トーキング・マイノリティ

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祈り-ヴァジャ・プシャヴェラ作品集 その②

2018-10-17 21:40:56 | 読書/小説

その①の続き
 アルダ・ケテラウリが仕留めたキスティの右手を切り落とさなかったのは、気弱になった為でも人道主義からでもない。敵ながら、その堂々たる戦いぶりに感服、キスティの遺体に向かい、こう語りかける。
「私に殺されし男よ、神がお前を天国に遣わすよう。右手は腕の先に残してやろう。お前のものだ。お前の手が胸の上では土に還るよう、石垣には要らぬ。あっぱれな男であった。お前の一族に栄えあれ!」(10頁)

 この行為が、アルダとその家族に禍となる。村の若者はアルダを罵るが、アルダはさらに己が殺したキスティのために雄牛の生贄を捧げようとする。あの男になら惜しくない、深い情けをかけて欲しい、と。次はそれに対する村の長老の言葉。
「お前ともあろう者が不信仰者の名を清めようとするとは…父の、父祖らの定めしことではない。正気に返れ。お前はキリスト教徒だ。信仰を捨てるのか。悪魔に倣うな…犬に生まれた犬畜生のことをどうして神に願えよう…」(24頁)

 それでも生贄を強行したアルダに、長老はこう宣言する。村の掟に背いた者に下される制裁は、かくも恐ろしい。
我らが教えをかくも辱める者があったのか。アルダはキスティの名を唱え自ら生贄を屠った。皆よ、心の声を私に聞かせてくれ。ヘヴスリの子らよ、大人も子供も皆が集い、裁きを下すのだ。アルダの家の柱を打ち砕け。情けは無用、アルダの妻子に涙を流させよ。
 異郷の空を眺める者は村を追われねばならぬ。行け。愚か者の家を、砦の扉を打ちこわすのだ。刈穂の束に火をつけ、炎を天まで届かしめよ。羊も牛も引きずり出し、分かち合うがよい。シャリティ(※ジョージア北部の村)の妻子を、グダニ(同)の従妹らを嘆かせるのだ。我らが神の怒りあれ。憐れみは要らぬ」(25-6頁)

 故郷の村を追われる羽目になったアルダ一家だが、道中に嘆く母や妻に対し、家長のアルダはこう言い放つ。
「要らぬ口を利くな。俺について来い。進むのだ。これも神の思し召し。祠の怒りに触れるな。村を呪うな。しっかりしろ!」
 この叙事詩はヘヴスレティに伝わる伝承を下敷きにしているそうだ。ある男がキスティの盗賊を追って殺したが、その堂々とした戦いぶりに感服し、その後度々キスティの魂に捧げたという、本当に在ったと思われる話に基づいているとか。

「客と主人」は、「アルダ・ケテラウリ」とは反対に主人公がキスティで、殺される側がジョージア人。主人公は相手が大勢のキスティを殺害したキリスト教徒とは知らず、たまたま出会った狩人を客としてもてなす。しかし、主人公の住む村の住民が客の正体を見破り、仇敵をもてなすとは何事か、早く敵を突きだせと迫る。
 それでも客人を売ることはできない、と村人に言う主人公。主人公は村人たちからリンチを受け、彼の家から奪われた客人は殺される。最後まで客人は命乞いすることなく、毅然とした姿勢で死に臨んだ。

 客人の死後、ヘヴスリがその弔い合戦に来て、キスティとヘヴスリの戦いのなか、主人公は一人で敵に立ち向かい、戦死した。それを見た同胞のはずの村人は、いい気味だと嘲る。
 二編の叙事詩の主人公には共通するものがある。出自や信仰が違っても、尊敬すべき相手と認めるものの、主人公が属する社会がそれを許さない。信念を曲げない主人公はその結果、村を追われたり、自ら死を選ぶことになる。コーカサス村八分を描いた作品でもあるが、この地域の制裁はここまで厳格なのだ。

「蛇食う者」は、先の二編とは対照的に家族を養うため、生活のために己の信念を曲げた男が主人公。しかし、それで幸福になるどころか、精神的に追い詰められた主人公は自害し、彼の村も破滅を迎える。三篇の叙事詩は総て悲劇的に幕を閉じているのだ。
 短編「仔鹿の物語」、「ヤマナラシの木」も物悲しい結末だった。「カケスの結婚式」だけはユーモラスでハッピーエンドだったが、とにかくヴァジャ・プシャヴェラ作品集は重い物語ばかり。もちろん収められているのは六編だけなので、他の作品は違っているかもしれない。ヴァジャはジョージアにおける児童文学の嚆矢の一人でもあったという。

 ヴァジャ作品とは関係ないが、ナショナルジオグラフィック日本語版記事「幼くして花嫁に、東欧ジョージアに残る児童婚の現実20点」(2016.12.10)を先日見かけた。但し、記事に出ているのはジョージアの少数民族でムスリムのアゼリー人(もしくはアゼルバイジャン人)である。幼児婚といえばインド・中東が知られているが、コーカサス地方の一部でも行われていたことを初めて知った。

◆関連記事:「日本以外の村八分

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