◇あらすじ◇

派遣教員の皆川七海はSNSで知り合った鉄也と結婚するが親戚の数が足らないため、結婚式の代理出席をなんでも屋の安室に依頼する。新婚早々、鉄也の浮気が発覚すると、義母・カヤ子から逆に浮気の罪をかぶせられ、家を追い出される。一旦安いホテルに身を置く七海を見つけた安室は奇妙なバイトを次々斡旋する。

 

 

◇complete editionとは◇

2016年に劇場公開された「リップヴァンウィンクルの花嫁」から2年後の2018年に1回だけ劇場公開の後、スカパー!の「日本映画専門チャンネル」にて放送されたのが、この「complete edition」。

本編が260分と長尺なのですが、ネット配信や円盤化もされていないので、当時情報が得られず観る事ができませんでした。

今年「ラストレター」公開記念でメディアを渡り歩くように開催された「岩井俊二映画祭」の一環で、3月末に「日本映画専門チャンネル」にて放送を観る事ができました。

 

これを機に、編集点の異なる4つの「リップヴァンウィンクルの花嫁」の違いを調べてみる事にしました。

 

 

◇4作品の「リップヴァンウィンクルの花嫁」の情報◇

・「リップヴァンウィンクルの花嫁 劇場版」 上映時間180分

(以後、劇場版と訳す)

岩井監督の劇場公開作品としては、「スワロウテイル」の150分を上回る最長編となりました。

視聴可能媒体 Netflix、Hulu、Amazon、U-nextなどその他多数会員にて

 

・「リップヴァンウィンクルの花嫁 serial edition」 上映時間240分

(以後、ドラマ版と訳す)

2016年4月1日に「BSスカパー」チャンネルにて週1回全6話放送されました。

当時は1話40分のドラマ放送の後に、出演者のインタビューが流れていました。

エンディング曲は、劇場版と異なりCoccoさんのコスモロジーでした。

視聴可能媒体 Netflix、U-next、日本映画netは会員にて、Amazonはレンタル、購入にて

 

・「リップヴァンウィンクルの花嫁 配信限定版」 上映時間120分

(以後、配信版と訳す)

こちらも2016年4月1日からひかりTVとGYAOにて限定公開後、現在は各媒体で配信されています。

海外上映向けのフォーマットに従って、120分以内に収められた編集という事です。

エンディング曲は、こちらもCoccoさんのコスモロジーでした。

視聴可能媒体 Netflix、Huluは会員にて、Amazon、YouTubeはレンタルにて

 

・「リップヴァンウィンクルの花嫁 complete edition」 上映時間260分

(以後、コンプ版と訳す)

完成時に1回のみ劇場公開。

どの作品よりも長く完全版と言いたい所ですが、実はそうは言えない所もあります。

視聴可能媒体 現在観られる媒体はありません。

今後スカパー!「日本映画専門チャンネル」にて、リピート放送の可能性あり。

 

 

◇感想◇

・劇場版

 公開当時、初めて観た時の感想は、カットの切り替わりが大変多く、時間の省略が頻繁に行われているのが分かり、特に前半は目まぐるしい展開の早さに、ついていけない所がありました。

最後まで観れば理解はできるものの、全体的にはちょっと消化不良な印象を残しました。

 

・ドラマ版

 劇場版観賞後に始まり、そのまま6週間観続けた作品でした。

映画の宣伝の意味合いがあるのでしょうが、肝心なシーンのいくつかは丸ごとカットされていますが、その代わりに「劇場版」では切り刻まれたシーンがフル尺かと思う位あり、新たなシーンもあって、劇場版の後に観るとうまく補完されていて、2作セットでやっと完結するように感じました。

 

・配信版

 TV版と同日に配信が開始されていたのですが、今まで全くスルーしていて、今回の検証で初めて観ました。

120分の中にどう詰め込めるのかと思いきや、劇場版以上のカットの嵐なんですが、とても観やすかったです。

本筋に関係ないシーンはほぼほぼカットされていて、物語が一本道になったおかげでテンポがよく、物語の深みはないものの、これはこれで1つの映画になっている印象でした。

 

・コンプ版

 劇場版とTV版が合わさるように編集された作品でした。これまで頭の中でしか出来なかった

答え合わせをしているような感覚で観ていましたが、流石に長すぎる感じも残りました。

ただ、劇場版とTV版のハイブリット作品が観られた事への満足感の方が高かったです。

 

 

大満足して、めでたしめでたし。

となるところが、気になって、家にある「リップヴァンウィンクルの花嫁 プレミアムボックス」で、劇場版とTV版を見直してみると、同じシーンでも劇伴(サウンドトラック)のタイミングが異なっていたり、TV版だけに存在するカットがあったりと、些細の違いが気になり出しました。

そこで、この後の章では、その違いについて、姑のごとく突きます。

(ここからネタバレになります。)

 

 

 

◇4作品の違い・経過時間◇

まずは、「劇場版」の感想で、前半が目まぐるしいなどと書きましたが、前半のカット具合によって上映時間の違いが表れている事がわかりました。

物語のターニングポイントともいえる、結婚式の代理出席のバイトで初めて七海と真白が目を合わせるカットまでの経過時間で4作品を比べてみました。

 

配信版 45分

劇場版 78分

ドラマ版 128分

コンプ版 122分

 

「配信版」の展開の早さに改めて驚きです。教室に向かう廊下のシーンからスタートして、2分で教師をクビになり、すぐ結納。結婚式が始まる前までは「劇場版」に近いペースで進みますが、結婚式自体は数カットしかなく、披露宴シーンはなしで、新居での朝に切り替わりピアス発見まで14分半。その後はまた「劇場版」に近いペースで進み、家出して放浪中に安室からの電話シーンがなく、次はホテルで迎える朝まで飛んでます。ここで41分。

 

「劇場版」以下はシーンの追加、結婚式、披露宴の長さが絡んで、それぞれの時間になっています。

このような差によって、作品の印象まで変わってしまう4作品が成り立っています。

 

 

◇4作品の違い・カノン◇

七海がネットで家庭教師をしている生徒のカノンという女の子ですが、

「配信版」では全カットされていて

「劇場版」ではPCの画面が映らず、声のみの出演でした。

「ドラマ版」と「コンプ版」では、画面が写り、顔と部屋が映し出されました。

 

「配信版」はともかく、「劇場版」で声だけだったのが不思議なくらいです。

彼女が、一番七海の変化を見続けて来たと思いますし、最後の彼女自身の変化も良かったです。

 

 

◇4作品の違い・似鳥さん◇

次に、七海のバイト先で再会する、大学時代の同級生の似鳥(ニタドリ)さん。

「配信版」では全カットされていて

「劇場版」では、キャバ嬢であるところまでで、カットされてしまいますが、

「ドラマ版」と「コンプ版」では、過去にAV女優を経験した事告白します。

 

この時は彼女の悩みを受け止めきれ無い七海でしたが、その後真白と出会う事を考えれば、このシーンはあった方が、より良いと感じました。

 

 

◇4作品の違い・牛腸さん◇

次に、「劇場版」のみカットされた真白の葬儀会場で喪主と勘違いされた牛腸(ゴチョウ)さんの挨拶。

 

結婚式の代理出席のバイトで家族役を演じたのが縁で、葬儀会場に現れるだけで面白いのですが、このシーンに至ると面白いのに物悲しい感覚になり、かなり好きなシーンの1つです。

 

 

◇4作品の違い・ホテルの受付◇

続いて、こちらも「劇場版」のみカットされた、映画の中盤に駆け込んだホテルの受付として、仕事を再開するシーン。

 

引越し後、割り込みのように入るシーンなので、必ずしも必要ではないかもしれませんが、七海らしい再スタートの切り方かなと、短いながらちょっとにやけてしまう場面でした。

 

 

◇4作品の違い・教員の仕事◇

さらに、こちらも「劇場版」のみカットされた、派遣会社から新しい教員の仕事を一旦保留するシーン。

 

先程のホテルの仕事と繋がるシーンですが、映画の冒頭に比べて七海の変化が見られる所でした。

 

この2つのシーン、「配信版」だけがホテルの受付のシーンが先になっています。

 

 

◇4作品の違い・バーで歌うシーン◇

4作品ともあるものの、カットの長さが違うシーンについて

特に大好きなシーン、結婚式の代理出席終わりで、七海と真白がバーで歌うシーン

「配信版」七海の歌うシーンがカットされ、真白の歌うシーンから始まり1コーラス歌い終わる所でカットが切れる

「劇場版」七海の歌は2コーラス目「悪い夢のように」から始まって2コーラス終わりまで。真白の歌は「配信版」と同じく1コーラス歌い終わる所でカットが切れる

「ドラマ版」「コンプ版」七海の歌は2コーラス目「地下のジャズ喫茶」から始まって2コーラス終わりまで。真白の歌は最初から2コーラスまで歌い切ります。

歌の長さは違いますが、歌唱と帰り際のカットの切り替わり方は同じになっています。

 

「何もなかったように」の詞の儚さと帰り際真白を見失った後、SNSにメッセージを残すことしか出来ない所在のなさが合わさって、孤独をより感じさせるシーンであり、観客としてはタイトルの意味を知る重要なシーンでもありました。

 

余談ですが、劇中ではCoccoさんが少し酔ったような感じで歌っていますが、「ドラマ版」4話のエンディングでは、「何もなかったように」をレコーディングされたバージョンが聞けます。

 

 

◇4作品の違い・重要シーン◇

「劇場版」と「コンプ版」のみ存在するシーンはいくつかあって、

・冒頭の七海と鉄也の初デートから、鉄也の部屋から出るまで

・家出して、彷徨った末に安室から電話が入るシーン

・七海が真白に安い家賃の部屋に引っ越す事を勧めるシーン

・七海と真白がウェディングドレス姿のままベットでの会話シーン

どれも、物語のキーとなる重要なシーンばかりで、「コンプ版」は「劇場版」をベースに作られた正当的な拡張版といえるのではないでしょうか。

 

 

◇4作品の違い・エンドロールについて◇

「劇場版」と「コンプ版」はメンデルスゾーンの「歌の翼に」という曲が劇中にも何度も流れ、ラストシーンからそのまま流れ込んでエンドロールに入ります。

(ここで劇伴について触れる予定でしたが、長くなりすぎたので省略させてもらいました)

 

予告編から楽しみにしていた身からすると、Coccoさんの「コスモロジー」でなかったのはちょっとがっかりだったのですが、色々と大人の事情もあったようなので、仕方なしと思いました。

 

「配信版」と「ドラマ版」にはちゃんと「コスモロジー」が流れ、特に「ドラマ版」には予告編にある七海がかぶる「猫かんむり」のシーンも多めに入っているので、一番理想に近い感じでした。

 

 

◇4作品の違い・オリジナルシーン◇

最後は、「劇場版」と比較して、それぞれの作品にしかないシーン。

「配信版オリジナルシーン」真白の母親の家の到着した直後、車中にて安室が七海に対して、真白の財産の一部をもらう権利が七海にもあると言うシーン。

「ドラマ版オリジナルシーン」4話冒頭、安室が浮気調査の結果を報告する前に、七海が安室に対してホテル代の出費より収入の方が少ない事を告白するシーン。

「コンプ版オリジナルシーン」真白と七海の死体を確認するために向かう車中にて、安室が風船ガムを膨らまし、割れて鼻にべったりガムがつくシーン。

 

 

◇全ての作品を観終えて◇

「リップヴァンウィンクルの花嫁」という作品を深く感じる事ができ、改めて素晴らしい作品である事を実感しました。

SNSの匿名性や犯罪と隣り合わせである事や、お金のあり方についても考えさせられました。

今回の特にcomplete editionのような長尺な作品を観ると、1つの旅を終えたような気分になります。

様々なシーンを積み重ねてたどり着く終着地までの旅です。

これは貴重な体験で、掛け替えのないものでした。

 

岩井監督は当時のインタビューにおいて、小説としてまとめた物語を全て撮影してから、今後映像を観られるプラットホームが増えていく事を見越して、各バージョンへとスタイルを切り分けていったという事でした。

 

残念ながら、complete editionは観られないのですが、配信により好きなタイミングで映画が観られる時代になり、今家で過ごす時間が増えていると思いますので、見比べてみてはというおすすめでした。

 

2021.03.28更新

今年もcomplete editionの放送が決定しました!

2021年4月3日深夜0時スタートです。

視聴には「日本映画専門チャンネル」の契約が必要です。

 

視聴方法はこちら

 

さらに3月31日21時から、YouTubeの「岩井俊二映画祭チャンネル」にて、

#七海誕生祭2021が開催されます。

岩井俊二監督のロケ地巡りなどがあるようです。

こちらもお楽しみに。

 

 

 

 

 

 

原作小説は、撮影終了後に書き直されたようで、ほとんどは映像化されています。ほぼ七海視点で心情が細やかに描かれています。映像作品にはない七海と真白の過去も。

 

 

 

 

劇場版公式サイト

 

ドラマ版公式サイト

 

◇予告編◇