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第2弾:蒼い時のドリームキャッチャー12話

2022-09-28 12:15:25 | 第2弾:蒼い時のドリームキャッチャー


何度も同じことを繰り返す、直也の身体をゆする久美子の担任の先生に直也はいらつきながら覚めた目で顔を見上げます。
「先生は、久美子のお婆さんが事故死したと思ってるの?」
先生の顔をにらみつけるように直也は小さな声で言います。
「えっ?」
先生達は不思議そうな驚いたような顔をしていたと思います。
「直也君、何か知ってるの?」
先生は久美子の小さいお婆さんの変わりようが気になっていたのです。小学校の担任の先生からの情報だと以前は家庭訪問の時は、どうぞどうぞと言って気持ちのいいお婆さんだったらしく、二人が同じ踏み切りで事故死してからは変わってしまっていましたが、妙な感じを受けるくらいの変わり方が気になっていたようでした。しかし、教師同士や民生委員と相談すると、当たり前のことだと思うということで話が終わってしまい気になったままの先生でした。
「何も知らない、今、クーコとは会うことが、ほとんどないから」
直也は顔を横に向けて答えます。
先生は、ごめんね、変なこと聞いちゃってと話は終わりましたが気になっていることは先生と同じようなことであった直也です。久美子は小学校から吹奏学部に入っていて、中学生になってからもすぐに吹奏学部に入部し仲の良い友達が出来ていたようです。小学校から一緒の友達もいて楽しそうにフルートを吹いています。直也は真一のいなくなった屋内プールへは行かず吹奏楽を学ぶ久美子を目で確認してから、仲間たちと一緒に遊びに行き夕方遅く家に帰るようになっていたのです。この頃の久美子は、何かに脅えているようで直也の家に入りびたりだったのです。夕食も一緒に食べ、隣の子って感じではないように思い、まるで直也の妹のようでした。直也の両親も入りびたりの久美子には心配をしていました。最初は女の子の成長期と考えていたようですが、最も可愛がってくれていたお婆さんが他界し寂しかったのだと思っていました。隣の両親と直也の両親とでは特に問題もなく「いつもごめんね、ありがとうね」と言い合う間柄で見た目では仲の良いお隣さん同士でした。でも直也にとっては近寄りがたい隣の家族でした。直也は隣の家でも近寄りがたい久美子と仲良くしていることで良くにらみつけられていました。もちろん挨拶も会話もない久美子の両親と小さいお婆さん。小さいお婆さんには旦那さんがいましたがお爺さんも病死。それも自宅で。裏の縁側で久美子と会わなくなって、しばらくすると小雨の降る休日、直也は縁側で座って外を見上げている時に久美子の姿を見ました。久美子の部屋は二階で、窓を開け、直也と同じように空を見上げています。直也は、ただその久美子の姿を見つめているだけで声をかけることができません。声をかけておけば良かったと後悔をしている直也。久美子は、ふと下を向き直也の姿を見ていましたが、これが最後の一度だけの笑顔をでした。二人は顔を合わせたのは久しぶりのことで、久美子の笑顔も見ることができて良かったと思う直也。久美子が家にいるときは、自分の部屋から一歩も家の中から出ることはありませんでした。部屋には内鍵をかけ部屋に閉じこもります。食事もあまり摂らず、日に日にやせていく姿があったと思います。縁側から見た久美子は頬がこけ、やせているように直也には見えたのです。久美子は自分の部屋でなにを考えていたのか今ではもう知ることはできませんが「恐怖」に脅えていたのかもしれないと思う直也です。
「大きいお婆さんがなくなり、次は誰なのか」
久美子は、幼いながら、小さな心の中で感じていたのではないでしょうか。近所の噂では小さいお婆さんが二人のことを話していたようで、家族の中で、大きい婆さんと久美子は、小さいお婆さんからは気に入らない存在であったようでした。直也の入りびたるのは、きっと現実から離れたかったのかもしれない。久美子は何度も楽しい家族を思い描いていたに違いないと直也は思います。両親は他の兄妹二人は守るが、長女である久美子だけは守るということはなかったようです。近所で話す小さいお婆さんは久美子のことを頭が良すぎる、色んなことに気づいてしまうということを話していました。本来なら、とても優秀で自慢ができる久美子だったはずですが、久美子の両親や小さいお婆さんには、嫌われていた存在だったようで、特に小さいお婆さんには嫌われ者でしかなかったようです。
「どうしてなの、私は何かしたの?」
久美子は、いつも幼く小さな心の中で叫んでいたのかもしれません。学校と直也のもとにいることが唯一心の休まる時間だったのでしょう。中学生になったとき久美子は吹奏学部に入ることを両親や小さいお婆さんに言いましたが嫌な顔をされ声をかけてくれる家族はいなかったと言っていました。
「どうして、嫌な顔するんだろう」
久美子のフルートは、人の心に訴えるような音色だったようで、きっと小さいお婆さんは面白くなかったのでしょう。市原家の家の中では、食事も別々で久美子にはご飯を作ることもしなかったといいます。久美子の父は久美子のことを思っていたが小さいお婆さんの言うことを聞くよりなかったようです。家族内の実権は小さなお婆さんであったのです。小さいお婆さんは心の中で久美子の事故死を想像していたのではないでしょうか。久美子は、その思いを感じていて、その思いが「恐怖感」を久美子の中に作ってしまった。ゆえに家族から離れ部屋の扉には鍵をかけ毎日カップラーメンを食べていたそうです。中学へ入ってからの久美子の楽しみは吹奏楽の部活、そしてお昼の給食だけでした。久美子は小さいお婆さんの関わりで大きいお婆さんを失い久美子は直也を守るために心を閉ざしてしまったのかもしれません。学校の直也の下駄箱の中には時々久美子からの手紙が入っていました。
「お兄ちゃんは、私が守るから」
いつも、この言葉だけでした。直也は、その手紙がダイニングメッセージとは思うことはありませんでした。久美子を失った直也は、その言葉の本当の意味は助けて欲しいという意味ではなかったのだろうかと思うようになりますが踏み切り事故後、直也も久美子のことで色々聞かれましたが、その手紙のことを話すことはなかったのです。隣の家では小さいお婆さんは、狂ったふりをして、さらには静かに物忘れなどをするそぶりをします。
「事故です、事故だったんです」
小さい婆さんは繰り返し言い訴えながら警察官の足を抱えたりもしたようです。
「学校ではいじめがあったんです」
事故死と判断された後に聞いた直也は、そんなことがあるものかと思っていました。直也の目に映る久美子は学校では笑顔で仲のいい友達もいたはずだった。久美子の母親は「いじめ」のことを言っていたのです。久美子と関わることのなかった、近所での付き合いもしていなかったのに母親の言葉は事故死の原因はいじめであったというだけだったようです。いじめであったと訴える母親に、教育委員会が動きますが、中学の教育とは関係ないということを母親に伝えられましたが、これは警察の捜査の混乱をさせようとしていたのではないでしょうか。小さいお婆さんと母親の言い分の違いによって話が大きくなると困らせるかのように久美子の事故死以前から決めていたのでは?物的証拠も見当たらず結局、警察では久美子の死は「事故死」として処理をしたのです。久美子の事故死と判断された後、全学年の集会が体育館で行われました。


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