女性専用車両 | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 ゴールデンウィークが明けた。月曜の朝、会社へ向かう駅のホームでプラカードを持った警備員を見かけた。「最後尾」のプラカード? まさか、と思って覗き込むと「女性専用車」と書かれていた。この日(二〇〇五年)から首都圏の鉄道十社が、朝の通勤時間帯に女性専用車両を一斉に導入したのだ。

 女性専用車両は、痴漢や盗撮から女性を護るために導入された一策である。興味本位で遠巻きに眺めていると、ほどなく女性を満載した車両がホームに入ってきた。背広姿がないせいか、車内がカラフルで明るい。だが見慣れぬためか、一種異様な光景に映った。まあ、最初のうちは興味本位で乗る女性も多いだろう。もし、男性専用車両ができたら……、考えただけでゾッとする。

 そこで私の想像が逞しくなった。どうみても痴漢や盗撮に遭いそうもない高齢の女性がそんな車両に乗っていたら、と考える。また、この車両に乗る資格があるのかどうか、ホームで逡巡している女性が、

「あの……この車両に、私、乗った方がいいのでしょうか」

「そうですね……お客様でしたら、あちらの車両でも別に問題はないかと思いますが」

 駅員の会話が頭をかすめた。

 女装して女性車両に潜り込もうとするオッサン……、月曜の朝から妄想が膨らむ。

 

 学生のころ、二年上の先輩にひどく派手な女性がいた。彼女は、黒を基調とするヒラヒラした服装が好みで、一歩間違えば夜の女と見紛う妖(あや)しさだった。胸元の深く開いた服にミニスカート。とてもセクシーで魅力的な女性だったが、男子校から入学して間もない私には、近づきがたい「お姉さん」と映っていた。

 あるときその女性が、同期の男の先輩と部室で話しているところに出くわした。

「……ほんま、ひどいんやでぇ。今日は二人同時やで、後ろと前と。パンツに手ぇ入れようとするんやから。引っ掻(か)いたったわ」

「お前なぁ、そらぁしゃーないでぇ。そんな格好やし……イラわれて楽しんでんのとちゃうか」

「アホ言わんといて」

 彼女は、毎朝大阪から京都まで通学していた。

「Aちゃん、今日はどないやった」

「なぁなぁ、聞いてぇなぁ、それがな……」

 私はその二人の会話を、ひどく興奮して拝聴していた。

 女性専用車両ができたからといって、痴漢がなくなるわけではない。根本的な問題解決にはならないのだが、そんな理想論は言っていられない。まずはできるところから、ということなのだろう。それほどひどいものなのか、と改めて思った。

「何だよ、てめェ! 触ったのは、この手だろ、この手ッ! しらばっくれるんじゃねェよ」

「イ、イヤ、俺じゃないって……」

 男の声は消え入りそうで、よく聞き取れない。若い女の子に二の腕をつかまれた男の姿をこれまで幾度、目にしてきたことか。

(おとうさん、ダメだよ。気持ちは分るが……。あんた、これからどうするの。大変だよ、会社とか家族とかいるんでしょ)

 そんなことを考えつつ足早に改札をすり抜け、乗り継ぎ電車の次の改札へと向かう。

 いうまでもなく痴漢は犯罪である。当然、現行犯逮捕されてしかるべきものだ。だが、不謹慎な話だが、男の側からみると、場合によっては同情論がないわけでもない。ダメだと分っていてもつい手を出してしまう、その気持ちがわかる。それは男という「性」がなせる過ち、いたし方ないと思う場合もなくはない。

 毎朝のことだが満員電車に、目を疑うほど短いスカートを穿いて乗ってくる女性がいる。特に、女子高生のスカートの裾は、限界までたくし上げられている。少しでも前かがみになると、パンツが丸見えなのだ。だが、彼女らにしてみれば、それは想定の内、つまり許容範囲のようだ。

 また、「見せパンツ」や「見せブラジャー」で、男の歓心を得ようとする女性(ギャル)もいる。寄せて上げられた胸の割れ目と、極端に浅い腰パンで尻の割れ目を目の前に差し出されたら、はたして何人の男が無関心を装いとおせるか。男は「割れ目」に弱い。敵は男の弱点を知っているのだ。

 エサを目の前に「待て」を言い渡された犬が、ヨダレをたらしながら情けない表情でじっと待っている、そんな光景が浮かぶ。彼女らは、そんな男たちを横目にあざ笑っているのだ。我慢できたヤツが立派な男で、できなかったヤツが犯罪者となる。

(おいおい、見えてるよ)

(じろじろ見てんじゃねぇよ、このクソオヤジ!)

(そんな格好をしているお前が悪いんだ、バーカ)

(ドスケベ! ヘンタイ!)

 暗黙の応酬が繰り広げられる。

 近年、女性は、ますますキレイになっている。こちらが年をとったからそう見えるのかもしれない。だが、オシャレは確実に進化している。化粧品の発達もさることながら、女性の羞恥心の希薄さが、男の目を惑わせている向きもある。肌を隠す美徳ではなく、積極的に見せようとするオシャレだ。

「男女七歳にして席を同じうせず」というが、満員電車に男女の「性」が混在していることが、罪作りなのだ。なにより、電車が混みすぎなのだ。

 女性専用車両の登場は、男の壁に囲まれて小さくなっていたか弱い女性の救済となった。また、いやらしい男の視線を避けるため、女性車両の人気が増す可能性もある。必然的に一般車両が男性車両と化していく。

 今、サラリーマンの自殺が社会問題となっている。鬼門は月曜の朝だ。もし男ばっかりで電車に乗るようなことになったら、ますます会社への足が重くなる。

 ゴールデンウィーク明け、様々な妄想にとり憑(つ)かれ、ひどく疲れて会社へと向かった。

 

  2005年6月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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