マヤ遺跡の場所はどこ?言語や文化などもついでに知っておこう!

マヤ遺跡の場所はどこ?言語や文化などもついでに知っておこう!

マヤ遺跡はどこ? 旅行
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マヤ遺跡はどこ?
紀元前2000年頃、マヤ地域で発展していった『マヤ文明』。

そこには多くのピラミッドが建てられ、都市が造られていきました。

ピラミッドというと、エジプトをイメージする方も多いかと思いますが、
実はこのマヤ遺跡は別の場所に位置します。

今回はそのマヤ遺跡が存在する場所、そしてそこで話される言語や文化などをまとめ
てご紹介します!

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マヤ遺跡はどこの国にある?

マヤ遺跡は現在のアメリカ大陸の真ん中に位置する、中米にあります。

・メキシコ
・グアテマラ
・ベリーズ
・ホンジュラス
・エルサルバドル

の5つの国にまたがる地域でマヤ文明は発展していきました。

これまでに行われてきた研究や調査によって、数百というマヤ遺跡が発見されてきま
したが、その他にも未だ発見されていない遺跡が無数にあるといわれています。

マヤ遺跡を巡るツアーはいつも人気ですが、遺跡の数が多すぎるので『世界遺産に登
録されている遺跡だけ』など、厳選された場所のみを見学するものがほとんどです。

5つの国にある主要なマヤ遺跡をご紹介!

1 メキシコ【チチェン・インツァ遺跡】

世界中から観光客がやってくる、このチチェン・インツァ遺跡は『エル・カスティー
ジョ』と呼ばれるピラミッドで有名です。カンクンから2~3時間の距離に位置しま
す。

➁グアテマラ【ティカル遺跡】

大人気シリーズ『スターウォーズ』の第一作でロケ地として使われたこのティカル遺
跡。

壮大で謎の多いことで有名で、3000以上にも及ぶさまざまな建造物がこの遺跡の中に
存在するといわれています。

3 ベリーズ【カラコル遺跡】

スペイン語でカタツムリを意味する『カラコル』と名付けられたこちらの遺跡。代表
する建造物に『空の神殿Caana(カーナ)』があげられます。ジャングルに囲まれた
、神秘的な遺跡です。

4 ホンジュラス【コパン遺跡】

芸術的な石碑や彫刻を見学することのできるコパン遺跡。その他のマヤ遺跡とは少し
異なった雰囲気を放ち、繊細で神聖な魅力で溢れています。

⑤エルサルバドル【ホヤ・デ・セレン遺跡】

火山噴火によって埋もれてしまったといわれてるこちらの遺跡は、
首都サンサルバドルから北へ約35㎞いったところにあります。
エルサルバドル唯一の世界遺産として有名になりました。

 

さて、マヤ遺跡のある中米ですが、
日本からどれくらいの距離に位置するかご存じでしょうか。

例えばチチェン・インツァ遺跡のあるメキシコまでは・・・

【距離】 10791㎞
【飛行時間】 直行便で15~6時間

そこから各遺跡へ移動するとなるとかなり時間がかかりますね!

時差も14時間存在します。

ちょっとした休日では足を運べない距離です。

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言語や文化は?歴史についても知っておこう!

マヤ遺跡がある5つの国は中米と呼ばれる地域で、アメリカ合衆国と南米を繋ぐ
真ん中のエリアになっています。

『ラテンアメリカ』と呼ばれることも多いですね。

マヤ文明は紀元前2000年頃から発達したと言われていますが、1517年にスペイン人がマヤに到達し、その後彼らによって征服されてしまいます。

長い間植民地支配されていましたので、この中米ではスペイン語が公用語として話されるようになりました。(ベリーズの公用語は英語。)

ヨーロッパ人たちがこの地に降り立ってから500年以上もの間、
さまざまな人種の民族たちがこの中米で共存してきました。

マヤの時代からの先住民やヨーロッパの白人、そして黒人やアジア人までも多岐にわたる人種が交流を深め、新しい文化を創り出してきたのです。

多様性を認め合う独特の文化は本当に魅力的で、いつでもたくさんの観光客が訪れて
います。

マヤ文明の歴史について

マヤ文明の歴史を遡るとき、

・先古典期(紀元前2000年~後250年)
・古典期(250年~1000年)
・後古典期(1000~16世紀前半)

の大きく3つにわけて考えられます。

最も発展し、栄えたのは古典期といわれており、上記でご紹介したグアテマラの【ティカル遺跡】やホンジュラスの【コパン遺跡】などがこの時代の代表都市だと言われています。

紀元前2000年頃マヤ文明は発展し、土器の文化が広がるとともに都市も形づくられていきました。

ここから3000年以上マヤの文化は続いていきます。

300年頃、グアテマラのティカルで都市が出来上がり、文明は発展。

その後、他の地域でも小規模な国々が発展していき、ティカルと同様に素晴らしい文化が生まれていきます。

マヤ文明が長い間繁栄し続けられた理由として、独裁体制で統一するスタイルではなく、それぞれの国がそれぞれの文明の多様性を認めて発展していく様式だったからだといわれています。

 

800年に入り、文明の中心がメキシコへ移ります。

これが上記でもご紹介した【チチェン・イッツァ遺跡】です。

その後も衰退や新たな都市の発展を繰り返しますが、ついにスペイン人による侵略の時代へと入ってしまいます。

1697年に最後の都市タヤサルが崩壊、マヤ文明は滅亡します。

 

また、マヤ文明の歴史の中で育まれた文化は独特で有名です。

マヤ文字が発展していたり、非常に正確な天文学の知識をもっていたり、神に血をささげる神聖なる儀式が重んじられていたり…

現在もマヤ民族の子孫となる人々はたくさんいますので、マヤ語は未だ話されるようです。

これだけの時が流れても受け継がれているのは凄いですね。

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マヤ遺跡はどこにある?言語や文化などもついでに知っておこう!のまとめ

以上、マヤ遺跡の場所、言語や文化についてご紹介しました。

日本からは決して近くありませんが、見どころ満載なので行く価値大です!

マヤ遺跡巡りのツアーもたくさんありますので、ぜひ参加してみてはどうでしょうか?

 


最後までご覧いただきありがとうございます。

良ければシェアしてもらえると嬉しいです。

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