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世界史における因果応報譚

2020年10月31日土曜日

歴史

hello
t f B P L

1 :世界@名無史さん:2015/03/07(土) 17:26:23.08 0.net
因果応報には幾つかパターンがあるかと思う
1 甲がAという行為をいつもして利益を得ていた。その事が
  乙や丙に、同じAという行為をする動機づけになる。
  裏切り上等の呂布が部下に裏切られて死んだみたいな感じ
2 甲の過去の行為の害の当然の論理的な帰結が甲自身の害になって
  戻ってくる。商鞅が自分の施行した法によって死んだみたいな
3 因果応報というものがあるべき、という既成の概念でそれが意図的に実行される場合
  コーンウォール公が義憤を持った部下に〇されたみたいな(フィクションだけど)
4 玄妙不可思議な怪異譚チックなもの


7 :世界@名無史さん:2015/03/20(金) 19:21:19.27 0.net
ヒトラーがチェコスロバキアを解体したとき、
ポーランドもおこぼれにあずかろうと便乗で攻め入りテッシェンを併合。
     ↓
その翌年にはヒトラーがこんどはポーランドに攻め込んで、
ドイツとロシアに国土を分割されてしまう。

これは>>1の1~4のいずれでもなさそうだけど、なんとなく因果応報
16 :世界@名無史さん:2015/04/10(金) 20:48:26.65 0.net
>>1
商鞅の場合は因果応報だろうか・・・
悪法で民を苦しめたのが原因で自身が〇されたのなら因果応報だが
単に貴族の既得権を冒したから〇されたんじゃね・・・
66 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/04/27(水) 22:31:27.82 0.net
>>1
原爆を運んだ船の運命は
1~3ではないのだが
具体的な繋がりが必要なものを因果というのだろうか、、、
67 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/04/27(水) 22:35:44.66 0.net
>>1
もしかして孟嘗君の話は3に該当するのだろうかww
72 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/04/27(水) 22:49:11.23 0.net
>>1
息子を赤子のときに〇そうとすると
たいがい反撃にあうというのは
輪廻が逆転してるが3番なんじゃなかろうか
73 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/04/27(水) 22:52:35.24 0.net
>>1
冒頓単于のとーちゃん話は2番なのかなぁ

もしかしてカルタゴは3番だったりするのかww
85 :世界@名無史さん:2016/10/17(月) 19:11:30.72 0.net
>>1の分析面白いな。ヒットラーの場合はどれに該当するんだろう。周りの国が力をつけてきたから1かな? 歴史に詳しくないもんでスマソ…。
86 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/10/20(木) 00:50:02.29 0.net
>>85
2ですかねぇ

というか、あんなアホな戦後処理をしたら
そうそうに破綻する破綻するのは確実ですもんね

ヒトラー自身はあんまり因果応報した感じはないですか
まぁそれでも現代で記録抹〇刑に処せられてる人も
なかなか居ないでしょうがww
89 :85:2016/10/29(土) 21:06:13.07 0.net
>>86
なるほど。ググってみたら、自国の国力を無視して戦線を拡大したことと、ソ連を甘くみたりしたり、戦略の失敗と見るのかなと思いました。それで合ってますか?
90 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/10/30(日) 20:30:44.81 0.net
>>89
すみません、おいらアホなのでww
合ってるのかどうかは全然わかりません

アメリカの不介入は無理にしても
開戦は避けたかったですねぇ
120 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2017/02/22(水) 00:03:52.65 0.net
>>85>>86

もの凄くいまさらですが3番もありですね

あんだけのことやっちゃったんだから
ヒトラーさんは悪者でなければならない的な思想のもと
歴史改変が行われ生まれも育ちも悪魔を作っちゃったみたいな

ちょっとオカルト好きな普通のおっさんでは
いろいろと満足できないんでしょうねぇ
148 :ウムウル :2019/03/31(日) 21:49:54.14 0.net
>>1


たしか中国が港を99年で租借してたと思いますが
これは1なんですかねぇ

イギリスさんの中の人がブレグジットで貧しくなって
港を差し出したら2も可能かもしれません
4 :世界@名無史さん:2015/03/13(金) 20:10:19.33 0.net
1 
ポルポト政権が嫌がらせにベトナム国境を侵して
村を焼いたりしてたら怒り心頭のベトナム軍が
反攻侵入し鎧袖一触ポルポト政権をジャングルへと敗走させる
8 :世界@名無史さん:2015/03/21(土) 15:50:53.80 0.net
KCIAを作り、金大中を拉致させるなど反対派弾圧に活用した朴正煕が、
そのKCIAの部長に暗〇されたのは、1かな、それとも2かな?
12 :世界@名無史さん:2015/04/06(月) 12:24:52.25 0.net
>>8
1~4のどれでもないと思う。
なぜなら犯人の金載圭はアメリカに操られていた。
暗〇後に彼が自分の身を守れる可能性は、
アメリカが後ろ盾についてくれる
(と彼が思い込まされていた)シナリオしかない。

民主化云々は後付けだから、因果応報ではない。
23 :世界@名無史さん:2015/04/23(木) 12:59:53.68 O.net
>>12
自分を登用してくれた恩人を〇したんだから、絵に描いたような因果応報だろうよ。
11 :世界@名無史さん:2015/04/01(水) 18:46:07.87 0.net
フランス革命時のフーキエ=タンヴィルも自業自得パターンだが、
ロシア革命時のフェリックス・ジェルジンスキーのように
自然死で死後は大々的に顕彰された人間も居る。

結局、神は公平じゃない。
21 :世界@名無史さん:2015/04/23(木) 12:51:10.78 O.net
>>11
ロベスピエールやサン=ジュストを因果応報の例に数えると反論がたくさん来るが、彼らが大量処刑に関わっていたのは確かなんでやはり因果応報だろうな。
14 :山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ :2015/04/06(月) 22:26:32.72 0.net
死者に鞭打った伍子胥。それに酷い扱いをしたが、後に恥じた呉王夫差。
予告通りに相手を〇した孫ピン。
睨んだだけの恨みも、それだけの恩も返した范ショ。
股を潜らされた相手に怨みを、食事を施してくれた相手に恩を返した韓信。
侮辱されて隣国の宰相となり、相手国を亡ぼしたカウティリヤ。
父親の葬式代を出してくれた人を、後に知事に任命した西太后。

言うまでもない有名な応報の逸話持ち、他に誰がいましたかね。
本朝だと頼朝や家康が有名ですが。
70 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/04/27(水) 22:44:21.55 0.net
>>14
すんません
こーもん以外はほとんど出てました
19 :世界@名無史さん:2015/04/20(月) 18:59:26.65 0.net
商鞅は自分が書いた移動制限の法律で自分の逃走が妨げられてる
22 :世界@名無史さん:2015/04/23(木) 12:52:51.15 O.net
>>19-20
商鞅と江藤新平って最期は似てるよね。
どちらも自分の創設した制度にやられたという。
24 :世界@名無史さん:2015/04/23(木) 15:50:15.73 0.net
>>22
江藤新平はむしろ、自分の作った法律通りの裁判をしろと要求したのにいれられず
恣意的に斬首にされた
なのに後世、「自分の作った法律で死刑になった」などと言われてしまう
その方が話として面白いからだろうけど、あの世の江藤本人が聞いたら「どこがだ!」
と怒ることだろう
25 :世界@名無史さん:2015/04/23(木) 22:36:26.44 O.net
>>24
裁判のほうはそのとおりだね。
毛利敏彦はじめ、大勢が指摘するのはむしろあっさり捕縛されたこと。江藤が心血を注いで整備した刑事警察機構は、実に効果的に機能したのだよ。
20 :世界@名無史さん:2015/04/23(木) 09:35:43.71 0.net
>商鞅
法治主義を身を以て体現し、ライフワークを完成させた。
自己実現という点で見れば羨むべき人生。
28 :世界@名無史さん:2015/04/29(水) 20:31:43.81 0.net
渋沢栄一曰く
「肥前の江藤新平は 残忍に過ぎる人であった。彼は人に接すれば、何はさておきま
 ずその人の欠点を見破ることに努め、人の長所を見ることは後回しにした。」
「学問があってよく物を知っていても、礼をわきまえなかったばかりに身を滅ぼした」
29 :世界@名無史さん:2015/05/05(火) 19:59:02.57 O.net
>>28
あれほど法治に拘った江藤新平が、いざ佐賀裁判所の裁判長が河野利鎌だったのを見て「それが恩人に対する態度か!」。

「恩人だから刑軽くしますわw」なんて河野が言い出したら、それこそ法治でも何でもないんだが。
55 :世界@名無史さん:2015/05/17(日) 11:42:46.89 0.net
>>28
人徳がなかったのか。
能力高かったのにな。
31 :世界@名無史さん:2015/05/06(水) 13:47:43.43 0.net
重慶を絨毯爆撃したら東京が100倍の規模で同じことをされたみたいなのもそうだな 
51 :世界@名無史さん:2015/05/12(火) 00:06:22.25 0.net
演義の関羽と張飛の最後も悪因悪果的な描かれ方だね。
54 :世界@名無史さん:2015/05/13(水) 23:14:09.87 0.net
>>51
演義のと書いたが、正史にある陳寿の評ですね。
71 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/04/27(水) 22:47:03.78 0.net
二番
ば~~~~~~っかじゃねぇの!?
100 :ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP :2016/12/17(土) 23:27:46.20 0.net
>>71
息子のアレを食べちゃう話は

ハルパゴス
殷の紂王

他にも幾つかあった気がする
ハルパゴスさんのは>>72もあるので
もう一個ぐらい揃えば役満ねらえそうな感じですww
74 :世界@名無史さん:2016/07/17(日) 00:22:07.62 0.net
因果応報の絵画的表現
 
人物はドイツ皇帝ヴィルヘルム2世
75 :世界@名無史さん:2016/10/09(日) 14:22:03.03 0.net
卑怯者や裏切者が悲惨な最期を遂げた話ってもっとない?
そういうのを集めた本があれば、子供の教育に使えそう。
77 :世界@名無史さん:2016/10/09(日) 16:40:21.43 0.net
>>75
2ちゃんねるを追い出された西村
96 :世界@名無史さん:2016/11/21(月) 04:26:21.22 O.net
>>75
ナポレオンが退位した際、オージュロー元帥は失意のナポレオンを罵倒して嘲笑した。ナポレオンは今やエルバ島に流される身。悔し涙にくれるしかなかった。
そしてナポレオンが復位すると、オージュロー元帥は罵倒したことを忘れて擦り寄った。陛下が復位されることを信じておりました、と。
ナポレオンは側近達が震え上がるほどの剣幕で激昂したそうである。
「余はお前を元帥にしたのに、お前は恩を仇で返した。あれほど罵倒してくれたのに、よくもおめおめと現れたな!そんな不誠実な者などいらぬわ!今すぐ余の目の前から消え失せろ!」
オージュロー元帥は、後悔と失意のうちに間もなく没したという。
121 :世界@名無史さん:2017/02/24(金) 19:20:43.31 0.net
>>75
残念ながらその逆の話のほうが多いな
劉裕、蕭道成、陳霸先、高歓、楊堅、李世明etc・・
歴代の中華帝国の創業者たちはいづれも恩人や親友、血を分けた兄弟といえども薄ら笑いを浮かべながらながら一族もろとも残虐な方法で抹〇してきたような連中ばかりだ
124 :世界@名無史さん:2017/04/01(土) 08:16:30.04 0.net
>>121
75と話が噛み合っていないのだが・・・w

それはともかく、創業者で粛正をやらなかったのは劉秀と趙匡胤くらい
78 :世界@名無史さん:2016/10/10(月) 09:51:19.41 0.net
兄弟との争いに敗れたムガル帝国皇太子ダーラー・シコーは、
かつて命を助けた男の元に逃げたが、その男はあっさり恩人を
裏切り、皇太子を捕らえて引き渡してしまった。

皇太子は市中を引き回され首を刎ねられる最期を遂げたが、
裏切者も褒美を貰って家に帰る途中に〇されてしまった。

Wikipediaは因果応報ざまぁ、みたいな書き方だったな。
79 :世界@名無史さん:2016/10/13(木) 17:36:38.58 0.net
>>78
ダーラーはいい皇太子と言われてるが、
もし皇帝になったらどうだったんだろう?
教科書だと、アクバル>シャージャハーン>>アウラングゼーブになってるけど
ダーラーはどこに入るんだろうか?
おそらくアクバルの政策を引き継ぐんだろうから、ゼブさんよりは評価良くなるのかな?
80 :世界@名無史さん:2016/10/14(金) 21:59:07.69 0.net
ムガル帝国が傾いたのは、アウラングゼーブの宗教的不寛容によるところが大だから、
その逆をいくダーラー・シコーが継げば国勢を保てたのではなかろうか。
するとイギリスのインド植民地化もそう易々とはいかず、世界史の流れにも
かなりな影響を与えそう。
81 :世界@名無史さん:2016/10/14(金) 22:38:00.85 0.net
>>80
アウラングゼーブは、あんなに反乱起きてたのに上手いこと最大領土を維持していた辺りかなり有能なんじゃないか
ただ、やっぱり宗教にのめり込み過ぎてたんだよな
ダーラーが即位したら、って言うのはすごく興味ある
ガンディーとか出番なくなりそうだな
145 :世界@名無史さん:2019/01/07(月) 22:29:45.31 0.net
グジャラート・スルターン朝の君主バハードゥル・シャー(在位1526~1535)は、
侵略者ポルトガルとの交渉に赴いたが、だまし討ちの形で暗〇され
その死体はポルトガル船から投げ捨てられた(下図)
2chブログ用イメージ

しかしこのバハードゥル・シャーという男、流浪の身であった時代に
援助してもらい君主の座につけてくれた大恩あるマールワー・スルターン朝を
いきなり攻め滅すような没義道な人物であって、彼自身の最後についても
同情する必要は別にないであろう。


【元スレ】http://awabi.2ch.sc/test/read.cgi/whis/1425716783/


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