2021年・令和三年を振り返ってみる。

 


去年の反省というか、出来事を考えてみると、

人間って忘れる生き物だなぁ

と常々思いますw。そうですね、色々あったのに、忘れていることが多い気がします。でも、総じて辛かった一年だったかもしれない、と思いました。

去年の今頃は、犬の調子が良くなかったことがありました。結局、そのまま亡くなってしまいましたが。なんとなく調子が悪そうだなという程度で、目に見えて寝込んでいると言うわけでは無かったのですが、悪くなってから亡くなってしまうまではあっという間でした。

この犬は本当に賢い犬でして、自分が飼ってきた歴代の犬の中でも、最も賢い犬になるだろうな、と思います。それ故、その犬が若かった頃は思春期みたいなもので、仲良く出来なかったりして、時間がもったいなかったな、と思います。この犬は虫歯が多く、それに伴って心臓を悪くしてしまったことが分かりました。人間でも歯周病から心臓病になるパターンが多いですものね。

亡くなった飼い犬はみんな思い出深いものがあり、一様には比べられませんけど、とても公開したパターンが二頭いて、この内の一頭がこの去年亡くなった飼い犬でした。

でも、両方とも深く菩提を弔ったので、自分の心中にはしこりがない、というかなくなったものでした。もう一頭は、そうなるまで11年の歳月が必要でした。


春になって、母が体調を崩しました。
元来、病院とは縁遠い存在の両親で有り難い話なのですが、今回は母がどうも調子が悪く、少し珍しいお腹の病気にかかりました。医者も

「自分も初めてのケースで、医学サンプルとして貴重かもしれないので」

という話でした。詳しい病名は避けますけど、まあ、今時分に病気が分かってよかったのかもしれません。退院するまで二ヶ月ちかくかかり、今時、ちょっと長めの入院生活になる話でした。

正直、この母の入院生活のおかげといってはいけませんけど、そのせいで、前からマスターしたかった料理に目覚めることが出来ました。

今まで簡単な料理はしてきましたけど、台所は母の城で、勝手が手来ませんでしたので、以内間に自分が好き勝手をしました。もちろん、節度は守ってのお話ですけど。

食材の管理って難しいな、と思いました。
新鮮なものを食べられるって幸せなことなんですね、買いすぎでため込んでもいけないし、足りないくらいがちょうどかもしれないと思う反面、油物はコンロを汚しますので、いまいちやりたいと思わない…みたいな感じで。


自分で食材を管理して料理するようになって、食性が変わったように思います。ともかく新鮮なサラダが食べたいと思うようになりました。あと、牛乳の使用量も多くなりましたし、ともかく新鮮なもので、古いものは消費しなければいけないので仕方が無いけど、できる限り取りたくないかもしれない、と思うようになりました。

世の中の主婦の人たちはえらい。

夏は去年は暑かった…ように思いましたが、実はそれほど暑かったのかな、と思いました。僕の住んでいる地域はもの凄く暑くなる、40℃を前後するような地域なのですが、そういった日が数少ないように思いました。

本当に暑ければ、鳥も虫も鳴かない飛ばない人影はない、というのが本当に暑い日の定石です。そういった日が少なかったように思います。

ダラダラ暑い火気多かったように思いますが、活動が出来る暑さだったので、帰って夏バテをした人が多かったのではないかな、と思います。

秋は紅葉が綺麗でした。今年の紅葉はちゃんと見られた感じがして、いつも桜と紅葉は逃してしまうのですが、今回はちゃんと紅葉を狩れたように(愛でる意味)思います。

自分は休みが平日なので、大抵は母と出かけるですが、自分は寺社仏閣、母は城郭という具合で好みが分かれており、今まで、自分が運転するので、寺社仏閣が多かったのですが、今年の後半からは城郭に集中しており、興味があまりない僕でも、なるほど城に惹かれる理由も分からなくもない、と思いました。

ただ…松本城やら、白鷺城やら、二条城を先に見ていると、地方のお城は物足りないように名思えるらしく、こんなものか、という言葉には仕方が無いなぁと思いましたけど。


冬はまあ、何事もなく…という話でしたが、お給料が減ったのは痛かったです。何もやらかしていないのですが、本社がお金が欲しいのでしょう。何も告知なしに減収になりましたので、これは痛かったです。ちなみに、仕事自体は契約が特殊なので、コロナの影響は受けてもやっていけるはずなんですけど。労働者は労働の責任を問われることが多いのに、経営者はちっとも経営の責任を取らないのですね。

なるほど、世界では「日本人労働者は世界一だが、経営者は世界最悪」と揶揄される理由がよく分かりました。

あと、一年間、苦しんだことがありました。

それは、上司によるパワハラです。
嫌がらせかどうか、区別がつきにくい案件もあるのですが、明らかにパワハラと感じる案件も一年を通じて多く、様々な業務からパージされ、干されたと感じる一年でした。そのせいで、やや全体の業務に支障が出ている感じがあるので、大丈夫かな、と今でも感じるのがあります。


セクハラは意識しやすいのですが、パワハラ、モラハラというのは難しいですね。
している側からは、「そんなことはない」という一蹴されそうですが、僕はあえて言いますが、

されている側は「ちゃんとされていて、心を病みます」

と言いたいです。つまり殴っている側が、いくら殴っていないよ、そんなことしていないよ、といっても、されている側はケガをしているので、第三者の方々はどっちが事実をいってるのか状況を見て話をしてほしいと思いますね。

あと、コロナ禍で人間関係を考えることが多くなったのか、人との繋がりは大事ですが、陰陽があるな、と思います。暗い人間関係は辛いです。人間不信に陥ったり、人を信用出来なくなったり、差別を受けたり、恵まれている恵まれていない、幸運であったり不幸であったりすることがあぶり出されたりして、陰の人間関係は気をつけて自分の中で取り扱わないといけないな、ということがよく分かりました。

人の生まれた、運不運はなんだろう、というのが、自分が占いを始めるきっかけになった大きな出来事の一つでした。

年を取って、それが段々解るようになってきており、今の世界は「不健全」だということもよく分かるようになってきました。

この不健全は、生まれた後に出てくるものもあれば(後天運)、持って生まれたものがあり(先天運)、また自分の研究の余地が出てた感じです。

心体の健康もなくした一年でしたが、大切な機会やモノをなくした一年でもありました。でも、失うばかりでなく、得たこともある一年であり、こういう一年も人生でありだろう、と思うようになりました。

惜しむらくは「レイキ」に関してはコロナ禍の影響からあまり関わることが出来なかった一年でしたので、今年こそは一歩確実に前に歩んでいきたいと思いました。

2022年、令和4年、どうなるのか、楽しみなような空恐ろしいような。

佳い一年になりますように。