『「悪知恵」の逆襲』刊行記念 単行本未収録回を特別公開(その2)「ライオン」 | 鹿島茂の読書日記

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『「悪知恵」の逆襲』(清流出版 2016/11/19)の刊行を記念して、

単行本未収録回を特別公開(その2)「ライオン」

 

『「悪知恵」の逆襲』内容紹介

「すべての道はローマに通ず」「火中の栗を拾う」など、
多くの名言を残した17世紀の詩人、
ラ・フォンテーヌによる大人のための寓話集を
現代日本の状況と絡み合わせて考察。
鹿島流の解釈で、現代を斬る。
正直者は本当に馬鹿を見る? フランス流、賢い考え方・生き方に学べ! つまり、本書のコンセプトは、ラ・フォンテーヌに学んで「大人の思考」ができるようにすることである。 では、「大人の思考」とは何か? それは、選択肢を前にして、何が自分にとって一番得かを自分の頭だけで徹底的に考え抜くことである。
目先の利益や、見せかけの親切、甘い言葉、儲け話に騙されてはいけない。論理的にしっかり考えて、真の意味での自己利益を追求せよということなのである。
(「まえがき」より)

 

 

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「ライオン」(2016/05/17、清流出版ブログに掲載)

 

ライオン王子が、まだ子どものうちなら、何ら恐れることはないが、何の手も打たずに、やがて成長して、ライオン王になるまで放っておくなら、将来、痛い目にあうことを覚悟しなければならない。

  

「陛下、ライオン王子がまだ小さいうちに、亡きものにしなければ」

 

 アメリカ共和党の予備選挙でトランプがニューヨークで圧勝し、共和党の大統領候補となる可能性が出てきた。トランプは、日米安全保障条約は日本が「タダ乗り」している不平等条約だから、これを廃棄してアメリカ軍を日本から撤退させ、その代わりに日本にも核武装を認めると主張している。これを額面通り受け取れば、「戦後レジームからの脱却」を謳う安倍首相にとっては千載一遇のチャンスであり、ここはなんとしてもトランプの当選を願わなければならないということになるが、しかし、実際のところはどうなのだろう? 第一、トランプは大統領に当選したとしても本当に日本の核武装を容認するのだろうか?

 この問題を考えるのに最適なテクストが「ライオン」という寓話である。

 その昔、東方の王国の盟主ヒョウ王は、栄華を誇っていた。牧場ではたくさんのウシが草をはみ、林ではたくさんのシカが群れ、平野にはこれまたたくさんのヒツジが放牧されていた。

 そんなとき、近くの森の王国で、一匹のライオンが生まれた。

 ヒョウ王は形どおりの祝福を送り、ライオン王国も感謝の言葉を返した。

 しかし、ふと不安に駆られ、ヒョウ王は、老練な大臣のキツネを呼び寄せて考えを聞くことにしたが、その前に自分の考えを述べた。

「どうやら、おまえは隣国のライオンの王子を恐れているようだが、しかし、あれの父親のライオン王はもう死んでしまったのだ。あんなチビになりができるというのか? むしろ、気の毒なみなし子として憐れんでやるのがいい。第一、ライオン王国はたくさんの問題を抱えている。あえて征服など試みるまでもあるまい。とりあえず、いま我が国がもっている領土を保持してゆくにとどめよう。そのほうが運命から大きな援助を受けるだろう」  こうしたヒョウ王の楽観論に対し、キツネの大臣は首を横に振って答えた。

「陛下、わたくしはあの孤児にまったく憐れみを感じません。ライオン王国に対しては隷属的な友好関係を強いるか、さもなければ、あの王子の爪と歯が伸びて来る前に、そう、われわれに危害が及ぶ前に、断固として、あの王子を亡きものとするよう努めなければなりません。ひとときも放置していてはなりません。 わたくしがひそかに占ってみたところでは、あの王子は戦いを通して成長すると出ました。 地上にいるライオンの中で最も強いライオンとなるはずです。 ですから、 友軍とすることができましたら、 これ以上に頼もしい味方はないということになります。 王様、 以上のような理由により、 選択肢は、 友軍とするか、さもなければ、 ライオン王子の力をそぐか、 二つに一つなのです」

 キツネは雄弁を奮ったが、諌言は無駄だった。ヒョウ王は舟をこいでいたからである。

 それどころか、ヒョウ王国の全員が、けものたちも、戦士たちもみんな眠っていた。

 そうしているうちに、いつしかライオン王子はまごうことなき雄ライオンに成長した。そのライオン王が怒り狂って、ヒョウ王を攻撃するという噂がとんだ。

 ここに至って警鐘が鳴り響き、騒ぎはいたるところに広がった。ヒョウ王から意見を求められたキツネ大臣は嘆息しながらこう言った。

「なぜあのライオン王子を怒らせてしまったのです? 事態はもはや絶望的といっていい。いまから一千の援軍を求めても無駄です。援軍が多くなれば、その分、彼らを養うための費用が出ていく。援軍というものは、分け与えられたヒツジをむさぼりくうだけで何の役にもたたない。

 どうせなら、ライオン王子の怒りを静めるよう努力すべきです。彼はたったひとりでわれわれの同盟軍に優に勝るだけのものをもっています。それに、ライオン王子には、まったく費用のかからない味方が三つあります。勇気と力と、それに警戒心です。これにはどんなものも勝てない。

 さあ、ライオン王子の足元にまずヒツジを一匹なげてやりなさい。それで足りなかった、さらに何匹も投げてやるべきです。ついでに、牧場でいちばん太ったウシも付けてやることをお忘れなく」

 キツネ大臣のこの提案はヒョウ王の容れるところとはならなかった。その結果、事態は悪化し、ヒョウ王国の友邦国はライオン王国の侵略に苦しんだ。どの国も勝てなかった。みんな負けてしまった。力を合わせて戦ってもだめで、結局、ライオン王子が動物帝国の覇権を握ったのである。

 かくて、教訓。

「ライオンが大きくなるのを放置しておくなら、その友になるほかない」

 

日本は、「やむをえず」核武装に踏み切ることになる

 

 さて、この寓話からいかなる教訓が引き出されるだろうか?

 第二次大戦後、トルーマン政権では、ライオン王国のライオン王子(日本軍)を真に恐れたキツネ大臣の意見が主流を占め、ライオン王子を抹殺してしまうという方針に傾いた。かくて、東京裁判が行われ、日本国憲法には第九条が挿入された。ところが、冷戦の到来で、ライオン王子(日本軍)は死刑を免れ、アメリカの友邦軍としての警察予備隊という位置付けで延命を許されることとなった。アメリカは復活した日本軍を友軍と見なし、警察予備隊が自衛隊と名を変えたあとも存続を許した。ただし、その友軍扱いは、あくまでアメリカに対して従属的な位置にある友軍としてである。 

 だが、戦後も七十年以上経過し、前代のライオン王に痛い目にあわされた経験を忘れたのか、アメリカでは、トランプという愚かなヒョウ王が即位しそうになっている。しかし、トランプがいかに愚かでも、ライオン王子(日本軍)が逞しく成長し、ヒョウ王国を脅かすほどに強くなることへの警戒心は国防省やペンタゴンに強いから、実際には、核武装を認めるという方向には向かわないのではないか? アメリカにとっては、北朝鮮が核武装するよりも日本が核武装するほうがはるかに脅威は大きいはずだからである。

 となると、トランプ政権下での日米関係はそうとうに微妙なものになるはずである。

トランプは公約通り、在日米軍を日本から撤退させるだろう。しかし、公約と違って日本の核武装はおいそれとは認めないだろうから、日本は通常兵器で自分の国を守らなければならないことになる。しかし、そうなると、これまでとは比較にならないほどの軍事費がかかる。原発と同じで、核兵器は非常に安上がりの兵器なのだが、それを禁じられる以上、通常兵器の精度を高めるしかないからだ。

 しかし、少子高齢化で、ただでさえ国力が劣っているところに、GDPに占める軍事費の割合が大きくなるのだから、国民の暮らしがさらに悪くならないはずはない。

 すると、国民の間から安上がりな核兵器に兵器を切り替えろという声が上がってくるだろう。かくて、日本は「やむをえず」核武装に踏み切ることになる。しかし、そのときには日米関係は最悪の段階に達しているのである。

 これがトランプ政権誕生という悪夢の結末なのである。

 日本としてはクリントンが勝ってくれることを望むのみである。

 

2016/11/19発売 『「悪知恵」の逆襲』

 

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