。では、これから向かいます」と言って、この館を訪れるわけです。そしたら館に来る途中で、なんとこの名探偵が犯人によって殺害されてしまった‥‥という、なんか凄い展開だった記憶がありますぞ。自分は「はあ?」と笑い出してしまいました。
1つ付け加えておくと、1990年代前半に遅ればせながらこの『鮎川哲也/りら荘』を読んでいたところ、「そういえば、なんか最近こういうタイプのミステリを読んでいるよな‥‥」という気分になった。1990年代という時期から皆様にも推測して欲しいところなんですが、それは漫画『金田一少年シリ-ズ』なんですな。なんか話の展開とかツボとかがあの漫画と似ている気がする。小説と漫画という違いがあるにもかかわらず、『りら荘』を読んでいると何となく『金田一少年』を読んでいるような錯覚を起こす。逆に言うと『金田一少年』の作者(名前を忘れた)が『りら荘事件』を「金田一少年シリ-ズ」として漫画化したら、それってかなり成功するのではないかな?ここは鮎川氏の遺族に了解を取り、きちんと「『鮎川哲也/りら荘事件』による」と断り書きをした上で、是非とも『金田一少年の事件簿/番外編/りら荘連続殺人』という感じで漫画化してくれないものか。

高木彬光の一連の『刺青殺人事件』『人形はなぜ殺される』は光文社文庫から出ています。自分が所有しているのは光文社文庫の旧版ですが、



現在では光文社文庫の新装版で出ています。



また『鮎川哲也/りら荘事件』は、自分が所有しているのは昔出ていた講談社文庫版ですが、



現在では創元推理文庫と光文社文庫で出ています。



前述の通り現代のミステリに比べると「落ちる」感はありますけど、しかし『鮎川哲也/りら荘事件』は必読書だと思うな。