幸せは私の中に そしてあなたの中に。

幸せは私の中に そしてあなたの中に。

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも尊敬を集めることができる。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。  たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、卑しき、人のすまひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる。住む人もこれに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水のあわにぞ似たりける。知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その、あるじとすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。



『方丈記』



 

 

 

 

 

 

 

 

気付いたら、ブログを始めて今年で18年

 

が経ってる事に気付いた。

 

思えば、高校を卒業してからずっと働いて

 

実家に戻ってから入った在日韓国人経営

 

とは知らずに入った会社で中国工場の

 

副総経理にさせられて経営立て直しをさせ

 

られる事になり中国の北京と天津の丁度

 

中間にある廊坊という工場に赴任した時

 

に、当時、そこには殆ど日本人は居なくて

 

何とか日本人と繋がりたくて始めたのが

 

最初でした。

 

そして多くの日本に住む日本人や中国で

 

働いていた日本人と繋がりを持てた。

 

唯一の楽しみであり生甲斐にもなっていま

 

した。

 

あれから、もう15年も経つのか、或いは

 

まだ15年なのか?

 

だけど、この15年は色々とあり過ぎた。

 

別のアカウントも作り、一番、辛かった日々

 

で難病に罹って手術したり、心を病み、自殺

 

未遂したりしたアカウントは此所に移住して

 

きてから敵対する人達の企みで消された。

 

今は、このアカウントをメインにして書いて

 

いるけど、もう1つアカウントがある。

 

だけど、今は書いてない。

 

前は逆でした。

 

このアカウントがサブになってたが、長く書

 

いている、このアカウントだけ書いている。

 

先祖返りの様である。

 

それでも、書く機会は前に比べたら減って

 

いる。

 

前は毎日、何度も書いてたけど、今は月に

 

数度しか書いていないのが現状だ。

 

申し訳ないのですが、勿論、皆様の記事に

 

行く機会も減りました。

 

本当に申し訳ございません。

 

今はブログよりも身体の事で精一杯過ぎて

 

書く気力が無いのです。

 

そして皆さんの記事を読むのも辛いのです。

 

ご理解頂ければ幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いのちの歌 - 竹内まりや

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my family.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

祈り 長渕剛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回、最初にERで狭心症の発作で救急搬送されたのに、そ

 

 

の時に受けた血液検査やエコー検査で胆嚢に異常がある事が

 

 

判りました。

 

 

そしてERの先生から強く消化器内科の受診を勧められ、言

 

 

われた日に行かなかったら、ワザワザ電話を頂き、再度、催

 

 

促されました。

 

 

そして消化器内科を受診し、色々な検査をした結果、胆嚢炎

 

 

という事で、しかも緊急性がある様で、通常、外科よりも内

 

 

科は低く見られる傾向があり、外科が無視したら、内科は何

 

 

も言えないのだけど、今回は内科の先生が外科の先生に強く

 

 

緊急性を説いたみたいで、外科でも色々と検査した結果、最

 

 

初は、余り手術には乗り気は無く、遣りたければやれ、遣り

 

 

たく無ければやらなくて良いみたいな、どうでも良いから好

 

 

きにしろみたいな感じでしたが、消化器内科の先生の強い推

 

 

しと、長女が胆嚢・肝臓・膵臓の外科分野では日本で右に出

 

 

る者はおらず、上皇后美智子様もワザワザ受診する程の名医

 

 

で医大でも医大の医者のレベルでは切れない患者を手術し治

 

 

したというお医者さんが身内にいるという事は前に書いた通

 

 

りです。

 

 

上皇后美智子様の事は初披露ですけど、美智子上皇后様がワ

 

 

ザワザ静岡に行ったのか先生が訪ねたのかは判りませんとい

 

 

うか、そこまで聞いて無いので知りませんが、それ程の医者

 

 

が身内にいるという事を長女が消化器外科の先生に言ってか

 

 

らは対応が180度変わりました。

 

 

胆嚢炎はヤバい位になっており、最初は腹腔鏡手術でと言っ

 

 

てたのですが、イザ手術をしてみたら他の臓器との癒着が酷

 

 

く、内視鏡では、その癒着を剥がす事が出来ず、開腹手術に

 

 

なり、しかも30cmも切るという大手術になった訳です。

 

 

何故、30cmも切る必要があったのか聞いた訳ではありま

 

 

せんが執刀医の先生は胆嚢の摘出の為に他の臓器との癒着部

 

 

分を剥がす為と肝臓、膵臓、腸などを全て目視検査した様で

 

 

一番難儀をしたのは癒着を剥がす事だったらしいのですが、

 

 

その癒着部分が広範囲になっていた為、術後、ドレナージ、

 

 

つまり腸管ドレーンを長い事外せなかったのは、その癒着部

 

 

分とかから出る浸潤液を取る為で、長く外せなかったのは、

 

 

それだけの理由では無く、身内に胆嚢・肝臓・膵臓の分野で

 

 

は日本一なのか世界一なのかは判りませんが、そういう方が

 

 

おられた為に他の患者よりも超慎重にされており、他の患者

 

 

よりも2日程、長く腸管ドレーンが外れなかったみたいです。

 

 

最初は好い加減で、切っても切らなくても好きにしろと言っ

 

 

ていた医大の消化器外科の先生は、イザ開けて見たら直ぐに

 

 

「癌ではないか?」と思ったらしく迅速病理検査に廻したら

 

 

しいです。

 

 

自分の好い加減で患者と、その家族に嘘を言った先生は焦っ

 

 

た事でしょう。

 

 

因みに術後にも執刀医で主治医の先生は長女に15cm切っ

 

 

たと説明したらしいのですが実際に測ってみると、倍の30

 

 

cmの傷跡だと判り、長女と義母は激怒し医大の先生の対応

 

 

について色々と考えているみたいで、多分、医大の嘘を言っ

 

 

た先生には気の毒な事になるかと思いますが、やはり、幾ら

 

 

医者で身内の先生に対して良い印象を持って欲しいと思って

 

 

も直ぐにバレる嘘はいけません。

 

 

しかし、今回の胆嚢炎も、以前、手術し、間もなく2度目の

 

 

手術をしなければならない下部動脈瘤もERの先生が見つけ

 

 

てくれました。

 

 

医大のERに救急搬送されると、例えば狭心症でも、狭心症

 

 

の検査だけでは無く色々な検査をしてくれるので、本来、他

 

 

の病院では見つけれない病気まで見つけてくれます。

 

 

僕が生き永らえているのはERの先生が色々な病気を見つけ

 

 

てくれるからであると言っても過言ではありません。

 

 

こんな事を書いたら不遜かもしれませんが、ERには時々、

 

 

救急搬送されて検査して貰ったら、もし、ヤバい病気が潜ん

 

 

でいたら必ず見つけてくれます。

 

 

僕が今まで生かされてきたのはERの先生のお陰です。

 

 

胆嚢炎も下部動脈瘤も自分では痛みも何も感覚が無く医大で

 

 

の検査が無ければ気付かず、例えば下部動脈瘤なら動脈の血

 

 

管が破れて即死してたかもしれない。

 

 

胆嚢炎も執刀医が最初は開けた時に癌じゃないかと思った程

 

 

開けてみたら酷い事になってたらしいし、僕は何かに守られ

 

 

て、たまたま、そういうヤバい時に狭心症の大きな発作を何

 

 

か見えない誰かが起こさせてERに救急搬送させ、そのヤバ

 

 

い病を見つけさせてくれ、今も生き永らえているのだと思う。

 

 

そういう霊的な事を信じない人には、この話を信じろと言っ

 

 

ても無理だろうけど、僕には経験があるので僕を生かしてく

 

 

れている誰かがいると信じている。

 

 

多分、これからも、ヤバい病が身体に出来たら、狭心症の発

 

 

作が起きて救急搬送され医大のERで見つかるのだろうと思

 

 

う。

 

 

僕は生きているのでは無く生かされているのだと思っている。

 

 

それにも、いつかは終わりが来るのだろうけど、ただ終わって

 

 

灰になる気は無い。

 

 

元特別職地方公務員らしく、最期まで世のため人の為になっ

 

 

て逝かなければ、元婚約者からも納得して貰えないだろうし

 

 

親父は関係無いけど、娘にもパパちゃんと尊敬はして貰えな

 

 

いだろう。

 

 

だから僕は選んだのだ。

 

 

検体という道を。

 

 

因みに今回の胆嚢の病は胆嚢の病でも希少な病でした。

 

 

切って調べてみるたら驚きの事実発覚という奴です。

 

 

だから医大の医者も僕の身内の先生に対してビビッてしまっ

 

 

ていたのだと思います。

 

 

因みに義母の従弟と書いてましたが一番下の弟でした。

 

 

幾ら電話しても繋がらないし、忙しくてLINEとかもして

 

 

いないので落ち着いている時に見れる手紙を書くと言ってい

 

 

ると家内が言ってました。

 

 

その時に、今回のが希少な胆嚢の病で、最初は好い加減な対

 

 

応をされた事を義母が報告したら医大の先生もただでは済ま

 

 

ないと思います。

 

 

術後、説明を受けた長女にも医者は嘘をついて15cm切っ

 

 

たと言ったらしいですが、幾ら何でも半分では長女が激怒す

 

 

るのも判ります。

 

 

実際に測ると30cm切られていましたから。

 

 

そういう不誠実な対応にも義母も怒っているのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my family.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












In This Country







水という物は不思議なもので、時には湯気に


なったり、雨になったり、雪になったりするけど、本質は


全て水。


僕も色々な自分になり色々と変質するけど、元は全て信念を


貫く自分という人間でありたい。


そして、雪になったり雨になり、誰かの肩にそっと寄り添い


何の見返りも求めず単に、励まし、心を穏やかに出来る人で


在り続けたいと思う。


その一番は家内であり娘達、息子達、家族であり、決して立


派な言葉や、物事は言えず、出来ずとも、そっと寄り添える


人で在り続けたいと思う。


例え頼られる人で無くとも、それでも、心の応援団という水


であり続けたい。


無色透明で目には見えない存在であるけれど、これ見よがし


に自分の存在をアピールし感謝の言葉や気持ちや物等は一切


求めず、ある人は「欲こそ生きる源」という方もいますが、


僕は例え、生きているのか死んでいるのか判らないと言われ


様が、欲や得すら求めない、敢えて言うなら同じ「とく」で


も「得」では無く「徳」を求めて生きられたらと思う。


人は「死人の様だ」と言うだろうけど、確かに僕は一度は死


人になった訳で、満更、嘘でも無い。


あの死んだ時の様な心持で、今後、生きれたらと思う。


「恰好を付けている」という僻み根性の方もいるだろうけど


それが僕の真の想いなのです・・・・。






























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