新生きる極寒シベリアで生き抜いた男 定期便

新生きる極寒シベリアで生き抜いた男 定期便

老人より戦後ソ連の捕虜となりシベリアへ抑留された話を聞き、自らソ連の盾となり命を救ってくれた小隊長の行方を奇跡的に捜しあてる。半世紀以上の奇跡の再会のレポートを記してゆきます。

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 渡邊中隊長は、マルシャンスク収容所でお亡くなりになられたことは、村山常雄さんのサイトから知ることができました。

 村山常雄さんは新潟・糸魚川に住んでおられる元シベリア抑留兵で、独自のルートでシベリアで
亡くなられた方の名簿を作成された方です。(実は小隊長をさがしているときに、お力添えを頂き、
わざわざウスチカメノゴルスクで亡くなられた方の名簿を作成頂きました。)


 マルシャンスク収容所は、モスクワ近郊にあった収容所で将校クラスが収容されておりました。有名なところでは松岡外相の御子息が収容されていたそうです。

 マルシャンスクの情報は少なく、ここに収容された方が書かれた本を探すことにしました。

マルシャンスク収容所


「わが青春の苦闘~マルシャンスク収容所~」という本サイトで見つけました。この本を読めば渡邊中隊長がどのように亡くなられたのかの手掛かりがつかめるかもしれない。もしかしたら実名で紹介されているかも・・・と期待を込めておりました。

 しかし、この本は市販されておらず、どうしたら手に入れられるか悩みました。著者のS氏が東京あきる野市にお住いということなので、もしかしたら地元の図書館に寄贈されているかもしれない・・・。そう思い、あきる野市の図書館に問い合わせをしてみることにしました。




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九州での小隊隊長とのやりとりを小保さんに報告しました。

 放送とは関係のない、渡邉中隊長のことを涙ながらに話されていた。

 なぜ、こんな状況の場所で、私の前でおっしゃれられたのか?

 多分、ご家族にも話されていないことを堰を切ったように私に話されたことは、

 部下である小保さんにも見せられないこと。唯一、小隊長や小保さんのことを

 わかっている私にこのことを叫びたかったのではないか?


 3年前の奇跡の再会の時に、渡邉中隊長はマルシャンスク収容所で亡くなられました。

 このひとことで終わらせたことに、小隊長としては、心に残っていることで、もっと

 渡邉中隊長のことを聞きたかったことではなかったことではないかと思いました。
 
(3年前の奇跡の再会のときは、報道陣がつめかけており、落ち着いて話ができない状態

 であったことは間違いありません)


 もしかして、小隊長は、暗に私に渡辺中隊長がどのように亡くなられたのかを調べて

 ほしかったのではないか?


 このことを小保さんに相談をしました。

 小保さんが、吉山小隊長を慕っていたように、吉山小隊長も渡邉中隊長のことを慕われて

 いた。言葉に表せない精神的な結びつきを小保さんは痛いほど理解されていました。



    渡邉中隊長のことを調べられるのはおまえしかいない。


    なんとか吉山小隊長の力になってやってほしい。


 そう、小保さんは私に言われました。

 久々に心に火がついた私は、渡邉中隊長がマルシャンスク収容所でどのような目にあわれたの

 か、調べることにしました・・・。





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小隊長は、もう一枚の紙をだして,あることを読み始めました。

涙ながらに読んだ内容は、上官の渡邉中隊長のことでありました。


実は、3年前の奇跡の再会の場所・羽犬塚駅で、小隊長はしきりに渡邉中隊長の行方を

気にされていました。


このとき、私は既に渡邉中隊長のことは、糸魚川のシベリア抑留死亡名簿の情報を集められている

村山常雄さんから、渡邉中隊長は、モスクワ近郊のマルシャンスク収容所の病院で亡くなられてい

ることを知っていました。

近くの割烹で小隊長と話をする機会があったので、地図を片手に、マルシャンスク収容所の場所と

村山さんが作成した死亡名簿をお見せしていました。


多分小隊長は、このことが、すごく気になっていたのでしょう。ご家族にも話せず、心にしまって

いたことが、小保さんとの再会によって溢れ出してきたのが、このときわかりました。

小保さんが吉山小隊長を尊敬し慕っていたように、吉山小隊長も渡邉中隊長のことを尊敬し慕って

いたことがわかりました。上官と部下との心のつながりを感じておりました。


ただ、この場はテレビ放映するための撮影の場所でした。小保さんとの再会の経緯や収容所

での事件のことをインタビューする場所でしたので、カメラが回る中、小隊長が中隊長ののこと

を思われていたことを叫んだことは私にとっては想定外のことでした。


なぜ、小隊長は私に向かって渡邉中隊長のことを言われたのか・・・?

一晩考え続けました・・・。

もしかしたら、小隊長は中隊長がどのような収容所で亡くなったのか、どのように亡くなられた

のかを知りたかったのかもしれない・・・。その仕事ができるのは、私しかいないことを察し

暗に私に中隊長のことを言われたのかもしれない。そう考えるようになりました。


そして、撮影後に小保さんに、そのことを相談したのでした・・・・。



$新生きる極寒シベリアで生き抜いた男 定期便-マルシャンスク収容所