オフィスに戻ると、ペアの女性社員はエラい剣幕で出て行った私を心配して、帰りを待っていてくれました。
「渡辺さん、また社長と喧嘩したんじゃ・・・。」
「あははっ、大丈夫だょ。 ちょっと五目並べしてきただけだって。」
「本当? ならいいんだけど。」
「心配ないって。 待たせちゃって、ごめんナ。」
そう言うと、ようやく安心した素振りで彼女は帰りました。
さて、翌日。
営業の外回りで朝から出歩いていた私が夕方帰社すると、ペアの女性社員がニコニコしながら待ってました。
「ちょっと渡辺さん、信じられないことがあったのョ。
D社長がさっき来てネ、私にコレをくれたの。」
彼女が指を差した先には、高島屋の紙袋が・・・。
「こんなこと、初めて・・・渡辺さん、昨日社長に私の好物を教えたでしょ!」
「いやっ、そんな事話してないって。 きっと前から知ってたんじゃない。
それよりもケーキを渡した時、何か言ってた?」
「いえ、何も。 『ほれっ。』 っていきなり渡して、すぐ帰ったわょ。」
「ふ~ん。 じゃ、きっと社長も昨日は言い過ぎたって反省したんじゃない? 恥ずかしくて言えなかったんだょ、きっと。」
「そうかなァ・・・そうだといいけど。」
そして彼女が帰った午後6時過ぎ・・・私は再びD社長の事務所へ。
「こんばんは~、また五目並べしに来ましたョ~。」
D社長、ブスッとした顔でソファに腰掛けてました。
「なんだ、お前か。 また説教でもしに来たのか?」
「またまた、ご冗談を。 じゃ、今日はもう帰りましょうか?」
「まぁ、せっかく来たんだから、少しやろうか。」
「そうこなくっちゃ。」
・・・しばし黙って碁盤を囲む2人。
そしてまた3局目に入ったところで、私から口を開きました。
「さすがですねェ、社長。」
「何がだョ。」
「今日ちゃ~んとケーキ持って来てくれたらしいじゃないですか。」
「あぁ・・・まぁな。」
「で、ちゃんと謝ったんですか、彼女に。」
「・・・・・忘れた。」
「あらまっ・・・でも彼女、喜んでましたョ。
しかし社長も、意外と素直なところがあるんですねェ。」
「うるせェ。 あっ、これで四・三の出来上がりでオレの勝ち。」
「ありゃりゃ・・・。 やっぱりイイ事した日は強いや。」
「お前、ホント口の減らねェヤロウだな。
また出入り禁止にしたろか?」
「はいはい、ご自由に。」
その晩は、10局以上付き合ったナベちゃんでありました。
そんなD社長も、既に鬼籍に入られました。
怖いけどカワイイところもあった・・・なんて書いたら、「日本軍人をナメるなっ!」 って今晩あたり日本刀を手に、私の夢枕に立つかも?
・・・そういえばD社長、私には何もくれなかったなァ。