メビウスの輪を歩く――「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」35話レビュー&感想

©荒木飛呂彦&LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社ジョジョの奇妙な冒険THE ANIMATION PROJECT
位置は来たれり「ジョジョの奇妙な冒険 ストーンオーシャン」。35話では戦いが新たなステージに到達する。徐倫の『C-MOON 』攻略法は何を暗示しているのだろうか?
 
 
「C-MOON」の一撃必殺のパンチを受け、裏返りながら姿を消した徐倫。しかし、徐倫の気配に気づいたプッチ神父は、「ジョースターの血統」と確実に決着をつけるため消えた徐倫の後を追う。そして、プッチ神父は確かに感じ取っていた。徐倫の生存だけでなく、もう一人のジョースター空条承太郎がまもなくここに現れることを……
 

1.裏返りにあらず

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プッチ神父徐倫……動ける状態ではない感覚も感じるが、なぜ生きてる?)
 
宿敵プッチ神父の新たなスタンド『C-MOON 』の「裏返す」能力にどう対抗するかが見どころの一つとなっていた前回。裏返りは今回も重要な要素となっている。なにせ心臓を裏返り攻撃された空条徐倫はなぜか生存しているのだが姿を見せないため思考も描かれず、この35話は半ばまでプッチ神父の視点から描かれているからだ。主人公ではなく悪役の視点から物語を見せる「裏返った」作劇手法が今回は採られている。
 

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プッチ神父(か……顔を触られたッ! 今の手は空条徐倫! 動いている……いったい何をしていると言うのだ? 何をすれば動けるのだ!?)
 
プッチ神父が何度も冷や汗をかく姿からも分かるように、敵としての徐倫は厄介な存在だ。スタンド『ストーン・フリー』によって己の体を糸に変えられる彼女は手足と胴体が同じ場所にあるとは限らず、所在を掴むことすら容易ではない。ましてやプッチ神父は一撃必殺の『C-MOON 』の拳が無効化されるという謎のハンデも背負っている。思いもよらぬ場所から襲われ攻撃も通じない彼の有様に少々ホラーを見ているような気分になった視聴者もいるのではないだろうか。
 

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プッチ神父「出てこい、空条徐倫! お前が逃れられないことは変わりないのだ!」
 
今回の前半には、まるで善悪の彼我が裏返ったかのような倒錯的面白さがある。だが、本当にこれは「裏返った」のだろうか? 否。徐倫生存の理由は、こうした描写が実は裏返りではないことを私達に教えてくれる。
 
 

2.メビウスの輪を歩く

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プッチ神父メビウスの輪か……お前の作っているものは!」
 
心臓が裏返る一撃を受けながら、なぜ徐倫は生きているのか? その理由は驚くべきものだった。姿を現した彼女の心臓周辺は、『ストーン・フリー』の糸化能力によって奇妙な輪っかに変形していたのである。
 

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メビウスの輪』――徐倫生存の理由は、発見したドイツの数学者の名を冠する輪にあった。表面を指でたどっていくといつの間にか裏面に移り、最終的には始点に戻る不思議な輪っか。徐倫はこの裏表のない輪を自分の体に作り、裏返るという概念自体を無効化していたのだ。そして、前節で触れた描写と重ねて見た時この輪は単なるトンチに留まらない。メビウスの輪には確かに裏表は無いが、たどった指はいつの間にか通常なら裏面と呼ばれる側に入りもする。つまりこの輪にも「擬似的な裏面」は存在するのであり、主人公が徐倫のままプッチ神父視点で描かれた前半はまさにこの疑似的な裏面に相当するからだ。
 

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ナレーション「一度も指を離さず表面をたどっていくといつの間にか裏面に入り、一周してスタートした地点に戻る」
 
擬似的な裏面が存在する時、人は裏返ることなく裏側に行く・・・・・・・・・・・・ことができる。自分が見据えていたのと異なる場所に、しかし滑らかにたどり着くことができる。スポーツ漫画で別競技の経験が意外な形で活かされる描写しかり、余った食材の寄せ集めを上手く料理できた時しかり、こういった擬似的な裏面にはまるで最初から決まっていたかのような心地よさがある。……そう、まるで運命に導かれたかのように。
 

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プッチ神父「またジョースターの血統が、空条の血が私とDIOの目的を妨げるというのか!」
 
プッチ神父の目的は、既に語られているように「天国へ行く力」の獲得にある。故に彼は徐倫を始めとしたジョースター家の人間を倒すことには固執しておらず、自分が「天国へ行く」力を得るまでの残り時間で家族や大切な人と過ごした方がいいと忠告したことまであった。だがこのケネディ宇宙センターでの戦いで彼は考えを改め、徐倫を自分が克服すべき運命と認識するようになった。だから彼は生存していた徐倫を放置せずトドメを刺そうと捜索したわけだが、思惑と異なりこの克服は必ずしも打倒を意味していなかった。
 

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プッチ神父「私に力を貸してくれるのは、そのジョースターの血統どもだったのだ!」
 
プッチ神父は生きていた徐倫を追い詰めるも、彼女を打倒するどころか大ピンチに陥る。復活した彼女の父である承太郎、はぐれていたエルメェスアナスイエンポリオといった仲間が集結し、逆に囲まれてしまったのだ。最強のスタンドとも呼ばれる承太郎の『スタープラチナ』に殴打され窓のフレームに突っ込ませられたプッチ神父は絶体絶命、敗北はもはや必定――だがこの状況で彼が浮かべたのは絶望の苦しみではなく、むしろ確信的な笑みであった。
 

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プッチ神父「理解したぞDIO! これだ、36時間後の新月はもう待たなくていい!」
 
「天国へ行く力」を得るために必要なのは、盟友DIOの緑色の赤ん坊と一体化した者がケープ・カナベラルで新月の時を迎えることだとされていた。新月まではまだ36時間あり、故に徐倫達はシンプルに戦いに集中できた。しかし『C-MOON 』の重力操作で宙に浮かび上がったプッチ神父は、必要なのは新月の時間そのものではなく新月の時と同じ重力条件に過ぎないことを語る。これは別に彼が嘘をついていたわけではない。承太郎にフレームに突っ込ませられて意味が分かったと言っているように、プッチ神父は重力操作による徐倫達との戦いを通して発見したのだ。彼女を始末しようと全身全霊で臨んだ結果、天国へ行く方法を見つけるという擬似的な裏面・・・・・・にたどり着いたのがこの答えだった。いわば彼はメビウスの輪を一周して始点へ戻ってきたのである。そしてこのメビウスの輪プッチ神父に示したのはもちろん、『C-MOON 』の裏返り能力が未完と証明した徐倫に他ならない。故にプッチ神父ジョースターの血統がむしろ自分の味方だったと悟るのである。
 

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徐倫「まさかあいつ、ヤツに与えてはならない何かを知ったんじゃ……! あいつの能力を完成させる条件を……!」
 
徐倫達は無論、プッチ神父を助けようなどと思って戦ったわけではない。だが、どこまでも敵として戦ったにも関わらずかえって助けとなってしまったこの結果はなまじな敗北よりもたちが悪い代物だ。徐倫達はプッチ神父に、敵としての己を打倒ではなく克服されてしまったと言えるだろう。
敵味方は裏表の関係だが、メビウスの輪の上ではひっくり返ることなく裏表が入れ替わる。徐倫達は、プッチ神父メビウスの輪を歩くため先導者になってしまったのだ。
 
 

感想

というわけでアニメ版ジョジョ6部35話のレビューでした。「裏返しじゃなくメビウスの輪なんだ!」という思いつきを形にするのにうんうん悩み。かなり抽象的な内容になりましたが上手く文章化できてるでしょうか……
 
今回は劇伴が印象的で。承太郎が復活して勝ったッ! 第6部完!という状況なのに漂う不穏な空気がよく感じられました。魂が死んだ状態で筋肉とか衰えてただろうに駆けつける承太郎、週刊誌でなくアニメの時間間隔で見ると体に鞭打ってるなあ。さて、天国へ行く力を手に入れたプッチ神父の大暴れがどんなふうに描かれるのか。本当に色々と映像化が楽しみです。
 

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