ある音楽人的日乗

「音楽はまさに人生そのもの」。ジャズ・バー店主、認定心理カウンセラー、ベーシスト皆木秀樹のあれこれ

夢先案内人

2020年02月11日 | 名曲

 【Live Information】


 「夢先案内人」。
 山口百恵さんが歌った曲の中でも、ぼくがとくに好きなもののひとつです。


 ぼくが高校生だったころは、ラジオの深夜放送が人気でした。
 深夜、といっても、ラジオのスイッチを入れるのは、ちょうど野球中継が終わりに近づく21時ころ。
 野球は大好きだったけれど、野球中継が延長されるのにはハラ立ててたなあ。(^^;)
 ラジオに関しては野球より深夜放送でしたから。


 夜にラジオを聞くようになったのは中学時代。
 きっかけは、当時大人気だった「欽ちゃんのドンといってみよう」でした。リスナーによるネタ投稿番組のはしりだったんじゃないかな。
 そして音楽系ではFMの音楽番組をはじめ、「ヤングリクエスト」(朝日放送。通称ヤンリク。)、バラエティ系では「ヤングタウン」(毎日放送。通称ヤンタン)や「オールナイトニッポン」(ニッポン放送)、トーク番組系では「パックインミュージック」(TBSラジオ)、などなど・・・。


 そうでなくても10代って悩み多き、というか、多感な年ごろです。
 みんな進路がほぼ明確になってきているというのに、ぼくは将来の見通しが立っていなかったな。
 家庭的にもいろいろあったし、進学校に通っていながら勉強にはついていけてなかったし、ミュージシャン志望でしたが先生方など大人たちからは反対されていたし。(というか、あきれられていたんだと思う)
 でも、いま思うと「志望」といえば聞こえがいいですけれど、単なる現実逃避だったかもしれなかったですね。
 授業をサボッてタバコをふかしたり(今は禁煙して10年以上経ちましたけどね)、ジャズ喫茶に入り浸ったり。禁止されていたアルバイトをしながら、「自分だけが取り残されている」感じを漠然と味わっていたり。
 どこか投げやりで、ヤケで、でも心の底は不安で。


 夜は、レコードやカセット・テープを聴いたり、楽器を触っていたり、ぼんやり考え事をしたり、そしてラジオをかけっ放しにしながら本を読んだり。気づけば朝、というのはよくあることでした。
 午前3時くらいになると、ヤングタウンやヤングリクエスト、パックインミュージック、オールナイトニッポンの放送が終わります。番組が終わると急に静けさに襲われたような気がしたものです。そしていよいよ「深夜」って感じなんです。
 そのあとは、長距離ドライバー向けの「走れ!歌謡曲」や「歌うヘッドライト」などのリクエスト番組です。パーソナリティも、落ち着いた感じの「オトナのお姉さん」でした。パーソナリティ的には、ぼくはこっちの方が好きだったな(^^;)
 窓の外は真っ暗ですが、そのうち闇の色が紺色っぽく変わってくるんですね。少しずつ夜明けが近づいてくる、そんな時間にラジオから流れてきたのが、「夢先案内人」でした。





 「月夜の海にふたりの乗ったゴンドラが 波も立てずにすべってゆきます」
 「朝の気配が 東の空をほんのりと ワインこぼした色に染めてゆく」 
 「ちょっぴり眠い夜明け前です」
 こんな歌詞が、現実から目を逸らし、夜明け前の布団の中でただ夜が終わるのを待つだけのぼくに、不思議にフィットしたものでした。

 
 百恵さんと言えば、デビュー当初のちょっとふてぶてしい感じのする早熟な歌、「秋桜」のような文学的で重厚な歌、阿木燿子&宇崎竜童による一連の少々とんがったロック系作品など、それぞれに印象の強い歌が多かったように思うのですが、その中でこの曲は、例えば漫画家の小椋冬美さんとか陸奥A子さんなどの作品のような雰囲気を持っていて、夢見心地な気分にさせてくれる穏やかな曲でした。
 なんというか、複雑に屈折していた当時のぼくの気持ちを慰め、和らげてくれたような気がするんです。


 この曲をリリースした時の百恵さんは、まだ18歳。
 弱冠18歳なのにこんな雰囲気で歌えるなんて、驚異です。
 声を張り上げなくてもしっかり響く豊かな歌声。力みのない、自然な発声。
 「あなたは時々振り向きwink & kiss」とか、「ちょっぴり眠い夜明け前です」の部分の、自然な歌いまわしと表現力なんか、ゾクッとしながらも涼やかなものを感じます。


 阿木燿子さんの書いた「ですます調」の歌詞が新鮮に響きます。
 ありがちな情熱的なラブ・ソングとは少し違って、主人公が自分の見た夢の内容を語っているだけなのですが、それが相手に対する思いをほんのり浮き彫りにしている感じがします。詞が知らず知らずのうちに染み入ってくる、とでも言えばいいのかな。
 百恵さんにおける宇崎竜童作品といえば、「横須賀ストーリー」をはじめ、のちの「イミテイション・ゴールド」「プレイバックPart2」「ロックンロール・ウィドウ」など硬派でハードボイルドなもののイメージが強いのですが、この曲などはその対極にあって、静かなきらめきとか淡い温かみみたいなものがある、今でいうところの「癒し系」な雰囲気に満ちていると思うのです。


 いま確認してみると、この曲がヒットしたのはぼくがまだ中学生だったころ。
 聴いたのがたまたま青春の不安定な時期だった高校3年の時で、それが夜明け前を迎えた自分の複雑な心境とリンクしたので、強く印象に残っているのでしょうか。
 いや、もしかすると、百恵さんの引退がたいへんな話題になっていたころだったので、引退にあたって何年か前の曲があちこちでかかっていただけなのかもしれません。
 いずれにせよ、屈折していた青春時代のぼくが抱えていた苦い部分を、懐かしく思い出させてくれる曲なのです。


[ 歌 詞 ]
 





◆夢先案内人
  ■歌
    山口百恵
  ■シングル・リリース
    1977年4月1日
  ■作詞
    阿木燿子
  ■作曲
    宇崎竜童
  ■編曲
    萩田光雄
  ■チャート最高位
    1977年 オリコン週間シングル・チャート 1位
    1977年 オリコン年間シングル・チャート 21位





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