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豪雪に負けない!福井県RCサーキット「レディオガガ」を応援するために!
南國・九州の人である私には豪雪といふものが実感できない。
だから、それに付いて何も言ふ事はできない。応援したい気持ちはあるが、励ましであれ何であれ、何をいふても私には実感がないのだから無力である。
応援する事で、それが却つて、相手によつては、足枷となる事もあるかも知れない。
しかし、上の動画を見ると、豪雪地帯の方々がこれまで如何にして暮らして来られたのかといふ一面を知る事ができるだらう。
私は...

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豪雪に負けない!福井県RCサーキット「レディオガガ」を応援するために!



南國・九州の人である私には豪雪といふものが実感できない。
だから、それに付いて何も言ふ事はできない。応援したい気持ちはあるが、励ましであれ何であれ、何をいふても私には実感がないのだから無力である。
応援する事で、それが却つて、相手によつては、足枷となる事もあるかも知れない。

しかし、上の動画を見ると、豪雪地帯の方々がこれまで如何にして暮らして来られたのかといふ一面を知る事ができるだらう。

私はこれまで情報としては知つてゐた積りだが、趣味のRCを通じて、上の動画を通じて、その御苦労の一端を見た。

災害の少ない大分県に住まふ私としては、豪雪であるといふ事のみで尊敬する。有名な豪雪地帯にお住まいの方からすれば「日常茶飯事」であるかも知れないが、私にとつてはさうではない。

仮にその地を離れる方がゐるとしても、その地で暮らした先人がゐるといふ事実は動かない。「御先祖様、父上、母上、ありがたうございます。」といふ感謝がある。

九州の山奥で生まれ育つた私は、学生の時分には「好きでこんな田舎、こんな村に生まれた訣ではない!」と考へて親を恨んだものだが、さういつた子供を作るのが現代の、戦後教育といふものだ。我ながら情けない。

しかし、我が家の話で恐縮であるが、そんな恨めしい故郷から、「こんな村」から、私自身は「日比谷公会堂」に登壇し「我が國の在り方と日本國憲法は憲法として無效」であるといふ決議を表明し、数年後には愚弟がパリコレのランウェイを歩いた。

私の故郷から将来のRC「世界王者」が生まれる事もあるだらう。
「逆境をバネに」といふ見方もあるだらうが、私はそれを「必要なものが整つた環境」であると思ふ。

吉幾三の「俺ら東京さ行ぐだ」はカラオケでの私の持ち歌であつたが、「オラこんな村いやだ 東京へ出るだ」と決意した結果として「東京でベコ(牛)飼ふだ」「銀座で山買ふだ」といふ点に多くの人は滑稽だと嘲笑するものだが、さう判断させる祖先の営みは本質的な価値を持つ、普遍の真理であると見る事もできるだらう。

・・一応触れるのだが、歌詞としては記載のない「っが!」の意味が長らく分からなかつたのだが、これが実は津軽弁の「ってが」であり、「〇〇ってか」とか「〇〇なーんてな」といふ意味であつたといふのは蛇足であらうか。
何にしても吉幾三本人がどのやうに意図したかといふ事ではなく、その歌詞に対して科学的な正しさがあるといふ事実は動かないし、津軽弁を知らぬ人々がこれを誤認してゐる事実も変らない。「日本國憲法が我が國の憲法である」といふ誤認と同じやうなものである。

豪雪の被害に遭はれた皆さん、応援してゐます!