遠い家路 | こんけんどうのエッセイ

こんけんどうのエッセイ

  Coffee Break Essay ~ essence of essay ~

 もう十年も前のことになるが、東京で二十八年暮らしていた。その間、不況、不況といわれながらも高層ビルが次々と建ち、東京の街並みは変貌した。さらにここ数年、東京オリンピックの開催とも相まって建設ラッシュが爆発的に巻き起こり、もはや私の知っている東京は遠いところにいってしまった。

 東京が変わったのは、建物ばかりではない。地下鉄が次々と延長され、思いもかけないところから電車が乗り入れてくるようになった。違う鉄道会社の電車が他社の線路を走る「相互乗り入れ」というやつだ。ただでさえややこしい東京の地下鉄が、いよいよこんがらかって訳が分からなくなってしまった。

 私がふだん使っていた西武池袋線には、今や地下鉄有楽町線が当たり前に行き交っている。副都心線が開業し、渋谷まで乗り継ぎなしでいけるようになったと思っていたら、数年もしないうちに東急東横線と直結し、横浜中華街まで繋がった。つまり、埼玉県の秩父から都心を突き抜けて神奈川県の横浜中華街まで一直線である。にわかに信じがたい。東京メトロ千代田線の北千住駅で小田急のロマンスカーを見たときには、何かの間違いではないかと目を疑った。

 地下鉄の延長は、利便性の向上をもたらす。それは誰もが認めるところではあるが、私としては手放しで喜べないものがあった。

 私は酒に酔うと、電車の中で寝るくせがある。しかも、うとうととするのはまだいい方で、時に熟睡する。会社帰りにしたたかに飲んで、ハッと目覚めたら、目の前に山があった。慌てて電車を飛び降りたが、状況が把握できない。何だ、この山は! 練馬には山がない。しかも、けっこう雪が積もっている。駅名の看板を探すと、「多摩境」とあった。どこだ? と思っていると、次が終点の橋本駅だった。八王子の近くである。都営新宿線が京王線に乗り入れているため、そんなことになってしまったのだ。終電でなかったことが、不幸中の幸いであった。この都営新宿―京王ラインには、これまでに何度も痛い目に合わされてきた。

 私は結婚して二年ほど杉並にいたことがある。最寄り駅は、京王線の明大前駅であった。会社へは都営新宿線への相互乗り入れで、一本でいけるようになっていた。それは便利な半面、危険なことでもあった。

 ある月曜の夜のこと。その日はいつも以上に疲れていたうえに、会合が二次会に及び、したたかに酔っていた。なんとか乗り過ごすことなく無事に明大前にたどり着いてホッとした。だが、アパートまで歩いて十分ほどの距離が辛かった。ひどい千鳥足で、描いたようなジグザグ歩行だった。自宅までいつもの倍近い時間がかかった。アパートが近づくと、二階の我が家の部屋の明かりが見えるのだが、その日は電気が消えて真っ暗だった。遅く帰っても、明かりが消えていたことは今までになかった。娘に何かあったのかと心配になった。そのころ娘はまだ二歳で、夜中に高熱を発することがしばしばあった。まだ携帯電話のない時代である。

 嫌な予感がして足を速めたのだが、急ぐほどに足が絡まる。転びそうになるほどよろけ、左右の住宅のブロック塀にぶつかりながら、やっとの思いでアパートにたどり着いた。階段を駆け上がり、ドアの前に立って愕然とした。貼紙があったのだ。干からびた糸ミミズのような筆跡は、紛れもなく私のものだった。「転居しました」と。「なぜだ?」と思った瞬間、状況が呑み込めた。

 二日前の土曜日に、我が家は練馬の社宅に引っ越していたのである。その日から、都営新宿線の浜町駅から三つ目の小川町駅で東京メトロ丸ノ内線に乗り換えなければならなかった。だが私は、例のごとく電車に乗ったとたんに熟睡してしまい、ハッとして飛び降りた駅が偶然にも二年間かよい慣れた明大前駅だった。酔っていたこともあり、いつもの感覚で電車に乗っていたのだ。

 休み明けの月曜日、ただでさえ疲れているところに、土、日の引越しが加わっていた。しかも二次会……。その泥酔が一瞬にして覚めた。長居は無用、顔見知りに見つかったら言い訳の言葉が見つからない。親しかった人たちに見送られて転居していた。

 階段の降り口まで戻ったところで、背広姿の男が上ってくるのが目に入った。眼を凝らすと隣のご主人だった。逃げ場がない。相手もかなり酔っている様子だった。急ぐふりをして駆け降りるしかない。正面突破だ。数段駆け降りたところで、ご主人が顔を上げた。

「ああ、コンドーさん」

 ひどくロレツが回っていない。

「ああ、どうも。それじゃあ、いってきまーす」

 咄嗟(とっさ)にそんな言葉が口を衝(つ)いた。

「いってらっしゃーい」

 ふだん無口で不愛想なご主人から、なんともトンチンカンで陽気な声が返ってきた。ホッと胸をなでおろした。振り返ると階段の上り口に立ったご主人が、こちらに向かって大きく両手を振っていた。

 家に入ってから、「今、そこでコンドーさんに会ったよ」と遅くなった口実の前に、私のことを引き合いに出したに違いない。

「なにを寝ぼけたこといっているのよ。一昨日引っ越したでしょ、コンドーさんは。あなたもいたじゃない。こんなになるまでどこで飲んでいたのよ、ホントに」

 そんな夫婦の会話を想像しながら、私ははるか遠い転居先を目指し、再び駅へと向かったのであった。

 

  2009年6月 初出  近藤 健(こんけんどう)

 

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