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光る君へ (19)放たれた矢

(2024日)


長徳元年(995)4月に道隆が死去し、間もなく道兼も他界。
様々な思惑を経、一条天皇は道長を内覧とし右大臣に昇格させた。


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陣定の後、伊周が道長に手をかけた。
伊周は道長の昇進を道長の野心からだと思い込んでいた。
道長はサラッと除けて伊周が倒れ笑いものとなり、隆家と共に参内しなくなった。


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詮子は道長に陣定に知り合いを入れろと要求するが、
道長は拒否。詮子は一条天皇に持っていくとした。


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道長の妻明子の兄源俊賢が参議となり、道長牽制のためと伊周と隆家に参内を求めた。
前職蔵人頭の時に一条天皇の意がそこにあるとお見受けしたとしたが、
道長の意で、道長の悪評を抑えるためだった。


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まひろがききょうの友人として定子と対面するが一条天皇も来られた。
宋の科挙が望みだと語る。


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為時は従六位で淡路守を求めたが、道長の推挙で従五位下となる。


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伊周が通っていた家に牛車が止まっていて傷心していると、
隆家が矢を放った。


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NHKオンデマンド 光る君へ


花山院だった。



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