メリーゴーランド1

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 その日は、抜けるような空の青さがどこまでも続いていたことを千雪は覚えている。
 時折、あの日のような空に出くわすと、決まって意識を飛ばして空の中に埋没したくなる。
 記憶や思いやあらゆる雑念を頭の中から放り出して、あの青さの中にたゆたうことを願う。
 だが大概、せっかく心地よく浮遊している意識は、外から何かしらによって呼び戻されるのが常だ。
「千雪さん、眠ってる?」
 こんな風に。
「せっかく空の中でええ気持ちやったのに」
「は?」
 現実は結局放っておいてはくれない。
「『今ひとたびの』のキャストですけど、物ごとをはっきり言う美人記者、て、竹野さんとかどうですか?」
 まあ人のオフィスでうつらうつらするのも、ちょっとなあ、とは思うけど。
「竹野って、良太、キッツい女優やて文句言うてたやんか」
 来年放映予定のドラマで、小林千雪原作『今ひとたびの』のキャスティング、決めませんかと良太に言われて、ここ青山プロダクションのオフィスに来ているところである。
 十二月の初めとは思えないくらい温かい日で、さらに空が異様に青く、こんな日はここのくっきり空も見える窓際のソファで、まどろむには最適なのだが。
 この会社の社長である工藤高広の秘書兼プロデューサーという肩書を持つ広瀬良太は、工藤の背中を追いつつ仕事を覚え始めると、時折、鬼の工藤と異名を取った男のまさしく後継と言っても過言ではない、容赦のなさを発揮するようになった。
 工藤が上からビシバシものを言うやり方なら、良太はさらっといいじゃないですか、で通してしまう、ある意味怖さを本人は気づいていない。
「いや、話してみると結構面白いんですよ、彼女。子役の時からだからキャリア長くて、演技力はばっちしだし」
「ふーん、まあ俺はわかれへんから、良太が決めたらええやん」
「いや、そういうわけには………。でもこっちの、ふんわり系の女性が今一つ、ピンとくる女優さんいないんですよね~」
「ふんわり系ねぇ」
 確かにぱっと見はふんわり系ではあったかもしれないが、彼女を知っていれば、かなり芯の強い頑固さがあったのだと言うに違いない。
「何か、すてきですよね、この人。千雪さん、結構思い入れがあったりするんじゃないですか?」
「まあ、せやな」
 思い入れか。
 いや、思い入れとか言う言葉では言い表せない、もっと何か、深いものだと千雪は思う。

 


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