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 インドの貧しい家庭に生まれた五歳の少年サルーは、ある日遠くへ仕事を探しに出かける兄についていく。しかし、夜駅までたどり着いたサルーは眠気のためにベンチから動けなくなってしまう。仕方なく兄は「仕事が見つかったら迎えに来るから、ここで待っていろ」と言い残し仕事を探しに消えていく。しかし、時間が経ちサルーが目を覚ましても兄は迎えに来なかった。一人迷子になったサルーは紆余曲折あり孤児院へ、やがてオーストラリアの夫婦の養子となる。そして二十五年の時を経て青年となったサルーは生まれ故郷と実の家族を探し始めるが・・・という話。

 

 これは実話を元に映画化された作品らしいです。以前、実話再現ドラマを放送する系の番組でこれと似ている話を観たことがあるのですが、同じ話なのでしょうか。

 

 オープニグの悲しげな音楽と、荒野で群れ舞う蝶々の映像が印象的な始まり。

 上映二時間のうち前半の一時間は五歳のサルー・パート。後半一時間は青年サルー・パートにだいたい分かれています。

 まず、家から遠く離れた駅で、サルーは兄とはぐれてしまいます。迎えに来ると告げて去っていったはずの兄が来ない謎。それが非常に気になりつつも、たった五歳のサルーがひとりぼっちで見知らぬ場所に取り残されてしまったというその心細さに胸が締め付けられてしまいます。

 たくさんの人で溢れているのに誰一人助けてくれない駅で、しかも言葉がほとんど通じません。小さい子供にとって、それはどれほどつらい状況でしょう。

 現代の日本だったら、たぶん幼い子供が駅で一人うろうろしながら何か訴えていたら、きっとみんな助けてくれると思うんですよ。でも、この作品内での時代やお国柄のためなのか、身寄りも連れもない子供にはとても厳しい。

 途中駅の浮浪児狩りにあったり、人身売買にかかわっている男女に捕まりそうになったり、孤児院に入れられたと思ったら環境が劣悪だったりと、自分で環境を選び取れないサルーが良くも悪くも翻弄されていく展開は見ていて本当に悲しかったです。

 ただ、悪人や無慈悲な人たちばかりではなくて、要所要所でサルーは良い人に巡り合うという幸運も経て、最終的にはオーストラリアの裕福な白人夫婦の元に養子に行くことになります。ここまでが五歳のサルーの物語ですね。

 

 そして物語の時間で二十年余が経過し、サルーは二十代のこざっぱりとしたホテル経営を学ぶ青年へ。養子へ行った家庭とも友好な関係を気づき、彼女もできて前途洋々です。しかし、ある時過去の記憶を呼び覚まされて、自分の本当の両親と故郷を探してみたくなります。

 それは雲を掴むような途方もないことでしたが、ネットとパソコンを駆使し、のちにグーグルアースで見事発見します。

 まぁ、ここはちょっと偶然が過ぎる気もしますが、実話ですしね。だからこそすごいのですが。

 

 そして無事に故郷に帰り、家族と再会。ハッピーエンド! なのですが、ここでなぜ二十五年前に兄がサルーを迎えにこなかったかの理由が明かされます。まさに衝撃の事実。

 からの、たたみかけるようにタイトルの意味が回収される場面は鳥肌が立ちました。正直、タイトルの「ライオン」のこととかすっかり忘れてました。

 

 しかし、お兄ちゃん、マジか・・・。

 エンディングで兄が「サルー! サルー!」って呼んでいるシーンがせつなすぎる。

 

 何気なく見始めた映画でしたが、良い作品でした。一つ一つの情景をすごく丁寧に撮影しているのと、サルー役の少年の演技が見事すぎて引き込まれました。

 オーストラリアの養母役のニコール・キッドマンも良かったですね。彼女が青年サルーになぜ自分の子供を持たなかったのかの理由と心情を吐露するシーンが一番印象に残っています。