日中は結構暖かくなるのに、どうも朝晩の冷え込みが厳しい。
どんどん春が勢力を増す中で、冬が最後の悪あがきをしているのかもしれませんなあ。
昔、書いた寸劇のシナリオを思い出すところです(と、ご記憶の方はわずかでしょうけれど…)
東京も都心では桜が咲いたと聞きますのに、住まっております多摩の方ではどうもちらほら。
ですので、ちと都心の北の丸公園にでも通りすがってみるかと出向いてみましたら、
やっぱりまだまだむらのある咲き具合のようですなあ。
と、ここはかつての千代田城(江戸城)田安門のところですので、
はてこの先は…と思うわけですが、どうにもこうにも混雑が激しくて進退も極まるような。
早々に花見客が詰め掛けてというわけではありませんで、
ちょいと先にある日本武道館で行われていた某大学の学位記授与式(卒業式)が
ちょうど終わって、学生やら付き添いの家族やらがどわっとあふれ出てきたときに
行きあたってしまったのでありましたよ。
自らの卒業式はもそっと規模の小さい大学だったので学内で行われたですが、
丁度かの某大学に通っていた甥っ子は何年か前にこのような卒業式をやったのだなあと
しみじみ思ったり…したものですが、何せ人が多いので早々に退散。
で、都心に出た本来の目的地たる池袋の東京芸術劇場に向かったですが、
こちらの方でもやっぱり卒業式?であったのですなあ。
表向き?は読売日本交響楽団第215回日曜マチネーシリーズという演奏会ではあるものの。
先日、みなとみらいホールでの演奏会を聴いた折、
読響の常任指揮者シルヴァン・カンブルランが3月末をもって退任てなことに触れたですが、
そのカンブルランが登場するファイナル・コンサートだったのですよね。
ベルリオーズの幻想交響曲がメインと、
いわば自家薬籠中のお得意を持ってきたプログラムというところでしょうか。
とにかく、最後という意識が演奏者にも聴衆にも意識されていたせいか、
力のこもった演奏に大喝采で応えるといったふう。
ですが、お得意曲をさらりと流すのがカンブルランであるはずもなく
プログラム・ノートにも書かれていたように、ちらちらとひと工夫、ふた工夫が見え隠れ。
ただ、個人的にはそれが必ずしも効果的であったとは思えず、いささか「う~む」となったり。
とはいえ拍手が続くカーテンコールでは、読響演奏会には珍しいアンコールで演奏された
オッフェンバック「天国と地獄」をバックにカンブルランと楽員数人がフレンチカンカンを
踊るひと幕。そんなときに、ああ、カンブルランの卒業式なのだなあと思ったわけでして。
卒業式に写真撮影は付き物と、このときばかりはどんどん撮って良しということでしたので、
かようににぎやかで和やかなひと幕を残すことができました。
こうしたようすを見ておりますと、
子供の卒業式に出席した母親がついうるうるしてしまうように(想像です)、
9年にわたる在任中(小学校入学から中学卒業までに相当する期間ですな)、
いろんな演奏を聴かせてもらったっけと思い出したり。
ま、最後の幻想交響曲は(あくまで個人的にですが)ちと馴染みにくいところはあったにせよ、
聴きなれてしまっていた曲に「おお!」という味付けをしてくれたカンブルランには
楽しませてもらったなと思い返すのでありました。
この卒業式場面をもって、「ああ、いいフィナーレだったなあ」と思えたものでありますよ。
何につけ、終わり良ければということでもありますし。