本書はクレオ・コイルのコーヒーハウスミステリーシリーズ(Coffeehouse Mysteries)、2008年刊行の第7巻目である。作者クレオ・コイルはマーク・セラシーニ(Marc Cerasini)とアリス・アルフォンシ(Alice Alfonsi)の夫婦合作のペンネームである。このシリーズは2019年刊の「コーヒーケーキに消えた誓い」”Brewed Awakening”まで18巻出ている。日本版(小川敏子訳)も好評のようで全て翻訳されている(18巻は20.8.4発売)。

 クレオ・コイルはベストセラー作家リストの常連でニューヨーク在住。アリスはアリス・キンバリー名義でミステリ書店シリーズ”Haunted Bookshop Mystery”(現在6巻まで)も書いている(夫婦共著だという)。ロードアイランドの幽霊の出るというミステリ小説専門店の女性二人(主人公と叔母)をフィーチャーしたシリーズ。

 タイトルではエスプレッソと銘打たれているが、本書内ではエスプレッソの蘊蓄は多くはない(今までに語りつくされている?)。だが、様々なコーヒー蘊蓄が出てくるのは従来と同様。カフェの店員は本シリーズの愛読者には手を焼くこと必定である。
 コージーミステリお約束のレシピも添えられている。ペルー料理のレシピも数種あるが、主人公クレアが出席したパーティ会場のレストランで出た料理である。ストーリー上の必然性は全くない。クレオは、お気に入りのレシピを挿入するためにペルー料理店を使ったとしか思えない。コージーならではである。

 クレアの目の前で若い女性が銃で殺される。フウダイッツの推理小説である。現場検証、指紋、螺旋痕などは問題にしない。パトリシア・コーンウェルとは違う。弁護士や検事が些細な条文を盾に口を挟むこともない。リンダ・フェアスタインとは違う。クレアはドタバタと、右往左往しながら真実に近づいていく。細かなことを考える必要はない。ミステリは楽しければいい。それがコージーミステリ、クレオ・コイル作品である。ベストセラーには理由がある。

 本シリーズは登場キャラが多い。メインにしてもおかしくない個性的なキャラが次々に登場する。しかも各々が人生の変転をしていく。事件は各巻毎に一話完結だが、クレアの世界を楽しむには初刊から順番に読むのがお薦めである。

<ストーリー>
 クレア・コージーはマンハッタン・グリニッジ・ビレッジの老舗カフェ「グリニッジ・ブレンド」のマネージャーである。20才の時、店のオーナー、マダム(本名ドレフュス・アレグロ・デュボア)の息子マテオ・アレグロと出来ちゃった結婚をして店の上階で暮らしていた。カフェのマネージャーをしていたがマテオの夥しい女性交友、挙句の果てのドラッグ狂いに我慢の糸も切れ、娘ジョイを連れて離婚し、ニュージャージーで暮らした。ジョイがマンハッタンの料理学校に通い始めた時、マダムがクレアにマネージャー復帰を懇願してきた。カフェは前マネージャーが不祥事を起こし、危機に陥っていた。無償でカフェの上階に住むことが出来、応分のリターンも保証するという好条件だった。ジョイの近くに住める。マテオのNY滞在時には上階の宿泊を認めるという条件が付いていたが、彼は世界中を回って珈琲を買い付けるのが仕事なのでグリニッジ・ビレッジにいる事は多くない。マダムはマテオの父が死んだ後、裕福な貿易商デュボアと再婚したが、彼も亡くなって、今は近くの高級マンションに住んでいる。マダムは孫ジョイの父母が結婚することを強く望んでいた。

 クレアは、珈琲買い付けの手腕、ジョイの父としての勤めという点ではマテオを信頼していたが、再度結婚するのは御免だった。今では事件で知り合った刑事マイク・クィンというデート相手もいる。マイクは、妻が子供を連れて株式ブローカーの元に走り、今は警察署近くの離婚独身者専用アパートに住んでいる。
 マテオは、クレアが好きだが結婚は難しいと悟っている。ハンサムで偉丈夫なマテオは相変わらず女性付き合いが多いが、ファッション誌「トレンド」のオーナー編集長ブリアン・ソマーの恋人だった。ブリアンは社交界の名士である。マテオは社交の場のエスコート役に最適だった。

 マテオとブリアンが結婚することになった。式場はメトロポリタン美術館で、クレアは珈琲のケータリングを頼まれている。デザートは以前の事件で知り合ったジャネルに依頼した。パーティにはファッション界、マスコミのセレブリティが多数参加し、式場の様子はトレンド誌はじめ。マスコミで喧伝される。クレアは最高の場を演出しようと決心していた。珈琲やデザートを置く場にはイタリアの彫刻家ヌンツィオの彫刻「恋人たちの泉」が置かれることになっている。初めての米国公開で、メトロポリタンに相応しい。 ブリアンは最高の結婚式にする事に心血を注いでいた。

 マテオに迷いはなかったが、マダムは疑心暗鬼で、最後の最後にはご破算になることを期待していた。マテオに、ジョイと偽ってクレアと再婚するよう手紙を送ったり、心臓発作で入院して結婚を延期させようともした。嘘だとバレて失敗したがマダムは諦めようとはしていない。
 それでも息子である。世界各地の珈琲農園の主や珈琲商たちに連絡し、豊かでない者たちには航空券を送った。マテオの取引相手はマダムの知己でもある。

 来週は結婚式である。ハワイの農園主コア・ワイプナがバチェラー・パーティをやると知らせてきた。ブリアンには知られたくない。厳しく禁じられている。クレアはコアとは親しいし、マテオが心配だ。古くからの仲間たちと飲んで、昔の野生を取り戻して結婚する気がなくなったりしたら一大事。マイクもマテオの結婚を切実に待ち望んでいる。マテオが結婚すれば店の上階で二人は遠慮なく過ごせる。クレアは同行した。
 パーティは1世紀の伝統を誇るバー「ホワイト・ホース」で開かれた。バーの一室には世界中から数十人もの男たちが集まり、壁にはマテオが鎖につながれブリアンが首にかけたロープを握っているデフォルメした大きな写真が掛けられていた。場は盛り上がった。クレアはパパラッチを警戒したがカメラを抱えて入ってくる者はいなかった。
  
 ドアが勢いよく開いた。ブリアンが立っていた。彼女は、青くなったマテオに歩み寄りアタッシュケースをテーブルに置いた。音楽が流れ始め、ブリアンはテーブルに上がって踊り始めた。ブリアンのそっくりさんのダンサーだった。妖艶にして美人。
 部屋を覗いた客の一人がそっくりさんに絡み始めた。クレアは追い払った。パーティ参加者たちは2次会のストリップバーに行くことになっている。感心にもマテオは行かないという。クレアが、マテオとバーを出ようとすると、ダンサーが例の客に抑えられていた。マテオが追い払った。
 危ないので駅まで送ることにした。素直な若い子でブロードウェイに憧れてNYに出てきて半年だという。マテオの腕を取りながら話しかける。マテオも上機嫌だ。車のバックファイアのような音がした。あたりに人影はない。ダンサーが倒れ、起き上がることはなっかった。

 大騒ぎとなり、警官たちが来た。第六分署のロリ・ソールズ刑事とスー・エレン・バス刑事が来ている。以前、一緒に事件を捜査して解決した事があり親しい仲だ。六フィートはあるマテオと変わらぬ長身のアマゾネスである。マテオが必死に語りかけている二人はクレアに気付いた。「まず、プロに話を聞くわ」と言われ、マテオは傷ついた。
 ダンサーはヘーゼル・ボッグス、22才、ウェスト・ヴァージニア出身。後頭部を銃で撃たれていた。

 ヴィレッジ・ブレンドに戻ると店は警察や消防など事件関係の客が多かった。常連客の一人が現場近くで足音を聞いたという。警察に話すよう促した。クレアは店内の事件関係者にコーヒーをサービスし、事件現場に熱いコーヒーを届けた。

 マテオは店内の2Fラウンジのソファにいた。エスプレッソを持っていくと、「あの子はブリアンと間違われて殺された」と言い出した。先日、ブリアンのマンションの近くの歩道でSUVが彼女を襲ったという。気付いたマテオが、ブリアンを建物の窪んだ玄関に押し付けたのでSUVは轢くことが出来ず逃げたという。プレートは、泥をぬって読めないようにしていた。
 マテオは心当たりがあるとウェブサイトを開いた。シェフと自称するネビル・ベリーのサイトだった。食の紹介サイトだが、ブリアンを激しく攻撃する文も並んでいた。人気店のオーナーシェフだったが、2年前、トレンド誌が店の食材が期限切れであることや従業員のチップを取り上げている事などを暴きレストランは潰れた。恨んでいるのも当然だ。

 クレアとマテオは第6分署に行きアマゾネス刑事、出てきたマイクにも話した。マイクはブリアンが狙われている、ネビルが怪しいというマテオの訴えに共感した。だが刑事達が動けるだけの証拠はないのでクレアが動けばいいと言い出した。クレアの方が捜査も上手だと。あんまりだが、マテオも懇願するので一日だけだと引き受けざるをえなかった。

 クレアはブリアンが好きではないが、ブリアンが困ればマテオが困る。だから、ブリアンを守らなければならない。マテオと5番街のブティックでウェディングドレスの仮縫い中のブリアンに会いに行った。カフェの仕事着のままなので、オートクチュール店に入るには気が引けるが文句は言っていられない。
 タクシーを拾おうとしていると若い女性が近づいてきた。外国語でなにか言って、マテオをピシャリとやった。マテオは、クレアに2年前に終わったリオの古い友人だと。だが彼女がマテオの結婚を知っているのは不思議。マテオはマダムの策謀を疑った。プレイボーイクラブの招待状も来ている。ブリアンに知られて破談になればマダムは喜ぶだろう。
 高級ブティックの広いフロアにローマン・ブリオが寛いでいた。以前の事件で友人になった著名なフードライターでブリアンと親しい。NYのグルメ事情に通じている。クレアはローマンに話を聞くことにし、マテオはブリアンのいる試着室に向かった。ブリアンは花婿が試着室に入ることを拒否し、マテオは仕方なく携帯電話で事情を話し始めた。バチェラーパーティ、ダンサーと聞いてブリアンは不機嫌になった。狙われているとは信じてくれない。ローマンに説得してもらい、クレアが付き添うことにした。フロアで待っていたクレアは歩道から店内を覗いている不審な男に気付いた。彼と目が合い去っていった。その時、ブリアンの悲鳴が聞こえた。ブリアンのドレスが入らなかったのだ。ウェストを1インチ絞るようメールがあり、店では急ぎ対応していた。ブリアンには覚えはなかった。だが、メールは確かにブリアンからだった。

 現れたクレアを見てブリアンは凍り付いた。彼女はクレアはマテオを取り戻そうとしていると思っている。彼女は店の者たちを下がらせ二人きりになった。クレアは、ブリアンが狙われているというマテオの心配を説明し、可能性はない訳ではないと言った。ブリアンは受け入れてくれ、当分、一緒に過ごし協力し合うことになった。午後にはイタリアの彫刻家ヌンツォオが結婚指輪を持ってくることになっていた。ブリアンは、クレアの服装はトレンド誌のオフィスでは許されないと店の者を呼んだ。採寸が始まり、ブリアンは衣服を選んだ。思いもつかない高額だったがブリアンが払った。
 ドアがノックされ若い女性が入って来た。ブリアンに編集が大幅に遅れていると報告している。ローマンに聞くと、モニカ・パーセル、部下の野心的な女性だという。だが、最近ミスが目立ちブリアンが困っていると。
 来社するヌンツィオに原稿をチェックしてもらう段取りだが間に合いそうもないと言い訳を始めた。ブリアンは、モニカの話を聞かず、急ぐよう厳しく指示した。

 クレアはモニカに話を聞こうとドアの外で待っていたが、モニカは店を出るとすぐに携帯電話で話し始めた。誰かにブリアンは警備の厳重な部屋にいる、結婚指輪はヌンツィオが午後持ってくると報告している。クレアは話しかけるのはやめた。

 トレンド誌のオフィスはセントラルパークの南西コロンブス・サークルに面するタイムワーナービルにある。受付の女性が、ヌンツィオから連絡があり6時の予定を2時に変えると言ってきたとブリアンに伝えた。もう2時に近い。芸術家は我がままだが拒否は出来ない。慌てたブリアンはモニカに原稿の校正を急ぐように指示し、クレアには珈琲を出すよう頼んで自分の部屋に入った。モニカが部屋から飛び出したのでクレアはモニカの部屋に入り、携帯電話の通信履歴をチェックし、デスクを探った。引き出しに薬瓶があり、名刺も隠されていた。廊下でクレアを呼ぶ声がする。中断して廊下に出た。アシスタントのテリーだった。ブリアンにクレアの手伝いをするよう言われたのだ。キチネットに行ってみると、イタリアの芸術家が耐えられる珈琲を作れる望みはなかった。テリーに頼んで、雑誌のサンプル倉庫から家庭用エスプレッソマシン、ビル内のデリから珈琲豆を調達した。テリーに話を聞くとモニカは裏のある女だし、モダンでファッショナブルなオフィスの裏側では嫉妬や怨念が渦巻いていた。

 部屋ではブリアンがローマンと、不機嫌なヌンツィオに対応していた。クレアはエスプレッソを出した。彼の機嫌が上向いた。モニカが原稿を持ってきた。ヌンツィオは了承しポケットから宝石を出してブリアンに渡した。見事な指輪だった。NYで彼が展開する計画のジュエリーブランドのプロトになるという。トレンド誌が大々的に記事にする。クレアは指輪を結婚式で介添役を務めるローマンに預けた。モニカは素晴らしいと興奮していた。
 再度、エスプレッソをヌンツィオに出すと彼はクレアの手を握った。部屋を出る際、名刺をくれた。ホテルの部屋番号をメモしている。ブリアンに名刺を渡すと、「減るものでもないのに・・」という。クレアにはマイクがいる。浮気の観念がないブリアンにクレアは不安を感じた。マテオには幸せになって欲しい。

 ネヴィルから小包が届いていた。祝結婚と書かれていたが同封されていたのは包丁で葬式の縁取りをしていた。ブリアンは悪い冗談だとゴミ箱に捨てた。クレアがネヴィルに話を聞きたいと話すと、ローマンが今晩会う予定なので一緒に行こうと言う。「秘密の晩餐会」に招待されており、ネヴィルも出席予定だという。
 
 晩餐会が開催されるクィーンズ・フラッシングのビルの1フロアに行った。中華街が溢れ、フラッシングに流れ込んで中国人の街になっている。英語が通じない危険な地域である。中華、韓国、日本など各国の料理が楽しめる食の宝庫でもあった。晩餐会にはリッチな客、著名な食の評論家たちが来ていた。
 ネヴィルは今ではフードコンサルで稼いでおり、コックはしていないという。トレンド誌に取り上げられた当時、店は火の車で、店を閉める踏ん切りがついたという。恨むどころか、現在の地位になれて感謝していると。嘘はなさそうである。ネヴィルの母は不動産開発会社のオーナーで、元来、お気楽なお坊ちゃんだった。
 その時、男たち3人が押し入って来た。一人はピストルを向け、二人は客たちに財布や金目の品を出させて袋に入れ始めた。ローマンも財布と高級時計を出した。指輪も出せと言う。クレアは強盗の狙いはブリアンの指輪だと察し、激辛ソースをピストルを構えた男の顔にかけた。男はピストルを落とし目を押さえた。出席していた大男の評論家が男たちを攻撃し、客は混乱しながら部屋を逃げ出した。深夜のマンハッタン行き地下鉄のなかで、ローマンとクレアは男に追われたが倒して逃げおおせた。

 ビレッジブレンドに着いたが深夜なので店は閉まっている。クレアはローマンにエスプレッソを出した。彼は震えていた。電話していたのでマイクが来た。事情を説明した。強盗がローマンが持っていた指輪を狙ったのは、モニカが連絡したからとしか思えないと。モニカの携帯の通話履歴のメモを出した。通話先は、社の担当者や母親だったが不明の番号があった。クレアとマイクは、ローマンをソーホーの自宅に送り、モニカのアパートに行った。彼女はいなかった。二人はマイクのアパートに行った。

 翌朝、クレアは、署に出る用のあったマイクと午前10時にトレンド誌のオフィスで落ち合う約束をして、ビレッジブレンドに送ってもらった。マテオに説明しておきたかったが、彼は友人たちと朝食に出ていた。
 マイクが遅れているのでトレンド誌の受付ロビーで待った。受付にブリアンの朝食が届いていた。専門店のヘルシー食だ。受付はテリーに電話し、ブリアンは休みだと聞いて休憩室に持って行かせた。社員の誰かが食べるだろう。ブリアンは今日は自宅にいる約束だった。
 受付に、ブティックの外で見かけた不審な男が来た。ブリアンは休みだと聞いて帰ろうとした。クレアは話そうとしたが逃げられた。そこにマイクが来たので、まずはモニカに会うことにした。

 社員が出てきて「911に電話を!」と叫んだ。モニカが化粧室で倒れていると。マイクは化粧室に急いだ。クレアはモニカの部屋に入り机を探った。引き出しに隠されていた薬瓶には「RXグローバル」とだけ書かれていた。名刺はカメラマン、ベンジャミン・タワーだった。マイクが入ってきて、モニカは死亡していたと言った。薬の過剰摂取らしく、薬は調べると。
 モニカの通話先で不明だった相手はスチュワート・アラートン・ウィンスローだと判明したと教えてくれた。医薬品会社のオーナーだったが多額な賠償金を請求されて破産したという。モニカのアパートの近くに住んでいた。モニカがブリアンの結婚指輪のありかを連絡した相手だ。何者?

 マテオが来た。シャツに珈琲のシミをつけていた。マテオの結婚に怒った女性からかけられたのだった。マテオは誰が知らせたのか不思議がった。モニカが死んだと聞いて、ブリアンが心配だと出て行った。彼女は、今日病院に行くため外出の予定があるとブリアンのアパートに急いだ。

 クレアはマイクと、その部下の刑事サリバンと共にウィンスローのアパートに行った。クレアは隠しマイクを身に着けている。ウィンスローと対決して正体を暴く積りだ。危険だからと、訓練を受けた女性刑事を呼ぼうとする二人をクレアが説き伏せたのだ。

 クレアは、モニカの友人だと偽り、彼女が薬の過剰摂取で入院したので、代わりにブリアンの指輪を奪うのを手伝うと持ち掛けた。クレアは唖然としたが、彼はブリアンの元夫だった。受けた仕打ちを償わせるため指輪を奪おうとしていた。モニカには謝礼として処方箋なしで好きなだけ薬を出すと。
 ウィンスローは妻と二人の子がいる製薬会社の社長だったが、NYトレンド誌の記者ブリアンが取材に来て交際が始まった。ブリアンが工作し、妻は出ていき、彼女と結婚した。ウィンスローは伝統ある裕福な一族の出だったので、夫の名声を背景にブリアンは人脈を築き、自分の雑誌トレンドの発刊を企んだ。夫に資金を出させ、勤めていたNYトレンド誌のスタッフを大半引き抜いて創刊した。NYトレンド誌は廃刊になった。ブリアンは派手に動き始めウィンスローを顧みる事はなくなった。彼女の愛人もいた。彼は一族から白眼視され、資産を奪われ自分の会社だけになった。会社が薬の副作用を理由に傾き始めるとブリアンは離婚を申し立て去っていった。カモにされただけだった。今はネットで薬の取引をしている。ウィンスローは憤りながら語った。

 ウィンスローはブリアンに用立てた資金25万ドルを返すように求めたが拒否された。部屋の外で聞いていたモニカは協力を申し出て、指輪を奪うことを持ちっかけたのだという。だが、ウィンスローはブリアンに危害を及ぼすような言及はしなかった。残念ながらダンサー殺しの証拠にはならない。
 帰ってくれと言われドアを出た。マイクとサリバンが待っていてウィンスローを薬取引違反の罪で逮捕した。彼はクレアを罵った。

 木曜日の午後、珈琲関係の知友人達を招待し、マダム主催の昼食会がソーホーのレストラン「マチュピチュ」で開催された。ブリアンがマテオに寄り添っている。パリから結婚式出席のために戻って来た娘ジョイもいる。マチュピチュはマダムが亡き夫と訪れた思い出の地だった。レストランは洗練されたペルー料理を出す名士ご用達の店である。
 マダムは、クレアに招待客を紹介した。コロンビアのハビエル・ロザードは軍を退役して、コーヒーバイヤーを始め、今では大珈琲農園の主だった。マテオと同じタイプの男。農園のヘクター・ペナを連れてきていた。彼はボゴダで歌手をしていた娘が自殺し、気力を失っているので、元気を取り戻させようと賑やかなマンハッタンに誘ったのだと。
 マダムの恋人、オットーも来ている。バチカン美術館に長年勤め、今はチェルシーでギャラリーを開いている。もちろんヌンツィオは知っている。

 ブリアンの携帯にメールが入った。ヌンツィオが「恋人の泉」を貸し出すことを再考しているという。演出の目玉がなくなればクレアは困る。交渉役にクレアを指定している。ブリアンは「お願い。ホテルに行って」と要求した。
 オットーは芸術家のエゴは扱いにくい、ギャラリーでスペインの新進彫刻家ティオの作品「トレリス」(恋人同士がツタのように絡みついた庭の衝立)を飾っているが、ティオの扱いには苦労したという。

 パーティに女性が乱入した。マテオに「ろくでなし!」と叫んで結婚通知を投げつけた。マテオはマダムを見た。彼女は「誓って、私じゃない」と言った。マテオの携帯を覗いて連絡先リストから女たちに結婚通知を送ったのはブリアンだった。マテオは「見損なった。なんていう女だ」と、近寄るブリアンを振りのけて会場から出て行った。
 化粧室に行ったブリアンが戻らない。クレアは探しに行った。個室からうめき声が聞こえる。目出し帽の男がブリアンの首を絞めていた。ブリアンのハンドバッグからこぼれ出ていた痴漢防止スプレーを男にかけると逃げて行った。ブリアンを殺そうとしていたのは、留置場にいるウィンスローではない。警官たちが来た。男の行方は知れなかった。
 担当のフライア刑事は強盗の仕業だと言う。クレアは事情を説明し第6分署のロリとスー・エレン両刑事に問い合わせるよう頼んだ。スー・エレンの元恋人でいがみあっているフライアはひるんだが連絡しアマゾネス達が来た。
 マダムはクレアに「パーティは大成功だったみたい」と話した。パパラッチが来ていた。スー・エレンが捕まえ、ベンジャミン・タワーだと言う。モニカが会っていた男だ。NYジャーナル誌の編集長ランドール・ノックスに雇われていた。だが、警察は、ランドールの事情聴取をしており嫌疑なしとしていた。
 クレアは納得できない。マダムは、私たちで調べましょうと言い始めた。最初のうちは、心配してクレアの探偵仕事をけん制していたマダムだったが最近ではクレア以上に積極的だったりする。刺激的だから。

 マダムとNYジャーナル誌のランドールに、ブリアンの情報を提供したいと会いに行った。同誌はゴシップを売り物にしている雑誌である。ランドールはセレブリティであるマダムの事はよく知っていた。クレアが過去、犯罪を暴いていったことも承知していた。彼がマテオとブリアンのスキャンダルを異常な執拗さで追う理由は分からなかった。
 ランドールはNYトレンド誌の創設者で編集長だった。”卑劣な手段”でブリアンに潰され、ランドールは憎悪していた。モニカは情報提供者で、報酬を支払っていた。殺されたダンサーのボッグスと付き合いがあり、ブリアンの物まねを指南したのは彼だった。ボッグスは容姿が似ているだけではないと言う。ランドールは、結婚式後の月曜発行のNYジャーナル誌の記事はブリアンを破滅させると予言した。

 ビレッジブレンドに戻り、マイクに電話した。ウィンスローは白で、釈放されるという。結婚式の日には、彼は留置場にはいない。

 クレアはヌンツィオに電話し、夕刻高級ホテルのスイィーツを訪れた。なんとしても説得して彫刻「恋人たちの泉」を展示させたい。ヌンツィオは、指輪を提供して、彫刻まで貸し出すのは条件が不利すぎるという。クレアは唖然とした。ブリアンは、指輪だけでなく豪華な結婚式の掛かりものを、雑誌での記事と引き換えに無償で提供させていた。普段ブリアンが装っている上品な名士のやるべきことではない。かといって、クレアはセックスで彫刻を提供してもらうのも問題外だ。「スペインの彫刻家ティオが展示を望んでいるので彼に頼むわ」と言うと、ヌンツィオは焦って提供を了承した。クレアは彼の気が変わらぬうちに、トランクに収納されている彫刻をメトロポリタン美術館に持ち込むことにした。閉館後だが、結婚式のケータリングをするクレアは業者パスを持っている。途中、娘ジョイから電話がかかって来た。マテオが戻ってきて暴れていると。

 タクシーの行先を変更し、ビレッジブレンドに戻った。友人コアが説明してくれた。パーティ会場を出たマテオを、彼とハビエル・ローランド、ヘクター・ペナが追ったが見失った。マテオを見つけ、ハビエルを呼んで飲みながら話を聞いた。ハビエルは、若い頃、恋人ルイザがマテオと浮気し大喧嘩した事があったが今では親友だと。マテオとしては珍しくもないがクレアの知らない話。コアはホテルに帰っていった。
 マテオはベッドルームで結婚式はやらないと喚いていた。クレアは説得し、マテオは考えてみると言った。ブリアンから電話があり、マテオはブリアンが襲われたことを知った。二人は互いにいたわり合っていた。もう、大丈夫・・・かな。

 深夜になっていたが美術館に彫刻を持ち込んだ。タクシーが来ないのでバス停に向かった。人影はない。銃を突き付けられ公園に行かされた。ウィンスローだった。酩酊している。バカな警察はドラッグのありかが分からなかったと言いながら、クレアを殺そうとする。もがくと、銃ではなくナイフの柄だった。彼の腕に噛みついた。たじろいだ彼を後ろに走って逃げた。公園の外にパトカーがいたので助けを求めた。制服警官が応援を要請し、銃を持って公園に入った。救急病院に行き、警察署で事情聴取を受けた。マイクが付き添い、自分のアパートに連れ帰った。

 翌朝、寝覚めるとマイクが珈琲を入れていた。すっかり上手になっている。昨夜、警察はウィンスローを逮捕し、違法ドラッグを発見していた。指輪を奪おうとしたのは間違いないが、ボッグス殺害犯とは思えない。クレアは結婚式が心配だった。ローランドは殺人まではしない。ブリアンを狙っている者は野放しという事になる。彼が、ボッグスがブリアンと共通なのは容姿だけではないと言っていたのが気になっていた。ブリアンが公表している経歴は、良家の子女でソルボンヌ大学を出て、華やかにマスコミの世界で活躍・・・ボッグスとは重ならない。ブリアンの経歴には嘘があることは感じていた。どこだろう? スー・エレン刑事からボッグスの母はまだNYに滞在していると聞いた。電話した。彼女はブリアンの実の妹だった。

 トレンド誌のオフィスに行きブリアンと会った。ブリアンの実名はリタ・ボッグスで4人姉弟の長女だった。父親は強盗の前科があり、ブリアンがコミュニティカレッジ時代に失踪したので、家族を支えるため退学せざるを得なかった。生活保護では足りず何でもした。地元の新聞社に勤めていた時、ある記事をきっかけにNYに出て記者になることが出来た。野心的なブリアンは過去を断ち切り、兄弟たちに彼女について話す事を禁じた。彼らの生活援助は続けた。何年も会っていないし、話してもいない。殺されたダンサー、ヘイゼルは妹ロンダの娘で姪だったが、ブリアンは知らなかった。彼らはブリアンに迷惑をかけないよう近づかなかったのだ。ヘイゼルはブリアンを尊敬し憧れていた。ブリアンは、会いに来てくれていればと泣いて悔しがった。クレアはブリアンが好きになっていった。

 これをローランドが知っていればブリアンには致命傷になる。ブリアンは手を打つと言った。クレアはマテオが心配だった。マテオには告白するという。マテオは気に留めるような男ではない。クレアは二人がホントに愛し合うようになるようで嬉しい。

 ヴィレッジブレンドでは明日の結婚式のケータリングに備えてエスプレッソの試飲をしていた。マイクが来た。モニカの検屍報告が上がって来たが、死因は毒物中毒ではあるが、毒蛙から抽出された毒だったという。コロンビアで先住民が使っている特殊な毒である。クレアは、ブリアンのために用意された朝食が休憩室に運ばれた事を思い出した。モニカの胃からは毒と共にヘルシー食が検出されている。狙われたのはブリアンだったのだ。
 ブリアンを狙うコロンビア関係者はハビエルしか思い当たらない。マテオは彼の恋人と寝た過去がある。彼がマテオに恨みを抱いていても不思議ではない。なんてこと・・・
 
 マテオに連絡したがハビエルの所在は知らないという。マイクはハビエルを緊急手配した。結婚式までに逮捕できなければ、刑事たちが護衛のため参加することになった。

 結婚式当日、二人の周囲にはマイクたち刑事6人が配されていた。パーティ会場には、センターに彫刻「恋人達の泉」、そばにデザートや珈琲が置かれたコーナーが創られ圧巻だった。周囲のメトロポリタン美術館の彫刻が豪壮な背景となっている。マスコミ各社のカメラマンたちが競って撮影している。
 クレアは、二人が式場から数百人の参列者と降りてくるのを会場の入り口で待った。何も知らないハビエルが話しかけてきた。クレアは説得しようとした。ルイザの件でマテオを恨んでいるのはわかるがと。ハビエルは笑って、財布に入っている太ったオバサンの写真を見せた。ルイザだという。近くに住む農園主夫人で、今でも仲はいいのだという。
 クレアは事情を説明した。ヘクター・ペナの仕業だと言った。彼の娘はマテオに夢中だったが、結婚すると知って自殺し、父娘だけだったヘクターは生きる気力をなくした。毒蛙の毒は農園で使っている。ヘクターも贈り物を持って会場に一緒に来たという。警官が彼を探している。ハビエルに隠れるよう言って、クレアは式場にいる刑事たちに知らせに行った。

 出口にヘクターがいた。警備員に話して彼を追ったが消えた。警備員の無線に犯人は逮捕されたと連絡があり会場に戻った。抵抗するハビエルが押さえつけられていた。マテオとブリオンの元に走った。中央にマダムが珈琲カップを載せた銀のトレイを持って立っている。ヘクターの姿が見えた。「マテオ。犯人はヘクター、銃を持っている」と叫んだ。マダムがヘクターを見つけてとびかかり、彼はブリアンに向け引き金を引いた。もつれるなか刑事たちが取り押さえた。銃弾は銀のトレイが遮りブリアンは無事だった。彼が持っていた銃はダンサーを射殺した銃だった。

 結婚式は終わり、彼らは新婚旅行に出かけた。ヘクターはブリアンを殺してマテオを苦しめたかったのだ。マイクは、彼は警官たちに射殺されて死にたかったのだと言った。形を変えた自殺である。
 月曜日のNYジャーナル紙はブリアンの結婚式を報じたが好意的だった。ブリアンもローランドのスキャンダルを集めていた。クレアが遭遇した怪しい男はブリアンが使っていた探偵だった。ブリアンは今回もローランドを出し抜いたのだった。

 ビレッジブレンドの上階にマテオが戻ってくることはなくなった。クレアはマイクと寝室に消えた。