データ販売やサブスクリプションサービスの台頭により、今やその存在意義自体が問われているCDやレコードなどのフィジカルな音楽ソフト。
この数年はCDの売り上げチャートを見ても、その多くは握手券や投票券などの付加価値の付いたタイトルがずらりと並んでいます。
私はもともとアナログレコードのオタクみたいな出自ですし、元レコード店経営者でもあるので、心情的にはCDなどのパッケージソフトは無くなって欲しくはありません。
そんな個人的な心情に関わらず、
CDやレコードは無くならない
と考えています。
無くならないと考えてはいますが、いくつかの条件や注釈付きでの主張となります。
なぜ、そう考えているのか?
これについて書き進めていきます。
【目次】
CD・レコードが無くならない理由と根拠
不滅である所有欲
「音楽を聴く」
この行為自体は、パッケージソフトに頼るメリットは無いと思います。
ですが、人間には所有欲というものがあります。
興味が強いものほど、この所有欲は膨らみます。
洋服が好きな人なら借りたものではなく、手元に好きな洋服を置いておきたいと思いますし、アートが好きな人は、いつかその作品を購入して手元におきたいと思います。
音楽好きにしても、強い興味や好意のある作品に対してであれば、聴く事自体はサブスクで事足りたとしても、パッケージで欲しいと感じるでしょう。
これが特定のアーティストだけでなく、”音楽そのもの”が興味の対象の人に至っては、いくらサブスクが隆盛しても、CDやレコードで音源は欲しいと考えます。
その中には、”マニア心”や”コレクター心理”もあるでしょうし、「好きなものに囲まれて生活したい」という純粋な心理もあるでしょう。
「物として所有すると部屋が狭くなる。」とか「CDやレコードをいちいちプレイヤーから出し入れする時間や手間が面倒くさい。」といったネガティブ要素は確かにあります。
甲本ヒロトが以前こんなような事をインタビューで言っていました。
「趣味なんて、面倒くさい方がいいんだよ。そのほうがもっと好きになれる。」
うろ覚えなので、ニュアンスだけですが、こんな趣旨の事を言っていました。
完全に同意です。
あくまでも一部の人にはなりますが、”レコードに針を落とす”、”A面とB面をひっくり返す”、”CDをケースやプレイヤーから出し入れする”、そんな面倒くさい行為を楽しめたり、愛しく感じる人は存在するのです。(私がそうですし、周りにも多いので。)
ライブ会場グッズとしての役割
これは主にインディーアーティストの場合になりますが、ライブ会場での物販におけるCDの役割は根強いです。
資本や知名度のあるアーティストであれば、Tシャツやパーカーなど様々なグッズを作るお金や、それを販売するだけの顧客が付いていますが、そうでないアーティストは違います。
インディーアーティストの場合、グッズを作っても売れ残るリスクも高いですし、物販商品にそう多くのバリエーションを作れません。
CDなどの音源が商品であれば、ライブをした直後に販売できるので、音楽を気に入ってもらえたら買ってもらいやすいです。
何より、CDはコスト自体が他のグッズに比べ、安いのです。
もちろん、レコーディング費用はかけようと思えば天井知らずでいくらでも使う事はできますが、ことCDのプレス料金そのものの原価率は非常に良いです。
インディーアーティストの活動資金作りにおいて、CDはその役割をまだまだ終えていません。
プロモーションツールとしての役割
プロモーションツールとしての側面もあります。
CDという形で全国のCDショップに流通をさせれば、その店頭で露出されます。
CDショップに行かれない方にとっては、「いまだにCDショップ?」と思われるかもしれませんが、まだまだCDショップの需要は大きいですし、独自の展開でアーティストとユーザーを結びつける役割も担っています。
また、アイドルの握手券のように、CDに付加価値をつけて別のプロモーションや収益の導線を作る事にも使えます。
これは近年では薄まってきた風潮ではありますが、”CDをリリースしていないとメディア露出がしにくい”という事もあります。
雑誌やテレビ、ラジオなどへ売り込みを行っても、「CD発売タイミングじゃないと。」と弾かれてしまうケースは多くありました。
アーティスト心理
アーティストもその活動を始める前は、ただの音楽ファンの一人です。
音楽に目覚めた時に体験した物への憧れや、それを自分達も再現したい・なぞりたい。という心理が多かれ少なかれあります。
おこずかいを貯めてCDやレコードを買い、それを聴いた時の衝撃や感動から音楽を志したアーティストであれば、パッケージへの憧れや想いを持っていたりもします。
CDやレコードという”形”になってこそ感じられる、”リリースをした”という実感や喜びは確実に存在するはずです。
そういったアーティストについては、心情的にはパッケージで作品を世に出したいと感じる事でしょう。
レコードジャケットの魅力
例えば、私はアナログレコードが大好きなのですが、その理由は、よく言われる音質ではありません。
ジャケットが大きいからです。
データ配信であっても、作品のアートワークは必ず作られています。
その際、スマホやPCの画面でそのジャケットを見ています。
あくまでも個人的な感想ですが、少なく見積もっても50%くらい魅力減です。
絵や写真、グラフィックの素晴らしさをしっかりと感じ取るには、”最低限必要なサイズ”があるように思っています。
いかにダヴィンチやピカソの絵画でも、スマホの画面ではその魅力は不十分な形でしか伝わらないと思ってしまいます。
私は”顔ジャケ”(顔面ドアップのジャケット)が好きなのですが、アナログレコードのジャケットだと、本当の人間の顔の大きさくらいになります。
ど迫力です。
だから好きなのですが、小さかったら全然面白くありません。
これはまあ、レコードサイズだからそれに合わせてデザインしているでしょうから、スマホ画面であればそれに合わせたアートワークだって作れなくはないでしょう。
それでも基本的には、せめてCDジャケットくらいのサイズがあったほうが、アートワークの魅力を楽しみやすいのでは?と思ってしまいます。
加えて、音楽アーティストの多くは、音楽だけでなくその表現全てに拘りを持っているはずです。
ジャケットデザインにも当然気を配っているでしょうし、できれば物としてそのジャケットデザインに触れて欲しいと考えるアーティストは少なくないとも思います。
再評価を繰り返すフィジカルソフト
アナログレコードやカセットテープは何度もリバイバルを繰り返し、今なおその存在は残っています。
ここまで挙げてきたいずれかの理由がそのリバイバルの根拠になると思っています。
正直なところ、2020年の今、アナログレコードはもちろん、CDがこれだけまだ音楽を聴くツールとして存在感を保っているとは思っていませんでした。
ここまで再評価を繰り返し、その存在が保たれてる事を考えると、周期は読めませんが、これからも再評価は幾度も起こる気がしています。
一寸、「再生するプレイヤーの生産が終わる事はあるかも。。?」とよぎりましたが、DJ用のターンテーブルやCDプレイヤーがありました。
DJも今や、データやサブスクサービスを使ってプレイするケースも増えてきていますが、DJも表現者です。
データでのDJが主流になれば、そのカウンターや差別化として、フィジカルな音源を使うDJが出てくるはずです。
繰り返す再評価の波は、DJが担っている面も大きいかもしれませんね。
まとめ
CDやレコードが無くならないという理由を中心に書き綴りましたが、これらはある程度短期的な視点ではあります。
短期的と言っても数年ではなく数十年です。
ぼんやりと認識している以上に、ポップミュージックの歴史は長くありません。
100年にすらまだまだ届かない程度です。
目まぐるしく世の中は変化や進化をしているようで、案外変わっていない事のほうが多いと思います。
私が生まれた41年前から既にあるアナログレコードはその数は減らせど、今なおプレスされていますし、データ販売やサブスクの時代と言われて久しい今でも、CDは作品をリリースする上で一定の重要性を担っています。
音楽に限らず、例えばエアジョーダンやエアマックスが今でもこんなに大人気な未来は想像できませんでしたし、Twitterをこんなに長い間、多くの人が使うなんて思いませんでした。
長々と理由や根拠を書いてきましたけれど、一番の根拠は「思っているよりも世の中って変わらない」って事になるのかもしれませんね苦笑。
では、また◎