姉と仇と妹

 ある朝、スマホの通知履歴を見ると見知らぬ番号から着信があることに気づいた。留守電が入っていた。


「初めまして、急にお電話を掛けてすみません。私、H子の妹です。もしご迷惑でなければ、お電話頂きたいです......。」


 あどけなさの残るその声は緊張で震えていて、そしてH子にそっくりだった。

 私には、4歳年下の弟がいる。H子の妹さんは確か同い年で、そんなところまで私とH子は似ていた。もし私が一人で死に、H子が生き残っていたのなら、弟もこんな声でH子に電話を掛けたのだろうか。

 姉を死に導いたこの私に妹さんが電話を掛けて来るという事態は、いずれにしても尋常ではない話を想起させた。が、覚悟を決めて折り返しの電話をした。コール音の鳴る間、こうして単に電話をすることにさえ覚悟が必要な自分に秘かな失望を覚えた。

 普段「H子の為なら、どうなってもいい。」などと嘯いている自分の言葉の真偽を自分自身に問われたとき、保身がよぎり逡巡する自分がいた。それが答えだった。自分の覚悟が不十分で身に染みていないことを思い知らされるようで苦痛を覚えた。
 保身を覚えることが怖ろしい。あの日、この世の全てを失おうとした決心から日を経、傷付く私に多くの手が差し伸べられた。そうして我が身を大事にしようとする自我の萌芽があることを認識していたが、断固として拒否しなくてはならなかった。

 時を経ることで私の苦痛が無くなるのならば、H子もまたあの日に死ななくても良かったのではないか。もしあの日、死に急ぐH子を縛り上げ精神病棟にでも送り込んでいたのなら、或いは今ごろ一緒に笑い合えていたのではないか、とそういう疑念を拭えなくなる。

 生きていれば報われていた可能性を理解できないほどH子はバカではない。しかしそれでもなお生きることを拒んだ。だから今さらそんなタラレバを考えることに意味はない。失われた命はもう戻らないのだから。私は私の人生を生きるべきだ。しかし私は、意味のない思いから逃げられずにいる。

 相手が電話をとり、スマホのコール音が止んだ。受話器の向こうで、妹さんが息を呑む音が聞こえた。


「もしもし、だっちゃんさんですか?」



https://datchang.hatenablog.com/entry/2020/07/03/003127


 今年6月、私はH子の旦那さんの家に赴いた。

 そういうことがあった、という連絡が旦那からH子の母親の元にいった。そしてほんの数日前、母親から妹さんへその事実が知らされた、ということだった。


「わざわざ茨城の義兄の家まで来ていただいて、手を合わせて下さったって聞いたんです。それで、迷ったんですけど、お電話させていただきました。その、お礼が言いたかったんです。母からも、H子がお世話になりました、と。」


 耳を覆いたくなる言葉だった。

 姉の命を確かに奪ったこの私を責め立てる言葉なんて無限にあるはずだ。それでも「お世話になりました。」なんて言葉をひり出さなければならない苦痛は、それこそ私とH子が死んでも回避しようとした「この世を正気のまま生きていく。」ということそのものだった。


「義兄が、だっちゃんさんから、お姉ちゃんが死んだ理由を聞かされたって言っていたらしいんです。 でもお母さん、『今さらそんなこと聞きたくない。』って断ったみたいで。でも、私は聞きたい。都合のいい日に何処かでお会いしてお話しませんか?」


 私は以前、旦那さんに手紙を宛て、その中に「経緯等知りたいことがあればいつでもお話しするつもりです。」という旨を書いていた。



 その日のうちに、私たちは新宿・歌舞伎町のルノアールで落ち合った。

 H子の妹は、H子に似て身長が高く色白の美人だった。インテリだったH子と違って髪の毛の色も派手で、いかにもギャルという出で立ちをしていた。その姿は自分の容姿の美しいことをきちんと理解しているようで、姉が持ち得なかったある種の異性に対する楽天的さをきっと彼女は持っているんだろうな、と思った。


「今、仕事休職してるから時間あるんです。なんだか働く気にならなくて。」


 彼女もまた旦那さんと同様、私たちの身勝手さが人生を捻じ曲げてしまったその被害者にほかならなかった。


 私はH子の写真をスマホに入れてきていた。一枚一枚、彼女との思い出を話した。話しが尽きることはなかった。二度と戻らぬ日々に胸が痛んだが、それでも彼女の私に見せる笑顔は、確かに心許した人に向けるもののように思えた。


「こんな笑顔するんですね。お姉ちゃんが笑ってるの、久しぶりに見たな。」


「私たちは親友でした。お互いに一番の理解者だったと思っています。」


「以前、お姉ちゃんから仲の良い男友達がいるってことを聞かされていたんです。パリへ一緒に行ったりしたって。

 あの日、警察に呼ばれて霊安室でお姉ちゃんの遺体を見ました。お姉ちゃん、安らかな顔をしていて。警察の方から、『一緒にいた男性がいる。お姉さんと同じ考え方をしている人のようですが。』って聞かされて、私はすぐにだっちゃんさんのことだってピンときました。お姉ちゃんがそんなこと頼める人、他にいないから。」


 話しながら妹さんは自分の腕を強く握っていた。白い肌が、その指の形に赤く染まっていた。


「私、今日、遺品を持ってきているんですが……。」


 妹さんはH子の遺品の入った巾着袋を取り出した。それはH子が死の際、「これをあなたの手で、渡して欲しい人がいる。」と私に託された遺品なのだった。H子が愛していた男、そしてH子を裏切った男、加藤に宛てた手紙と思い出の品が入っていた。怨念そのものだった。

 紆余曲折を経それは警察にわたり、旦那さんから妹さんの手にわたることになった。


「本当は、私たちの手で渡そうと思って加藤さんに連絡を取ろうとしたんです。でも加藤さん、電話に出てくれなくて。それでお母さんとも話し合ったんですけど、加藤さんもご家族がいるようですし、ご家庭を壊してしまいかねないから、渡すのを止めようって思ったんです。だからだっちゃんさんも、もう……」


「妹さん、こんなこと言ったらヤバいやつだと思われるでしょうけど、こんな遺品ひとつで破綻するような赤の他人の人生なんて、別に破綻しても構わないと私は思ってるんです。H子を傷つけた加藤さんのことを大事にする義理もないし、それよりはH子の意志を優先してあげたい。私は、H子の親友なので。私は以前、加藤さんと連絡を取り合っていました。その遺品は私が託されたものですから、私の方でも渡せるよう努力したいと思ってます。」


 妹さんは私の目を見、「ではお任せします。」といって遺品をくれた。「渡せなかったら、棄ててしまって構いませんので。」と言った。


「本当に、姉は幸せだったと思います。こんなに深く想ってくれるヒトに恵まれて。私にはそんな人、多分いないから。わざわざ茨城まで花を持って行って下さって。」


「勝手に、連絡も無しで行ったんですよ。まずいですよね。旦那さんが男だからまあ良いとしても、女性相手に勝手に家に押しかけたりなんてしたらストーカーも良いとこですよね。」


「アハハハハ!」


 妹さんは磊落に笑った。そんな風に笑い飛ばさねばならないほど、彼女を深く傷つけたということだろう。


 私は、H子から今までに貰った手紙も何通か持ってきていた。


「お姉ちゃんって、手紙なんて書く人だったんだ、知らなかった。」


「H子は優しい人でした。」


「優しすぎるくらいです。優しすぎました。」


 どんなに仲の良い姉妹でも、もはや成人した片割れがどんな人生を送っているのか知る由も無い。知るときにはもう、全てが遅い。

 私はH子が死ぬに至った理由を話した。最後に話したこと、最後に食べたかったもの、最後に口にした言葉、最後に私が彼女にしたこと。妹さんが望むこと、その全てを話した。

 私の語る言葉のひとつひとつが、目の前の妹さんを傷つけた。H子が大事にしていた妹のことを私も丁重に扱いたい、少しでも傷つけたくないと思っていたが、H子を救えないように妹さんを傷つけないように語ることもまたできなかった。

 しかしその無力さに歯噛みをするようなことももはや無かった。人を傷付けること、傷を受け入れることが生きることなのだ。少しくらい傷つけ合っても、そんな当たり前のことに逐一心を痛めることはない。

 他人を容赦なく傷つけることに頓着しないのは諦念などではない。単に私が狂っているからだ。


「あの、もう、もう、……。」


 そういって妹さんは自分の口を抑え、私の言葉を制止した。


「ここまでで……。」


 妹さんは目におしぼりを押し当ててしばらく押し黙った。


「知らなくていいことって、あるんですね。」



 二時間程度で切り上げようとして店を出ると、妹さんが


「駅まで送っていきますよ。」


 と言った。


「いいえ、大丈夫ですよ。少し歩きたいんです。」


「じゃあ、もう少し一緒にいても良いですか?」


「勿論。適当にぶらつきましょうか。」


 私たちはそれから、話をしながら新宿の町を歩いた。そこかしこに私とH子との思い出が転がっていた。


「そこの角でね、H子が酔いつぶれて倒れたのを背負ってったんですよ。それであっちの方進んでったら急に起き始めてね。『あなたとはセックスしないの~!ホテル行かない~!』って叫び始めて。『行ーきーまーせん!』つってカラオケに連れてって寝かせて……。」


「急に正気に戻るのウケますね。お姉ちゃんそういうとこあるんだよなぁ。普段飲まないから、限界知らないの。」


 妹さんの声は、H子にそっくりだった。目を閉じるといつもこうして二人で歩いていたことを思い出した。妹さんはハイヒールを履いていた。


「H子はペッタンの靴しか履きませんでしたよね。」


「はい。お姉ちゃん本当によく歩く人だったから、棺の中にあのいつも履いている靴、入れました。あっちでも沢山歩けるようにって。」


「妹さん、声とか話し方が本当にH子そっくりですよね。」


「そんなこと、初めて言われました。ずっとお姉ちゃんに憧れていたから、マネしちゃったのかな。美人で、賢くて、努力家で、優しくて、ちょっと変な人で。お姉ちゃんみたいになりたかったのに。でも、ちょっと頑張り過ぎちゃいましたよね。お姉ちゃん、沢山夢を持ってたんですよ。だから、羨ましかったな。」


 H子は沢山夢を持っていた。芸能活動をすること、好きな人と結ばれること、堅い仕事に就くこと、好きな人を諦めること、正気で生きること。だけど、彼女に叶えられたことは一つもなかった。妹が羨ましがっていた「夢」のひとつひとつがH子を蝕んでいった。


「私には、『妹さんは自分の持ってないモノを全部持ってる、自慢の妹だ。』っていつも話していましたよ。」


「私にはそんなこと、一言もいってくれなかったです。遺書にそんなこと書いてあったけど、いきなり書いてあったって感じで。だっちゃんさんにもそんなこと言ってたんですね。私、もっとお姉ちゃんと沢山話しておけばよかったな。

 お姉ちゃん、ストレスたまって自分で自分の髪の毛むしってたんですよ。爪もずっと噛んでるからボロボロで。でもそんなこと、突っ込めないじゃないですか。あのとき何かしていたら、何か変わったのかな。」


「妹さんと最後に話した方が良いんじゃない、とは言ったんです。でも寧ろ大事だったからこそ話せなかったのかもしれませんね……。」


 私たちはそれから居酒屋に入り、二人で何時間も飲んだ。妹さんは浴びるようにビールを飲んでいた。酔った眼で周囲を見渡す姿は、やはりH子に似ていた。


「私、ずっとだっちゃんさんに会ってみたいって思ってたんです。お姉ちゃんが信頼する人ってどんな人なんだろうって。今日、会えてよかった。お姉ちゃんが……お世話になりました!」


 新宿駅で別れ際、頭を下げる妹さんに私は何も言うことができずにいた。そうして妹さんは泣き笑いの表情で、「また!」と叫んで両手を振っていた。


「また。」


 私も妹さんに手を振り返し、そうして逃げるようにその場を立ち去った。腹の中の臓物が暴れ、よじれるようだった。


「だっちゃんさんは死なないで、生きて下さい。」


 そんなことを言う妹さんに、「いいや、私こそ死ぬべきだ。」と言い返したかった。



 それから私は加藤に連絡を取ろうとした。

 以前話したときはH子に同情的だった加藤も、時間が経って気が変わったのだろう。何度か電話を掛け留守電も入れたけれど、加藤と連絡が取れることはなかった。もはやこの世にいないH子に振り回され遺品を受け取るのは家庭もある身の男としては当然間違っているんだろうと思う。

 しかしそれでもH子の望みが叶わないことに私は苛立ちを覚えた。
 妹さんから、「もう、良いんです。棄てて構いません。」と連絡が来た。それでも私は、遺品を棄てずにいる。あの日、親友の死を目にした夜から、私は前に進めない。