こんにちは、Eimiです。
今日から短編小説『別れの日』を掲載します。
短いものですので、軽く読めると思います。
どうぞよろしくお願いします。
『別れの日』 Ⅰ ≪小説≫
英二は考えていた。
別れの悲しみに遭遇するのは初めてではない。
今までの十八年間は、どちらかというと平坦で恵まれた人生を送ってきた。
卒業や恋人との別れとは違う。もっと一方的で有無を言わせない別れ。
取り立てて言う苦労もない若い英二にはそんな辛い別れなどあろうはずがないのに、それでも英二は考え、思い出そうとしていた。
英二の父、昭二郎は製薬会社に勤めるサラリーマンだった。
だが、休みの日には近所に住む伯父の家を手伝って田植えや草刈をする昔気質の男だった。
田舎の農家で苦労して育った父は、英二たちには息苦しいほど堅物な人間で、当然子育てに関心もなく、母は、父と子どもと伯父の付き合いでくたくたになる毎日を余儀なくされていた。
そんな父が小さな英二を一度だけ風呂にいれてくれたことがある。
最初、まだ三歳の英二は水しぶきを怖がって、ずっと父の後ろで裸のまま突っ立っていた。
すると父は英二の腕を引っ張り、強引に英二の頭にお湯をかけて、シャンプーをつけてゴシゴシ洗った。
「ギャアーッ!」
死にそうな悲鳴を上げる英二を、父は容赦なく叱り飛ばし、英二に負けないほどの大声で幼い息子を罵倒した。
「馬鹿者! 貴様それでも男か! 泣くなあっ、やかましい! 許さんぞっ」
そして水汲み桶で英二の頭をガツンガツンと繰り返し殴打した。
英二の悲鳴はますます激しくなり、陽が傾き草刈を終えた母がその声を聞きつけ、慌てて風呂場に飛び込んできたが、プライドの高い父は、女に間に入られることを嫌って母を追い出し、殴る手を止めなかった。
やがて桶が壊れて自分の腕が痛み始めたところで、やっと父は我に返った。
「けどさ、おまえはまだいいぞ。まだ、それ一回だろ。親父も丸くなったもんだよな」
腫れあがる頭を押さえて泣く英二に、兄の昭一はそう言って笑ってみせた。
四歳年上の兄がどんな目に合ってきたかは、英二には恐ろしすぎて聞くに聞けなかった。
そんな厳しい父の眼をいかに上手く逃れるか、子ども時代の英二の考えることはそればかりだった。
そしてそれから少し時が経ち、英二が小学校四年の夏休みのことだった。
家の敷地には雑草が覆い茂り、たくさんのセミと虫の音が、ぐったりするようなうだる暑さをますます助長させる。
その年は特に猛暑の続く年で、学校のプールに行くだけでも疲れ、帰るとすぐに畳に横になる毎日だった。
兄の昭一は、一日中塾の夏期講座で忙しく、英二の相手などする暇もなく、英二は昼間ひとりになると、クーラーのついたただ一つの部屋、稲屋の二階でゲームをしようと、いつもこそこそと母屋の居間を抜け出す。
英二に甘い母は気がついても何も言わないが、厳格で怒りっぽく人一倍短気な父に見つかると大変だ。
だが、要領の良い英二はいつもうまくすり抜けるのだった。
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