雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 2

近寄って見ると、とても外でカキ氷売りをするようには見えない品の良さそうな若いママさんが、幼い女の子と並んでベンチに座っていた。揃えで作ったのか、よく似た水色の花柄のノースリーブのワンピースを着ていた。

すぐ横に乳母車が置かれていて、淡い水色の日傘が乳母車にまたがるようにして置かれてあった。乳母車にはあれこれと乗せられているようで、商売道具一切が入っていたのだろう。
乳母車は、子供がもっと小さかった時に使っていたものに違いない。
女の子の歳は、多分四つか五つくらいだったろうか。 

 

篠田が声を弾ませながら訊いた。

「おばちゃんが売ってんのん」

「そうよ、食べてくれる?」

「なんぼすんのん」

「ちっちゃいのは五円、大きいのは十円ね」

私と篠田はちょっと顔を見合わせて「大盛りたべよか」ということになった。

私たちがそう言ってママさんに十円づつ手渡すと、ママさんは随分嬉しそうな顔をしたように記憶している。

「いや、ありがとう、良かったわ。氷が溶けてしまうと勿体ないなあと思ってたとこ」

言いつつ、当時どこの駄菓子屋にも必ず置いてある、おなじみの、あのかき氷の機械のハンドルを持ってガリガリと回し始めた。機械を支えるためにノースリーブからしなやかに左腕を伸ばして、しっかり上から押さえている。その腕も、回す右腕も、白く神々しいラインを描いて、私には眩しいほどなまめかしく感じられた。

 

実際、おばちゃんと呼ぶのも気の毒なほどの若いママさんだった。しかし小学生にしてみれば、主婦はもう誰でもおばちゃんなので、取り合えずはそう呼ぶより仕方がないのだった。

しかし篠田も、おばちゃんと呼ぶには抵抗があったようだ。

「ごめんな、おばちゃんなんて失礼やな。そうやママさんと呼ぶわ、なあ…」

篠田は私に同意を求めた。異論があろうはずもなく私は「そやそや」と頷いた。

そして篠田は突然私に訊いた。

「ええっと、お前、なんて名前やったかな」

顔は見知っていても、篠田は私の名前を知らないのだった。

私は改まった感じで答えた。「俺は浜田や」

「浜田か、俺は…」言いかけた篠田を私は遮って答えた。

「知ってる、篠田やろ。なんでか知らんけど知ってる」

「なんやそれ」篠田はわっはっはと笑った。「俺の方が有名人かいな」

 

「いや、二人はきょう友達になったん?」ママさんがニコニコしながら「どっちかけよ」と私たちに訊いた。

横に白と赤の二つの液体が入った瓶が並んでいた。普通の店で見かけるような、それ用のものではなく、何かの空き瓶を利用しているようだった。

「それ、みぞれとイチゴ?」私が訊くとママさんはウンウンと頷いた。

「ほならイチゴでええわ」私たちは声を揃えた。

お前から先に食べろと篠田が言うので、私が先に受け取った。

カキ氷の安いものは味のない最中の皮のようなものをお皿の形に成型したもので氷を受けていた。もとより露店なのでガラスの皿を使うわけにはいかない。しかも適当に早く食べないとそれがフニャフニャになってくるので十円の大盛りだと二重にしてくれるのだった。

「二人が友達になったお祝いよ、おまけしといたるわね」

氷がほとんど欠けらくらいの厚さになるまでガリガリとやって、二人とも、十円でも申し訳ないほどの盛りになった。

スプーンはなくて、そのまま口に頬張るのだ。これを世間では氷饅頭と言った。

私たちにカキ氷を手渡してひと作業を終えると、ママさんは後ろのベンチに座っている子供の横に並ぶようにして腰を降ろした。

子供はママさんに似ていると思った。子供故ふっくらとしているが、目や口元がそっくりだった。ママさんの仕事の邪魔にならないようにしているのか、あまり動かない子供だった。

 

一方のベンチに腰を下ろした私たちは氷で溶けてしまわない内に食べようと、頭が痛くなるのを堪えつつ、元気よく頬張った。

頬張りながら、あまりじろじろと眺めてはいけないと思いつつも、私はママさんの姿にチロチロと目を奪われるのだった。夏場だからそうしてあるのだろう、ほとんどおかっぱに近いショートカット。程よい胸のふくらみがワンピースに張りを与えていた。大人の表現をすれば、ママさんというより、むしろ色気のある少女の感じだった。

「ええスタイルや、うちのおかんと偉い違いや」

内心ませた感想を抱いた。夢中で食べるふりをしながら、きっと篠田も同じだったに違いない。

 

続きます。

 

註 スマホで確認すると、文字ばかりズラズラと随分並んでしまうようですので、区切りを短くしました。一度の公開につき、なるべく二千文字以内にしたいと思います。

よろしくお願いします。