【修行者列伝〈ミャンマーで出逢った修行者たち〉#15】痛いのが好きな修行者

2020年11月21日土曜日

修行者列伝

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Cさん 日本人 40代 女性 


 痛い瞑想法が大好きなCさんがミャンマーにやってきたのは2015年の始め。それまで長年勤めていた会社を辞め、修行に専念するために何もかも捨ててきた。


と言ってもCさんは別に、最初から痛いのが好きだった訳ではない。日本にいた時はゴエンカ式を学んでいたため、彼女がミャンマーに渡った当初は、ゴエンカ式の瞑想センターのリトリートに参加していた。


ゴエンカ式のセンターはヤンゴン中心部では日本大使館のすぐ裏にあるゴエンカ師設立のDJと、シュエダゴンパゴダ近くのウ・バキン師設立のI瞑想センターとがある。




ゴエンカ氏(右)とダライラマ



しかしここで行われるのは在家者向けの修行のみで、いずれも10日ほどの短期リトリートだけになる。仕事を辞めてまで瞑想しに来たCさんは、これぐらいでは満足できなかった。



修行法を変える 


 そこでCさんは今度はI瞑想センターのすぐ近くにあるマハーシ式のPS瞑想センターに移った。ゴエンカ式のヴィパッサナーからマハーシ式のヴィパッサナーにやり方を変えたのだ。


同じヴィパッサナーと言ってもこの2つのやり方は全然違う。細かい点を挙げればキリがないが、代表的な部分で言えば、足の痛みの観察の仕方に雲泥の差がある


足の痛みを「痛み」という概念抜きでありのままに観ようとし、その感覚と感情との相関関係を観察するゴエンカ式と、足の痛みがズキンズキンするのを「生・滅」や「無常」といった概念を使って観察するマハーシ式とでは全くその主張が相容れず、ヴィパッサナー瞑想界を二分する程の大論争を巻き起こしている。


だがそんな事情などつゆ知らず、Cさんは正反対の観察の仕方をするPS瞑想センターに移ったのだから、最初のうちは戸惑わない訳がなかった。







「何で足の痛みを生滅と観るの?こんな事して何になるの?」



指導者の言う通りに足の痛みを生滅と観てはみたものの、どうなる訳でもない。しかもそれまでやっていた所では「対象を概念的に観るな」と言われていたので、その教えに逆らうようで、あまり気持ちいいものでもない。


そんな感じで恐る恐るやっていたら何と、Cさんと一緒に修行していた若いミャンマー人女性が突然「足の痛みの生滅を観ていたら足の痛みだけになった」と言い出したのだ。



「足の痛みだけ?ハア?何それ?」



足の痛みだけになったと言っても彼女はしっかりそこにいる。何を言ってるんだかサッパリ意味が判らない。しかし彼女は何やら凄い喜びようだ。



「一体どうしたっていうの?何が起こったの?」



Cさんはそれまでジャーナ(禅定)については本では読んだ事があるものの、実際に体験した事や、体験している人を見た事はなかった。そうだ、Cさんはこの時初めてジャーナに入った人を見たのだ。


ミャンマー人女性が言った「足の痛みだけになった」というのは、観察する者が消えて、足の痛みだけがそこにあったという意味になる。


厳密に言えば足の痛みとそれを認識する心はあるわけだが「自分」という感覚がが消えたため「観察者が消えて足の痛みだけになった」つまり足の痛みと一体化したという事になる。



※ジャーナ(禅定)とは何か

https://j-theravada.net/world/study/pali-sutta3-2/




突如として豹変したその女性 


 まあ、ジャーナがどのような体験であったか?というのはどうでもいいとして、驚いたのはそのミャンマー人女性のあまりの変わりようだった


それまでとは全く違った真剣な目をして、一挙手一投足に完全にラベリングを入れるようになっている。周りの事など全然眼中になくなって、話しかけたら怒り出しそうな感じだ。


しかもミャンマー人女性は「動かしたい意志で身体を動かしている」とか「心も身体も意志によって生じてくる」とか、宿舎で自分の体験をみんなに教えているが、どうやら凄い細かいところまで観察出来るようになっているようだ。


そして何よりもいいと思ったのは、瞑想している時のその女性の顔は、うっとりとしてとても気持ちが良さそうな事だった。


修行も一日中やっているのに、凄く楽しそうに見え、辛さや疲れた様子なんて微塵も感じられない。いつも上機嫌で、一緒にいるとこちらまで明るくなる。


「判った!足の痛みの生滅を観察するのはこのジャーナに入るためだったんだ。足の痛みの生滅を観るとジャーナに入るんだ!これはそのための方法だったんだ!」Cさんはそのミャンマー人女性の劇的な変化を見てそう直感した。


ちなみにミャンマー人女性がそのような体験をしたのはPS瞑想センターに来てから僅かひと月後の事だったという。たったひと月でそこまで変わってしまったのだ。


そのうちミャンマー人女性「もうこれさえあれば何も要らない。彼氏や子供つくるより、こっちの方がいい」などと言い出し、出家して尼さんになってしまった


それを聞いてCさんは色めき立った。なぜなら元々家庭に入るより海外旅行や趣味に打ち込む方が好きで、ずっと独身のまま生きてきたからだ。


「凄い!そんなにいいものなの!それだったら私もそのジャーナというのに入ってみたい」そしてそんな感じですっかりジャーナ瞑想の虜になってしまったのだ。



ハードコアな修行 


 それから半年後、場所は変わって今度はスンルン式という、かなりハードな瞑想法をするSL瞑想センター。ここは基本的に外人は10日間リトリートにしか参加出来ない。その参加メンバーを見ると何と!そこにはPSセンターから移ってきたCさんの姿が。


このスンルン式という方法だが、日本ではあまり馴染みがないので少し説明しておくと、有名なのは瞑想の前に激しい呼吸法を使う事だ。


まず最初に結跏趺坐を組んでヨガで言う火の呼吸「バストリーカー・プラーナーヤーマー」を30〜40分やっておく。この時は硬い床の上に座具を使わず直接坐るのがポイント。




火の呼吸 



それから結跏趺坐のまま瞑想に移る訳だが、その頃には足やお尻が痛くなっている筈なので、どれか一つの感覚を対象に取り、それを1時間の間ずっと観察する。観察の仕方はマハーシ式と同じく、ズキズキするのを「生滅」と観る。


これがスンルン式の瞑想法だが、もうお気づきだろう。そうだ、この方法こそがマハーシ式の原型となっている方法な訳だ。マハーシ式は従来のヴィパッサナー瞑想に「ラベリング」という独自のテクニックを加え、更にこのスンルン式と合体させた方法という事になる。


Cさんはあれから半年間PS瞑想センターで足の痛みを観続けたもののジャーナ達成までは至らなかった。だがジャーナ達成の夢断ち難く、業を煮やして足の痛みの観察専門のSL瞑想センターに移って来ていたのだ。




故スンルン長老



そこで10日間ハードな方法を試したCさんであったが、残念ながらまたしてもジャーナ達成には至らなかった。それでも全く諦めのつかないCさんは、まだまだこの方法で修行を続けたい。


だがSLセンターは短期リトリート専門のため、Cさんは更にまたT瞑想センターという「最も過激なヴィパッサナー」の異名を持つ鬼道場へと移って行ったのであった。




故テーイングー長老



ここは何が過激なのかといったら、基本的にやり方はスンルン式と大差ないが、坐る時間が途轍もなく長い事だ。


最初は1時間から始まるが、慣れてくると時間が伸び、最長9時間まで坐らせられる。そして何とCさんはここのTセンターで足の痛みを観るために、9時間の坐る瞑想を、3か月間続けたというのだから驚かずにはいられない。


何がCさんをそんなに足の痛みの観察に駆り立てるのか?と言ったらPSセンターでの体験しかない。あの一件がCさんの人生を狂わせた。Cさんはあれによって「足の痛みの観察バカ一代」になってしまったのだ。








だがT瞑想センターも、リトリートは最長3か月までとなっている。完全にジャーナに取り憑かれ、まだまだ狂ったように続けたかったCさんであったが、泣く泣くTセンターを後にするしかなかった。


「これからどうする?」荷物を担ぎながらあてどなく歩いていると目に入ってきたのはTセンターから歩いて5分のところにある別の瞑想センターだった。





シュエウーミンの門



 「ここも瞑想センターなの?じゃあ次はここでいいか。どうせここも足の痛みの生滅を観察するんでしょ?ここにしよう」


入口の所にはマインドフルネスのS瞑想センターとある。そうだ、CさんがたまたまSセンターに立ち寄り、ここで修行していた私とバッタリ出逢ったのは2015年の暮れの事になる。


だがCさんはこの時はまだ自分が勘違いしている事には気づいていなかった。だからこれからどんな事が待ち受けているか、全く気づく筈もなかったのだ。




否定された今までのやり方 



 「ジャーナなんか目指して何かいい事あるの?」



 何も知らずに呑気にここ、Sセンターで今までの続きをやろうと考えていたCさんであったが、入寮して直ぐ意外な事実が発覚した。他の修行者たちに自己紹介とこれまでの修行歴について話していた時の事だった。



何と!こちらの人々はジャーナを目指して修行しているのではなかったのだ。



「えーっ!し、信じられない!ジャーナを目指さないのここの人たち!じゃあ何のために瞑想してるの!?」


S瞑想センターの修行者たちは、そんな感じでCさんの言う事など全く理解しない。そればかりか、否定的な態度までとる。更に驚いた事には「坐ってて足が痛くなったら、足を組み替えなくちゃダメよ。痛いままで瞑想してたらバッドトリップしちゃうよ」とまで言うではないか。



ガーン!!い、一体何なの?このマインドフルネス瞑想って?何で足の痛みを観察しないの?」


Cさんは何が何だかサッパリ訳が判らなくなってしまった。



ジャーナを目指さない瞑想法


 「だからマインドフルネス瞑想ってのは集中して対象と一体化する事を目指したりしないで、物事をありのままに観る事で、対象と自分がなぜ分離してしまっているのか気づく方法なんですよ」


それまでやってきた事と全く正反対のやり方の所へ来てしまって混乱するCさんは、そこでとうとう私の事を呼び出し、アレコレ聞いてきた。


「じゃあここの人たちは集中力を磨くのではなくて、自分の心を探求して、苦しみの原因となっているものに気づいて、それを克服するために修行しているという訳ですね?」

 

S瞑想センターに集まる人々というのは大体そんな感じだ。だから今までCさんがやってきた事を聞いても「何それ?そんな事しても全然精神的に楽にならないじゃないの。何が面白くてそんな事やってんの?」としか思わなかったのだ。


「えーっ!何それ?じゃあ私が彼女たちに思っている事を、彼女たちも私に思ってるって言うの?」と、やっと自分の置かれている立場を理解したCさん。


「そうですね。ここの人たちは瞑想で精神的に楽になる事しか目指してませんから。楽にも何もならない事をやっている人はそういう風に見られてますよ」と私。


しかもCさんがやってきたのは上手い事ジャーナに入れればいいが、入れなかったら精神的に楽になる事もなく、性格が良くなる事もなく、ゴク潰しで終わってしまうギャンブル性の高い方法でもあった。


誰もが恩恵を受けられるマインドフルネス瞑想の修行者から見たら、ハッキリ言ってバクチのようにしか思われていない。


「何!私バクチ打ちだったのー?」


と驚いて固まってしまったCさん。





こんな感じでミャンマーの瞑想センターでは、修行法によって全く違うタイプの修行者たちが集まるようになっている。そして方法が違う同士がお互いに「アイツらはあんな事して何が面白いんだ?」と疑問の眼差しを向け合っている。


また、これからも判るように、ジャーナを目指す集中型瞑想と、気づきで心の中の問題点を取り除きながらコツコツ地道にカニカ・サマディへと向かうマインドフルネス瞑想と、どちらを選ぶかは修行者の好みと適正次第という事になる。どちらがいいとは一概に言えるものではないのだから。



痛い方がいい 


 そんな風に迷い鳥のようにSセンターに飛び込んできたCさんであったが、10日ほどそこで修行してみて、やっぱり前にやっていた方法がいいという事で、他の瞑想センターに移る事にした。ゴエンカ式からマハーシ式へはスンナリと移行出来たCさんであったが、このマインドフルネス瞑想にはどうしても変える事が出来ないという



「私痛いの好きだから」とCさん。



まるでこれから踏み出す茨の道の事を自覚しているかのようだ。ジャーナを目指して修行するという事は、入れない時の苦しみや挫折感をも覚悟しておかなければならないという事でもある。


だが、Cさんはたったひと月で劇的な変化を遂げたミャンマー人女性を見ているため、もうマインドフルネスなどという地道な方法でコツコツやる気になどなれない。


「やっぱりやるならジャーナを目指さないと」Cさんが目撃したあの一件は、Cさんをすっかりこのようなギャンブラーみたいな考え方の持ち主に変えてしまっていた。





「ではしっかりジャーナに入って下さい」小さな身体に背負いきれないほどの大きな荷物を背負って、CさんはSセンターを後にした。その時私に出来たのは、そうやって彼女を激励する事だけだった。


そのようにして一獲千金、いや人生の一発逆転を夢見て瞑想センターを渡り歩くCさんの姿は、まさに精神世界のギャンブラーそのものだった。そうだ、私がその時目の当たりにしたのは、まさにそんなCさんの「瞑想センター放浪記」だったのだ。



参考記事





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  最終更新日 2023.12.31

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