棗坂(なつめざか)猫物語

猫目線の長編小説

新しい小説、始めます

 これから、ほぼ2週間に1度のペースで、新しい小説をアップしていきたいと思います。

 タイトルは『運命の船』。

 あの世からこの世に生まれてくるための船に、無理やり乗せられる男の物語です。

 ご興味のある方は是非、ご一読ください(^^)

 

運命の船へはこちら

 

2-20章(最終章)


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2-20章

 そうして、待ちに待った9月23日がやって来た。

 この日は、この界隈では毎年休日ということになっているそうで、カオルは、いつもより丁寧に身支度をしたり、庭の片隅で夏の間に伸び過ぎたツンとする匂いの葉っぱの刈り込みをしたりして、朝の時間を普段よりもゆったりと過ごしていた。
 カオルは、時々この葉っぱを摘んではそれを切り刻み、丸い透明のガラスポットの中に詰め込んで熱湯を注ぎ、来客に「フレッシュハーブティー」と称して飲ませたりしている。大抵の来客は一様に
「美味しいわ」
とか
「優雅な香りに癒される」
とか言っているけど、多分私の勘では、サクラの
「草の味しかしないわね」
と言うのが、一番正直な反応なんだと思う。なぜって、その後、その飲み物をおかわりする人はほとんどいないから。
 人間は、心の中と態度が裏腹で不思議だって、今から三年前、ここに来たばかりの頃思っていたけど、それは「本音と建前」を使い分けているからだって、しばらく経って分かったわ。
 それは、人間が集団で社会を構成する動物だから。大勢が集まって暮らすためには、皆が本音を出していたら、しょっちゅう喧嘩になってしまうから、人間はこの本音と建前をうまく使い分けることで、進化の歴史を歩んできた。基本単独行動の私達猫とはそこが大きく違うところ。そもそも、私達人間以外の生き物は、テレパシーでコミュニケーションを図るから、本音と建前が使い分けられないの。
 だけど、私もマリエの仲間に出会って以来、集団の持つ力の大きさには驚くものを感じてる。単独では考えもつかないようなアイディアが、集団の中では生まれてくる。そして、それを実践する勇気も、集団は与えてくれる。
 だけど…、そうだわ。その集団の力によって、あの大きな国のリーダーは、変な自信を身に付けてしまっているんだわ。一人では無力でも、集団の力を手にした時、人はそれを自分個人の力と錯覚するようで、人間の行う諸悪の根元はそこにあるんじゃないかって、私はこの頃思うようになった。
 そもそも自然界最弱の人間が、集団の力によって途方もない進化を遂げ、また同時に途方もない破壊行為も行う。
 ショウ君の話によると、この地球という星は、宇宙という果てしない空間の中ではほんの砂粒みたいなちっぽけな存在らしい。だけど、私達猫や人間に必要な空気や水のある星は、今知られている限りではこの地球以外にはないそうよ。それなのに人間達は、ミサイルをぶっ放して地面に大きな穴を空けたり建物を壊したり無茶苦茶やって、挙げ句の果てには、地球だけでは飽きたらず他の星にまで進出しようとしているらしいの。
(皆で仲良く過ごすには、お互い労り合わないとね)
 ヨシダさん家の二階のベランに行ったら、私の背後から音もなく現れたサビコが不意にそう言った。
(あなた…随分変わったわね…)
 出会った頃とは全く印象の変わった彼女の発言にちょっとおののいた私を見て、サビコは
(あたいだって、色々思うところはあるわよ)
と、ちょっと照れ臭そうにそっぽを向いた。
 ここ数週間、サビコは頻繁にヨシダさんのお庭にやって来ては、一階のリビングの窓から、大画面テレビに映るペット動画をずっと視聴していたのをだと言う。サビコのためにショウ君は、上手にパパにおねだりをして、ペット動画を延々大画面で放映してもらっていたみたい。
 更に、サビコが画面を見やすいように、ショウ君はフサフサの尻尾でリビングのレースのカーテンを少し開けておくという気配りも忘れなかったから、サビコはショウ君にすっかり信頼感を抱くようになっていて、この頃は彼のことをさん付けで呼んだりもしている。
(世界中の動物達の色々な話を一所にいながらにしてこんなに沢山見聞きできるなんて、全く凄い時代になったもんだね)
サビコはしみじみと噛み締めるようにそう言った。
(人間同士の情報を伝える道具にテレビってものがあることぐらいは、あたいも知ってたんだけどさ。まさか、動物同士がこんな風に自分の体験や思いを人間の発信する電波に乗せて伝えることができる世の中になるなんて、まったく思ってもみなかったよ)
サビコは、出会った頃より少しふっくらした体を私に近づけながら
(それに、ショウさん、ホントに良い方だね。あたいもあんたの気持ちがちょっと分かるようになってきたよ)
と言った。
(えっ、サビコ、まさかあなたショウ君のこと…)
私が驚いて彼女の顔を見ると
(違う違う、そんなんじゃないよ)
と、サビコは笑いながらこう言った。
(ヒトの恋路の邪魔はしないよ。ほら、前にも言っただろ?惚れたはれたは、あたいはもう興味ないの)
 サビコは音もなく手すりに飛び乗って話を続けた。
(ただね、良いヒトに会うと、心が澄んでくるんだ。自分ももう少し思いやりの心を持って生きていかなきゃなって、この頃ちょっと反省したりしてさ)
 私は改めて驚いて、サビコの顔を思わず二度見した。ホント、ヒトは変わるものね。出会った頃の、私が大嫌いだったサビコと同じ猫とは思えないくらい、サビコは変わった。勿論、避妊手術の影響も大きいだろうけど、きっとそれだけじゃないわ。ショウ君含めヨシダさん一家にお世話になる中で、サビコはヒトの優しさに触れ、それまでの刺々しさがすっかりなくなった。
 出会った頃のあのはすっぱさも、あれはあれで野趣溢れる野良猫本来の魅力だったと好意的に思えるから不思議。そう、皆、過ぎた事はそれなりに美しい思い出に変わっていくものなの。人間だけでなく、猫の世界でも、実はそんな感じよ。

(やあ、ケイト。サビコも来てたんだね)
いつもの窓辺の定位置に、ショウ君が顔を覗かせた。
(ショウ君、おはよう)
(ショウさん、おはようございます)
サビコは、昔の私みたいに改まった口調でショウ君に挨拶し
(そんなに改まらなくて良いったら…)
と、ショウ君はサビコの挨拶に苦笑いしながらそう言った。
(今日はマリエのイベントの日だね。ケイト、しっかり楽しんできてね)
ショウ君は、優しい眼差しでそう言ってくれた。
(あたい達も、YouTubeで会の様子を見せてもらうよ)
サビコも、ちょっと気恥ずかしそうに、覚えたての言葉を使ってそう言った。
 カオルはご近所の皆さんにもしっかりイベントのPRをしてて、ショウ君パパは、ライヴ配信を得意とするマリエの常連さの配信を既にチャンネル登録してるから、ショウ君もサビコもリアルタイムでイベントを視聴できる可能性が高い。
(ありがとう。皆で一緒に楽しみましょ)
私は嬉しくなって、二人に向かって元気一杯にそう言った。
(あたいもさぁ…)
ふと、遠い目をしてサビコがつぶやいた。
(配信したいことがあるんだよね)
 私もショウ君もお互い顔を見合わせたまましばらく絶句した。
 赤トンボがユラユラと私達の前を横切るのを見届けてから、ショウ君が
(サビコは、全世界に何を伝えたいんだい?)
と、いつもの優しい口調で尋ねると、少し口ごもってから、サビコはこう言った。
(ヒトは誰でも、いつからでも、変われるってこと、あたいは皆に伝えたいんだ)
チラッと私と目を合わせてから恥ずかしそうに視線を逸らして、サビコはこう言葉を続けた。
(あたいはずっと、ホントはあんた達飼い猫のことが羨ましかったんだ。人間に可愛いがられて大事にされてさ)
 えっ?そうだったの?
(だけど、あたいは所詮野良猫。人間の敷地に入っちゃあ迷惑がられて追いたてられるわ、時には毒の入った餌で殺されかけたこともあったから、あたいは人間っていう生き物を、絶対に信じないって決めてたんだ)
 そんな苦労もあったんだ。サビコの身の上話を聞いたのは、これが初めてだわ。
(だけど、この棗坂に流れ着いて、ここの家の旦那さんに餌をもらったり、寒い時にはちょっとした小屋みたいな場所まで用意してもらったりしてるうちに、人間も捨てたもんじゃないなって思うようになってきた。まあ、避妊の影響であたいの性格自体が変わったってのも勿論あるけどね)
サビコは、言葉を続けた。
(それと、なんと言っても動画視聴。これの影響がかなり大きいだろうね)
サビコは、カーテン越しに部屋の中に視線を向けた。
(色んな動物達の話を聴いてたら、あたいの物の見方が変わってきたんだ。皆、自分の事だけじゃなく、世の中全体の事を考えてる。あたいも含め、人間の手にかかった生き物は皆、人間の存在に頼ってるわけだけどさ、この人間が今の時代は結構ヤバくて大がかりな殺し合いとかやってることも、またその理由なんかも、あたいなりに段々分かってきて…。つまり、あたいは今七歳だけど、この年になってようやく、世間って物がしっかり見えてきたってわけよ)
サビコ目の色が、どんどん真剣味を増してきた。
(あたい、もともと諦めてたんだ。自分は誰にも愛される価値がないんだって。勿論、発情期になれば、雄は幾らでも寄ってきた。だけど、そいつらはただヤリたいだけで、事が済んだらすぐにいなくなっちまう)
 何て言って良いか分からず、私はサビコの話に黙ってうなづいた。
(子どもが生まれるのは嬉しいし、子育ては遣り甲斐のある大仕事だけど、大半の赤ん坊は小さいうちに死んじまったから、あたいの子育ては辛いことの方が多かった。それでも子どもが無事に大きくなれば嬉しいし、あたいは子ども達に強い愛情は感じてたつもり。だけど、その子達も大人になったら皆どっか行っちまって、あたいはまたしても一人ぼっちだ)
サビコは、からだの前で組んでいた腕を組み直した。
(猫なんだから、そんなもんだろ?って思ってたら、あんた達飼い猫ときたら、いっつも人間にチヤホヤされて。羨ましくて仕方なかったんだ)
 それで、出会ったばかりの頃、サビコはあたしに言いがかりばっかりつけてきてたのね。今になってその真相が分かると、私には何だかサビコの事がいじらしく思えてきた。
(だけど、こんなあたいでも、色々と世話を焼いてくれる人ができた。そして、そこの家の窓から世界を覗き見て、あたいは変われたんだ)
サビコは私の目をじっと見た。
(ケイトがやってるように、少し高い声を出して足元にすり寄ったら、人間はあたいを可愛いって言ってくれた。優しく頭を撫でてくれて、時々いつもより美味しい餌を差し入れしてくれたりもするようになった。寒い夜には、家の中にも入るようにすすめてくれることもあるけど、さすがにそれは遠慮してる。たけど、あたいがちょっと心を開いただけで、世界はずっと前からあたいを優しく受け入れてくれてたってことが、ようやくここにきて分かったのさ)
サビコは、ここまで一気に話すと、ニッコリ笑って一息ついて、さらに話を続けた。
(だからあたいも皆のように、世の中を少しでも良い方に変えていく手伝いがしたいんだ。あたいは、自分の事を諦めてるヒトに、変わることはいつからでも遅くないって伝えたいんだ。あたいでもそうできたんだ。きっと、皆、できるはずだよ)
 そう言うサビコは、私にはとても凛々く見えた。彼女は、優しさと同時に本当の強さを手に入れたんだわ。心を開いて皆とつながれば、きっとヒトは強くなれる。そして、それはいつからでも決して遅くはないの。
 今のサビコの思いが、色んな事を諦めてる全てのヒトの心に届くといいなって、その時私は心から願った。
 
 お昼前に、カオルと一緒にお店に着くと、もう既にサクラとキョウヘイは到着していた。
「まあ、今更言ってもしょうがないんだけどさ…」
「もう、キョウ君ったらしつこいわねぇ。イベントのタイトルのこと、まだ根に持ってるの?」
 二人はいつものように、夫婦漫才さながらのやり取りを繰り広げていた。
「『猫と平和の祭典』、あの時キョウ君も納得してたじゃない?」
サクラは最近色を明るくしたばかりの髪をかきあげながら、いつものようにシレッとそう言った。
「だけど、猫と平和は関係ないだろ」
何も分かってないキョウヘイが、不服そうにそう言った。
「だって、常連のノザワさんがそのタイトルを思いついた時、あなたもここにいたけど、特に反対しなかったじゃない?」
「だって、あんな年長者の意見を、若輩者の俺がむげに却下するわけにいかないだろ?」
「あら、年齢なんて関係ないわ。嫌ならその時言えば良いのよ。それを後になってウダウダと…」
「だから、俺は別に何にも言ってないっつーの」
「ほらほら、喧嘩してないで。そんな暇があったら、椅子並べるの手伝って」
ママはハミングしながら、二人を上手にあしらった。
 さすが、ノザワさん。イベントのネーミングセンスが冴えてるわ。『猫と平和の祭典』。まさに、今の私達のコンセプトにピッタリね。きっと、彼には私達のメッセージが、しっかり届いているんだわ。もしかしたら、私の心の声までも聞こえているのかもしれないわね。

(それはそうと、メイちゃん、遅いね)
ルチアーノが、私の側でちょっと心配そうにそうつぶやいた。
(去年はナカムラ君とイズミさんで、今年はメイちゃん。誰かがなかなか来ないと、やっぱりヤキモキするわね)
オルガも、ちょっとソワソワしてる。
 私達が待っているのは…。そう…、それはメイちゃんだけじゃなかった。
(きっと、来るわよ)
とジャニス。
(だけど、そう思ってて来なかったら悲しいから、私はあんまり期待しない)
とサリナ。
(メイちゃんなら、ちゃんと分かってくれてるって)
とエリック。
(イベントのネーミングからちゃんと感じ取れるように、しっかりテレパシー送っといたしな)
とカーティス。
(そうね。そうだといいわね)
私は、やっぱりちょっぴり不安。私もサリナと同じで、期待してがっかりするのは嫌なのよね。
 私達猫は皆、しばらくシーンと息をひそめて、入り口のドアをじっと見守っていた。
 

 そして、それから数分経った頃
「こんにちはー。遅くなりましたー」
と、ドアベルの高らかな音とともに、元気な声で勢い良く扉を押し開けて、メイちゃんがやってきた。右手に沢山荷物の入ったハンドバックを下げて、左手は、息子のショウ君の手をしっかり握っていた。
(あれ?メイちゃん…。ショウ君と、二人…だけ?)
 私には、皆のワクワクの風船が急激に萎む音が聞こえるような気がした。
 普通…そうよね…。何の約束もしてないんだし…。 

 

 そして、次の瞬間、
「駐車場は隣で良かったですよね?」
と言いながら、二つのキャリーケースを軽々と両手に持ったメイちゃんの大きな夫が扉の向こうに現れ、一旦萎みかけたのワクワクの風船は、一瞬で勢い良く宙に舞い上がった。

 メイちゃんの夫のリョウちゃんが、先に小さい方のケースの、次に大きい方のケースの蓋を開けると、後から開いたケースの中から、勢い良くナナオが飛び出してきた。
(ケイト、会いたかったー!)
 ナナオはまるで小さなライオンみたいな金色の毛をなびかせて、私よりも大きくなった体で私に飛びついた。
(私もよ!)
(そして、皆も!)
 小さい方のケースからは、ヨネがモソモソ這い出してきた。
(ようこそ、アートスペース猫カフェマリエへ!)
 ナナオとヨネを囲んで、私達猫は輪になった。
 さあ、これから楽しいお祭りの始まりよ!
 
 私達のメッセージを、どこかで見たら皆さんも、どうか一緒に考えてみてね。この世界はつながっていて、皆違っているってことを。だけど、互いの違いを尊重しながら一番いい形を探していけば、いつかきっと皆が幸せになれるって、私は信じてるわ。
 私達はこれからも、「可愛い」で、世界を変えていく。
 いつかどこかでまた会いましょう。それではみなさん、ごきげんよう

 

 


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最終章延期のお知らせ

 当初、ほぼ1ヶ月後を予定していました最終章ですが、掲載まで、もうしばらくかかりそうです。

 お待たせして申し訳ございませんm(__)m

 


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フリー素材として、お楽しみください(^.^)

シーズン ツー 最終回のお知らせ

 皆様にご愛読いただきました『棗坂猫物語』シーズン ツー、次回をもちまして最終回となります。またこの先のストーリーを猫達が紡ぎだしてくれることと、作者自身、シーズン スリーの開始を楽しみにしています(^_^)

 尚、最終回は、ほぼ一ヶ月後の発行を予定しております。

 それまで、またそれ以降も、登場猫の写真やイラスト等、不定期に公開してまいりますので、皆様、引き続きお付き合いください。


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