正月二日の夜、池上線某駅から少し歩いたところ、つまり商店街から住宅街へと変わる通過点のようなところでしょうかね。

 

 

 周囲のマンション郡はまだ7時だというのに灯りがすっかりと消え寝静まっています。

 

 

 おそらく皆帰省しているのでしょうか、周囲にヒトはおらずゴーストタウンの趣があります。

 

 

 普通の一軒家にも一家団欒の語らいは、外から見ると、ずっと箱奥にまるで宝物のように、しっかりと包装されているようなイメージが外灯に照らし出されます。

 

 

 彼、便宜上、E雄としておきますが、E雄は駐車場の右斜め前方の照明が消えたスナックのような木茶のドアに手をやります。

 

 

 足下には植木鉢が幾つか備えられており、続く、私は、ドアに大きな賀正のポスターが貼られているのに気づきます。

 

 

 本年は7日から開店いたします。そんな文字が機械的に記されているだけに、平気でドアを開けて中に入ろうとするE雄に変な疑惑を抱いたものです。

 

 

 えっ・・・・。

 

 

 ドアを開けると、閉店のはずの店内は、燦々と明るく、カウンターには、楽しそうな3人の客が一斉に視線を投げ掛けます。


 

 「ママ、連れてきたよ・・・・。レインさん、オレの友人だ。」

 

 

 E雄は自分の家に帰ってきたかのように、ただいまの挨拶をします。

 

 

 3人程度の先客ですが、一斉にどよめきが起こり、皆、私に好意的眼差しを浮かべるわけです。

 

 

 「まあ、呑めや・・・・。」

 

 

 カウンター上の松飾りと鏡餅を横目に、黙って、私にビールを注ぐE雄です。

 

 

 カウンターの中にいるママは60歳位でしょうかね。地元スナックママの典型のような様相をしていたものです。

 

 

 カウンターは6,7人位も座れば一杯でしょうかね。お座敷には4人組が二つ程のスペースがあります。カラオケ機具がセットされており、いわゆる地元の和風スナックという感じでしょうか。

 

 

 話を聞いていると、どうも、E雄はこのスナックの常連でして、この場にいる3人位の客も皆常連客だそうで、毎年、年末年始はママとマスターによる正月デーを行っているとのことです。

 

 

 カウンターの端に座る50代半ばの冴えないオヤジはいまだ独身で年末年始どこにも帰る先がない、それでE雄と同様、大晦日からずっとこの店に鎮座しているとのことです。他の男二人も似たような風情で、ママと奥にいるマスター相手にダラダラと酒を呑んでいるわけです。

 

 

 この地元和風スナックは、60歳に近いママとマスターが二人で30年近くも経営しているとのこと。時々、女の子がバイトで手伝いに来ることもあるそうで、昨日の元旦にも一人妙齢の美女が手伝いに来た、明日も来るかも知れないなんて解説を、店の従業員のように私に説明するE雄です。

 

 

 ママの意向でですね、毎年12月31日から1月3日までは、帰るあてのない常連客のために店を開放しており、それがもう何年間もの伝統になっているとのことでした。

 

 

 それでも、延べ人数では20人位、寂しさゆえか毎年カオ出すそうで、大晦日はみんなでテレビを見ながら年を越す。今回も10人近くの客が集まったとのことです。

 

 

 そういえば、お座敷には大きなテレビが二つもあり、これは紅白歌合戦と格闘技中継同時に見れるようにしたマスターの配慮だそうです。

 

 

 そして、除夜の鐘をききながら、皆であらためて乾杯・・・・。

 

 

 明け方までやって、三が日も同じように夕方から明け方までやるそうです。

 

 

 「昨日の元旦はさ、バイトの女の子も来てね、恒例の歌合戦・・・。途中、風呂に入りに帰ったりパチンコに行ったり初詣に行ったりする客もいるんだから、面白いよね。ねぇ、ママ。」

 

 

 笑いながらカウンターの中に腰掛けては、梨を剥くママに声かけるE雄です。

 

 

 どうも話を聞いているうち、まだ35歳のE雄が年上の常連客達を差し置いて、一座のリーダーになっているような気がしたものです。

 

 

 そういえば、彼の右横に20代半ばでしょうかね、帰郷しなかった若者がおり、彼もやたらとE雄のご機嫌をうかがっています。

 

 

 なぜなんだろうな。後でわかったことですが、この年末年始デーには、勿論、客からお金を取るわけですが、正規の料金では維持も大変なわけです。

 

 

 どうもですね、こっそりと、E雄が12月のボーナスから相当な寄付をしているような気がしたものです。これは彼だけじゃなかったのかもしれませんが・・・・。

 

 

 しかし、こういう離島の平和園というのには、一人の独裁者が必要なわけでして、それがママだったわけです。大人しそうなママですが、ママの鶴の一声、誰も彼女には逆らえなかったわけでして、結局、ここを放り出されたら困ってしまう男たちのある種生存的な思惑があったのでしょうね。

 

 

 だからこそ、皆、一様に平和の中の平和のように仲のよい関係だったわけです。

 

 

 奥の座敷でコンピューター将棋に夢中になっているマスターでして、ママに言わすと大晦日から、酒を片手にパソコンの前から微動だにしないと笑います。やがて、余興でマスターが絶対に勝てず苦しんでいるという最強レベルに簡単に勝ってしまう私に称賛の拍手が起こります。

 

 

 そのときでしたかね、カウンター越しにママがE雄に奇妙な台詞を吐いたのです。

 

 

 「アンタ、今日は、彼女、来ないの・・・・?」

 

 

 一瞬、照れ笑いを私に向けるE雄でして、頭をかきます。

 

 

 えっ・・・・。

 

 

 彼に彼女がいたのかい、そんな話はきいたことがないし、彼女がいないからこそ、こんなに惨めチックな年末年始を送ってるわけじゃないのかな。

 

 

 「あぁ、まあね、昨日、初詣に行ったんだけど、どうだろうね。彼女も旗の台で近いからね、多分、もうすぐ来るとは思うよ。」

 

 

 「おい、彼女ができたのかい・・・・。この間までいなかったと言ってたじゃないか。」

 

 

 横から口を出す私です。

 

 

 「あぁ、去年の秋口に知り合ったんだよね。大晦日からずっと一緒だったんだけど、今日は疲れてずっと寝てたんじゃないのかな。」

 

 

 恥ずかしそうに笑う彼でして、なんというのでしょうか、独身の権化のようで、若くしてあまり女性に縁のなさそうな彼を慕う女というのは、一体全体・・・・・。かなり興味を抱いた私です。

 

 

 

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 そのときですね、カウンター内の時計が丁度10時を指すころでしょうか。

 

 静かに入り口のドアが開かれたわけです。

 

 

 「あら、恵子さん、いらっしゃい・・・・。」

 

 

 ママの歓声がこだまして、一斉の視線が再び、ドアへと向かい、E雄の照れ笑いはますます盛んになるわけです。

 

 

 E雄の彼女だ・・・・!

 

 

 咄嗟に気づいたわけですが、その彼女の全身を一瞥した瞬間、私は思わず悲鳴のような驚愕の声をあげてしまったものです。

 

 

 空想的創作ならば、今までに随分と色々なカップルを紹介してきたものですが、現実世界においてはですね、私が今まで観てきたカップルの中では一番異形なカップルだったものです。

 

 

 一体全体、どこで知り合い、そして、どんな付き合いをしているのか・・・・。

 

 

 やがて、恵子さんは私たちの間に腰掛けることになり、不覚にもなぜか奇妙な緊張感のようなものを抱いてしまった私です。