ShortStory.519 客は神様 | 小説のへや(※新世界航海中)

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 1話完結の短編小説を書いています。ぜひご一読ください!
  コメントいただけると嬉しいです。無断転載はご遠慮ください。

久々になってしまいました。もう12月ですね――

 

↓以下本文

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「ありがとうございました」

 

 ピコピコーン。

 店内に間の抜けた電子音が響く。

 

 自動ドアが閉まると、再びBGMが聞こえてきた。

 店長の福間(ふくま)は、ガラス越しに

 客の後ろ姿が遠く消えていくのをしっかりと確認してから

 ため息をついた。先週のことを思い出し、

 頭をがりがりと掻きながら、またか、と呟いた。

 

「まったく……」

 

 彼の足元には、上半分を失った体が倒れている。

 白を基調とした店内に、赤黒い飛沫はひどく目立った。

 見れば、棚の商品にもかかってしまっている。

 

 次の客が入ってきては困る。

 福間は、大股に足元のそれを跨ぐと、入口へ向かった。

 『店内清掃中』の札を掲げるためだ。

 

 入り口付近には、先ほど客が落としていった金が落ちていた。

 福間はそれを拾うと、ポケットの中に入れる。

 

 彼はレジの向こうから、もう一度床の方をのぞき込んだ。

 何度見ても、ひどい有様だった。

 慣れてはいるものの、後処理は容易ではない。

 憐れみよりも、迷惑に思う気持ちが勝っている。

 

「だから言ったじゃないか」

 

 彼は忌々しげに眉間に皺を寄せた。

 

「お客様は神様だ、と――」

 

 

 

 

 客は神様

 

 

 

 

「ここって、客、来るんすか?」

 

 茶髪の青年――北倉(きたくら)は、横に立つ店長を見た。

 福間は正面を向いたままだ。

 

「もちろん来るさ。ここはコンビニだよ」

 

 さる事情により、この地域に急遽引っ越してきた北倉は、

 山や森に囲まれた過疎の村に一軒のコンビニエンスストアを見つけた。

 この村で金を稼ぐ方法がなかった彼は、店の外に貼ってあった

 アルバイト募集のポスターを見て、一も二もなく申し込んだのだった。

 昨日からの勤務だったが、まだ一人の客も見かけていない。

 

「俺の知ってるコンビニって、いつも客がいるもんなんすけどね。

 ま、しょうがねえか。村の外れだし、人いねえし……」

「北倉くん、お客様にはもう少し丁寧な言葉遣いで頼むよ」

 

 福間はそう言うと、青年を横目で見た。

 自分より数十は年下であろう彼は、返事もそこそこに

 鳩を真似たような動きで頷いた。心配な面はあったが、

 商品の搬入や在庫整理を考えれば、人出は必要だった。

 人の少ないこの村では、アルバイトを維持するのも大変なのだ。

 

「君には、できるだけ長くここで働いて欲しいと思っているんだ。

 だから、あの約束もしっかりと胸にとめておいてくれよ」

「『お客様は神様』ってやつっすか? 大丈夫っすよ。

 俺、やるときはちゃんとやる男なんで。任せてください」

 

 北倉はそう言って胸を叩くと、無気力な顔に薄い笑みを浮かべた。

 都会からこの村に彼のような若者がやってくることは少ない。

 大方何かで失敗したか、戻れない理由があるのだろう。

 そう想像しながら、福間はゆっくりと息を吐いた。

 もちろん安堵ではない。不安のため息であった。

 

「いいかい。くれぐれも、お客様に失礼のないようにね」

 

 福間が念押しするように言うと、彼は鳩のように頷いた。

 

「それにしても、今時電波の届かない場所なんてあるんすね。

 ここなんて特に村の外れだし、もしかして、人じゃなくて

 熊とか鹿とかが買い物に来るんじゃないかって――」

 

 ピコピコーン。

 店内に間の抜けた電子音が響く。

 入店音は都会のものと変わらない。

 福間は入ってきた客を見て、笑顔になった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 元気よく挨拶をした彼の横に、腕が伸びた。

 横の北倉が、客に向かって指をさしているのだ。

 彼は目を見開き、手を震わせていた。

 その腕を、福間が急いで掴み、下げさせる。

 しかし、客の姿を目の前にした北倉の口はもう止まらなかった。

 

「ば、化けも――」

 

 一瞬、店内の照明が瞬き、

 同時に何かを捩じ切るような鈍い音が響いた。

 

 気づけば、福間の隣で彼が“下半分だけ”になっていた――

 

――――――――――――――――――――――――――――

<完>