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 高校時代、進路指導部長で国語科担当でもあったI教諭は、本書を推奨していた。しかし文庫化された今、改めて読み返してみると、それは甚だ疑問だ。これは「入試問題の解き方」よりも、「入試問題をたたき台にした知見の披歴」であると感じるからである。本書の筆致は完全に、「頭の良い人」の論理に見える。だから、自分のような人間にはかなり苦痛だ。

 まず決定的な欠陥、それは択一問題で「その選択肢が正解である理由」については存分に行数を割き丁寧な説明が施されているけれど、「誤りである理由」については言及が乏しいこと。多くの受験生は「何故それが不正解か」を知りたがっているにもかかわらず、それに答えず「常識だよ」で片づけてしまうような、全てそういう筆致で貫徹されている。この種の頭のいい人が往々にしてやりがちなことだ。

 もう一つ、それは、世に「学究」と呼ばれている人々の中には、知見の共有はある程度までは良しとしても、その後の探求心の共有は良しとしなかったり、根本的に自分の得た知見に対する独占欲が強い人がいる。通常の学問書やマスコミに発信するコメントはそれでいいけれど、やはりこれは学習参考書、それを感じさせるようであって欲しくない。それを感じた理由は、殆ど「出典」が明記されていないことである。これは私の願望に過ぎないけれど、「合格後は時間的なゆとりも持てるだろうから、もし興味があったら1冊手に取って読んでみることをお勧めしたい」といった類の、無言の推奨を感じるものであって欲しいと思う。

 本書はある文章を叩き台にして思考をめぐらす方法についての言及が豊富で、受験のくびきから離れて「こそ」とても有益な本だと思う。巷に流布されている珍妙なロジックに騙されないような論理性を鍛えるうえでも、非常に示唆に富んだ内容も含んでいる。だからこそその作業を、原著を通じて進めたかった。

 とても残念な本である。