小文化学会の生活

Soliloquies of Associate Association for Subculture

推しの暗渠に有名になってほしくない

  それは、推しのアイドルに有名になってほしくないオタクの心情と少し似ている。アイドルだって地形だって、有名になって注目を集めれば否が応でも変わらざるを得ない。その変化を嘆く“古参ヅラ”はどこにでもいるのだ。

 今これを読んでいる貴方はラッキーだ。まだ有名になっていない素晴らしい暗渠が山ほどあるのだから。ただし油断してはいけない。情景は刻一刻と更新され続けている。今回は、その油断ならない一進一退の攻防を紹介したいと思う。

 

 中野坂上駅から南東に下ったあたりに、神田川と、その支流の一つであり暗渠化されている“笹塚支流”の合流地点がある。川の対面に回って合流口を見てみると、ぽっかりと大きくて四角い穴が開いていて、その奥はほの暗く曲がっていて見通すことはできない。合流口と言っても、これは大抵どの暗渠でもそうなのだが、そこに水の流れはほとんどない。下水は合流口の手前で地下の下水道に流されるからだ。笹塚支流は下水道幹線である十二社幹線として接続しているそうだ。

 そこから川上にひたすら進むと、最終的に明大前駅の近くまで続き、東京都水道局和泉水圧調整所の根本のあたりが水源とされている。水源のあたりの地名を鶴が久保と紹介しているブログが散見される1)2)などが、付近の鶴ヶ丘高校の由来などを見るに、どうもそれは間違いであると思われる。調べてみると実際にその点も指摘されだしている。3)

 話を戻すと、笹塚支流の暗渠は全長およそ4kmと長く、さまざまな景色を楽しむことができるため、おすすめの暗渠の一つであるから、ぜひこの暗渠についてネットで検索してみていただきたい。この暗渠を紹介しているどのブログでも、必ず、合流口付近にあるはごろも児童遊園のぶたやかばを模した遊具の写真を見ることができるだろう1)2)など。この遊具は暗渠好きの中でちょっと有名な景色で、以前私がブログで紹介した『はじめての暗渠散歩』という本の表紙にもなっている。頑張って探せばグーグルのストリートビューでも確認することができる。

 

 

sho-gaku.hatenablog.jp

 

 

 さて、しかし、今その場所に行ってみるとその遊具は存在しないのである。無常なことに、2018年の秋から冬にかけてはごろも児童遊園の整備工事が行われ、撤去されてしまったのだ。4)今はただの遊歩道となっていて、コンクリむき出しでぼろかった以前とは違い綺麗な青色のアスファルトで覆われている(図1参照)。グーグルのストリートビューの右下を確認すると、撮影日時は2016年8月とあったが、これもいつか更新されれば青い舗装が確認できるようになるだろう。このように綺麗に整えられてしまえば、もう“生の暗渠”を確認することはできず、私としては風情が台無しであると言わざるをえない。“生の暗渠”が無くなる、と言っても私以外には伝わらないだろうから説明すると、川に上から蓋をしたものである暗渠は、多かれ少なかれその周辺に普通の川であった時分の痕跡を残していて、それを見つけるのが暗渠の楽しみの一つであるのに、遊歩道として暗渠の周りを小奇麗に加工してしまったら、もはやそこに存在したありのままの“生の”痕跡は消え去ってしまい、暗渠を暗渠たらしめていたアイデンティティーの半分が失われてしまったようなものなのである。この“生の暗渠”をありがたがる暗渠好きの心理とは反して、都市の開発は容赦無く進み、暗渠はどんどんと遊歩道になっていく。例えば中野や高円寺の南を通っている桃園川緑道や渋谷と原宿を結ぶ旧渋谷川遊歩道路(通称キャットストリート)なんて、あからさまである。こんなに明白に川があったことを示す名前を付けているのに、その整備のせいでかえって川があった往時の痕跡は大きく失われてしまうなんて非常に皮肉なことである。暗渠が有名になればなるほど、この弊害は起こりやすい。渋谷川が最たる例である。だから、有名になんてなってほしくないのだ。大衆受けを狙う路線は貴方には似合わない。(でも推しだから有名になってほしい)

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図1 青色に舗装された笹塚支流下流 2020年10月撮影

 

 笹塚支流の話をもう少しする。4kmも都心を歩けば区をまたぐから、最初は新宿区だったのが西新宿五丁目駅のあたりから渋谷区に変わるのだが、面白いことに遊歩道のアスファルトの色が青から赤に変わるのだ。時系列的には渋谷区の赤い舗装の遊歩道の方が先に作られている。色が違うのは新宿区の渋谷区に対する対抗心なのか、それとも川の水にちなんで青色にしたのか、なんにせよ、それだけで道の雰囲気は大きく変わるものであった。

 この赤い遊歩道を辿っていくと、唐突にまるで行き止まりのように植木が繁茂している場所が登場する(実際には行き止まりではなく通れる隙間が空いている)。しかも、その植木の前には「ここは我が家の庭先である」と言わんばかりに堂々と自転車が止められている(図2参照)。道への異常な植木の侵食も公道の大胆な私用も、“生の暗渠”によく見られる特徴であり、これを見つけたとき私は歓喜したものである。すっかりと赤い舗装によって加工されてしまっても、“生の暗渠”の感じを全て消し去ることができずに表面に漏れ出てきてしまっているそのサマは、まさしく一進一退の攻防と言うにふさわしい。もっとも、都市計画を行う行政の側からしたらちょっと迷惑な話であろうが。

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図2 植物が繁茂し自転車が止められている様子 2020年10月撮影

 

 

 その後、中幡小学校の手前あたりで舗装された遊歩道は途切れてしまうのだが、そこから先もおよそ2.5kmにわたって暗渠は続く。この部分は明瞭な“生の暗渠”であり、人一人がやっと通れるような細い裏路地や、大々的な護岸、所狭しと並ぶマンホールの列など、様々な味わい深い川の面影を残している。都市の隠された別の顔を見つけたような気持ちになれる。

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図3 マンホール列 2020年10月撮影

 しかし、遊歩道ではないからといって安心はできない。例えば銭湯は川の痕跡の一つとして数えられることが多く、笹塚支流を紹介するブログでも『武の湯』という銭湯が川の名残として紹介されていることがある1)のだが、この銭湯は2015年の4月に閉店してしまった。5)今では傍に『たけのゆランドリー』というコインランドリーを残すのみである(ただし、コインランドリーも立派な暗渠の痕跡である)。このように“生の暗渠”の痕跡は、破壊者がその暗渠に着目しているかどうかに関係無く、日々失われつつあるのだ。そして10年後20年後あるいは100年後かもしれないが、いずれ都市の生活の先端で、カンナのように削り取られて“生の暗渠”の痕跡は全て消えてしまうのだ。

 

 “生の暗渠”がどんどんと失われていくことは前述の通りであるが、しかし実を言うと、この消滅は阻止されるべきではないというのが私の考えだ。古くて暗くて汚い道が、新しくて明るい綺麗な道に生まれ変わることには何も問題は無く、むしろ治安などの観点からも好ましいことである。さらになにより、わざわざ問題を提起して痕跡を綺麗に保全してしまったら、それはもはや“生の暗渠”ではなく加工された暗渠になってしまうという構造的な問題もはらむ。誰からも配慮がなされない、というその状況も含めて“生の暗渠”の生々しさなのであり、むしろ生活の便利のために壊したければ壊すのがよいのだ。その儚さが元来から暗渠には内包されているのだ(ちなみに、このような性質を持った観賞物は超芸術トマソンと呼ばれる)。だからこそ、“生の暗渠”の魅力を打ち壊し、まるでショーケースに飾り立てるように川の名前だけ遊歩道につけて、さわれないようにしておく、その中途半端な都市計画者の態度が私には気に入らないのだ。

 

 都市計画の副産物として意図されず生み出された暗渠と、再開発によって行政から勝手に付与される役割と、暗渠の上で生活する市民が結果的に作り出した“生の暗渠”としての足跡が、一進一退の攻防を繰り広げる東京を、私は今日も堪能していく。

 

参考文献

1)本田創, “「水のない水辺から・・・「暗渠」の愉しみ方」第3回 西新宿からまぼろし神田川支流をたどる。”, ミズベリング, 2014.11.5, https://mizbering.jp/archives/11943, 2020.11.1参照

2)MiwaA, “神田川笹塚支流暗渠・玉川上水新水路をゆるく歩く”, 散歩の途中, 2018.1.26, https://miwa3k.hatenablog.jp/entry/sasazukashiryuu, 2020.11.1参照

3)本田創, “鶴が久保の真相”, note, 2020.4.10, https://note.com/hondaso/n/na16dfc272151, 2020.11.1参照

4)“はごろも児童遊園 来月から川沿い以外のエリアを「通常の道路」に変更”, 新宿ニュースBLOG, 2018.11.13, https://shinjukunews.com/26045, 2020.11.1参照

5)pratto, “渋谷区幡ヶ谷の武の湯さんに、しかも最後の日に訪れてしまいました”, どんぐりとライオン, 2015.4.12, http://dtl.blog.fc2.com/blog-entry-1674.html, 2020.11.1参照