大 日 本 精 神

  此の最大危局に對し最後の此の大策を謬る時は國家の勝敗を超越し未だ史上に見ざる民族滅亡の恐れある前夜に迫つた


此の未曾有(みぞう)の國難(こくなん)に際し、不完全なる羅針盤(らしんばん)のもとに如何に一億總蹶起(そうけっき)するも目的の彼岸に達する事容易ならず。 況(ま)して羅針盤に狂ひ有る時は總努力に反比例して國難を招來(しょうらい)する惧(おそ)れ有(あ)り。故(ゆえ)に根本方針を定めるに今日程重大なる時なし。

現に執(と)りつゝ有る方針は、何人(なんぴと)の樹立なるや不明なるも、此の重大國難(じゅうだいこくなん)を招來せし以上、之(これ)が共産主義者やユダヤの謀略(ぼうりゃく)にあらずとも、濱口(雄幸)内閣の金解禁(きんかいきん)の如く、如何(いか)に善意による錯誤(さくご)の爲(た)めの失態(しったい)とするも其の重大なる責任をまぬかれず、國民(こくみん)も今後大いに警戒を要す。

已(すで)に我が領土の一部には敵の上陸する處(ところ)となり、此の上何時(いつ)我が本土に大擧(たいきょ)襲來(しゅうらい)して伯林(ベルリン)及(および)ハンブルグ以上の大慘劇(だいさんげき)を生ずるや計り難し。此の國難を招來せし根本原因は外に向(むか)ひ世界の新秩序又は萬國(ばんこく)其の處を得せしめ亞細亞(アジア)十億の民族開放を計り、國内には獨伊同樣(どくいどうよう)新體制(しんたいせい)を確立せんとする大理想の下に、獨伊と相呼應(あいこおう)し東西より火蓋(ひぶた)を切りしに依(よ)る。然(しか)し獨伊は前大戦の後をうけ窮乏(きゅうぼう)の極(きわみ)にあり、之を打開せんが爲(た)め國内組織に大切開手術を施し、其の苦痛と不平により統一を亂(みだ)す恐れあるに依り、其の批判力を奪はん爲め種々(しゅじゅ)の理想標語(りそうひょうご)を作り、其の呪文により國民を麻醉(ますい)せしめ、此の老體國(ろうたいこく)の病原を除去せんとして施(ほどこ)した非常手段にして、常道(じょうどう)にあらず。

而(しか)し、我が國は世界に比類(ひるい)なき天壤無窮(てんじょうむきゅう)の國體(こくたい)にして、三千年の地下準備なり漸(ようや)く世界の大舞臺(だいぶたい)に乘り出し、僅(わず)か七十餘年間(ななじゅうよねんかん)にして忽(たちま)ち經濟(けいざい)に、文化に、軍備に至るまで世界強國をも凌(しの)ぐ前例なき大發展(だいはってん)をなし、將(まさ)に超人爲的(ちょうじんいてき)に世界最大強國となり、全世界を支配し得る運命付けられたる環境に有りし□□ヒットラーの利己的巧妙なる謀略宣傳(ぼうりゃくせんでん)の爲め催眠術的誘導(さいみんじゅつてきゆうどう)の罠(わな)に陷入(おちい)り、遂に大發展途上(だいはってんとじょう)の我が國家機構(こっかきこう)の大變革(だいへんかく)を計らんが爲めに大切開手術をせんとし鈍刀(どんとう)を打込み、内憂(ないゆう)と外患(がいかん)を同時に招來し、全く累卵(るいらん)の危(あやう)きに至らしめた。伊もヒットラーの爲めに心臓と呼吸の連絡を失ひ、獨も亦(また)命旦夕に迫る(めいたんせきにせまる)。

斯(かく)の如(ごと)く我が國は根本に於(おい)て英米獨伊(えいべいどくい)と全く異なり、比類なき三千年の過去と永遠の生命がある、其の異なれる特長を破壞(はかい)して、亡(ほろ)びんとする獨(どく)を模倣(もほう)する程(ほど)過(あや)まれるはなし。

古語(こご)に角(つの)を矯(た)めんとして牛を殺す譬(たとえ)あり。然(しか)るに今日の有樣(ありさま)は隣家(りんか)の牛の角を矯(ただ)さんとして其の牛の爲めに突落(つきおと)されんとする如き危險(きけん)あり。

 此の際(このさい)、英米模倣(えいべいもほう)を捨てると同時に、獨伊模倣(どくいもほう)をも排除し、「眞の日本本來の姿」に還(かえ)らざれば此の國難(こくなん)を救ひ難し(すくいがたし)。此の大戰(たいせん)を眞の聖戰(せいせん)たらしむるには、萬國(ばんこく)其の處(そのところ)を得せしめんとするに先達(さきだ)つて、我が國民に其の處を得せしめよ。東亞十億の民族開放に先達つて自國民(じこくみん)の眞の自由を計れ。而(しか)して、近きより遠きに及ぼすのが順序である。如何なる理想も順序を誤る時は成就の見込絶對になし。然(しか)るに今日は祖父傳來(そふでんらい)の職業を全部返還し、必需物資(ひつじゅぶっし)まで殆んど供出(きょうしゅつ)し、日常生活に今日程不自由はなし。之(これ)が戰時による消耗なれば止むを得さる(やむをえざる)も、統制の缺陷(けっかん)による物資の偏在(へんざい)と低物價政策(ていぶっかせいさく)による物資の海外流出が大(だい)なる原因の一つである。之(これ)は個人主義より發生(はっせい)したる科學的統制(かがくてきとうせい)の爲(た)めである。東洋特に日本は、超科學的「道」(ちょうかがくてき・みち)に於(おい)て成立せる國である。其れは人に生命と感情あり、宇宙に時間と空間がある、之が宇宙と人間社會の根本要素にして、而(しか)も其の要素全部が今日の科學では割り切る事が出來ぬ、超科學的存在である。此の根本要素を度外(どがい)した現代科學的統制は造花(ぞうか)の如く一見好く見ゆるも生命がなく、從つて結實(けつじつ)しないのである。ヒットラーの今日の苦境も皆其處(そこ)に原因がある。其の最も大なる彼の錯誤はソ聯に對(たい)する政策であつた。其れは大自然力と人の感情を度外して敵地深く大軍を進め、自然に對する叛逆者(はんぎゃくしゃ)となつたのはナポレオン同樣(どうよう)である。如何に英雄と謂(い)へども、自然の産物である。其の母體(ぼたい)たる大自然力を無視する者の滅亡は當然(とうぜん)である。英雄にして斯(かく)の如し、尚更(なおさら)凡俗(ぼんぞく)が英雄を模倣(もほう)して自然に叛逆する時の將兵(しょうへい)ほど哀れなものはない。故(ゆえ)に日本は、何處(どこ)までも超科學的「道」(ちょうかがくてき・みち)に依(よ)つて進まねばならぬ。

 國(くに)危(あやう)くして忠臣(ちゅうしん)出(い)で、家貧しくして孝子(こうし)出(い)づるも、皆其の「道」の爲めである。東條(英機)前首相の言はるゝ如く、無(む)より有(ゆう)を生ぜしめ、二二ンが八も、超科學的原則(ちょうかがくてきげんそく)の一つである。其のコツを得て始めて、寡(か)を以て衆(しゅう)を亡(ほろ)ぼし、今日(こんにち)の大東亞戰爭(だいとうあせんそう)にも勝つ事が出來る。然(しか)し、口(くち)に如何(いか)に「超科學的原則」を説いても、なす事が模倣(もほう)で有(あ)つては、二二ンが零(ゼロ)となつて、國(くに)を亡(ほろ)ぼす事になる。

 今日(こんにち)、米(べい)が東西に於(おい)て積極的に進出を計りつゝ有るも、之(これ)は米國(べいこく)が強力の爲(た)めのみに非(あら)ず、大部分相手の愚策(ぐさく)に依(よ)る處(ところ)にして、此のまゝ彼も圖に乘る(ずにのる)時は、遠からず自然の反逆者となつて大敗を招く事明らかである。眞の勝敗は決して、人や物の多少のみに依るものに非(あら)ず、最も大なる勝敗の原因は、大自然力(だいしぜんりょく)を生かすと否(いな)とに依(よ)る。

斯(かく)の如く、我國(わがくに)が天壤(てんじょう)と共に無窮(むきゅう)にして、三千年の歴史を有するも、皆、超科學的「道」(ちょうかがくてき・みち)に依つて生れ、亦(また)「道」を守る所にある。然るに歐米(おうべい)は人爲(じんい)に依り作り上げたる「共産主義」、或(あるい)は「國家全體主義(こっかぜんたいしゅぎ)」、又は「自由主義」等、次々と新規の組織が生れ、其の中より「滅私奉公(めっしほうこう)」、「公益優先(こうえきゆうせん)」等、種々(しゅじゅ)の標語(ひょうご)が現れて來るが、之等(これら)は皆(み)な個人主義の缺陷(けっかん)に對(たい)する反動的一時の現象にして、「中道(ちゅうどう)」を得たものでない。之(これ)に引替(ひきか)へ我が國は、子は親のため、親は子の爲め、民は君の爲め、君は民の爲めに盡(つく)す所の「自他君民一體(じたくんみんいったい)の國」である。故に、正しき「自己の爲め」は「君の爲め」、「國の爲め」、「親の爲め」、「子孫の爲め」となるのが歐米と異なる「眞の日本の姿」である。之を忘れて、他國の病的奇現象に眩惑(げんわく)して「國家の大計(こっかのたいけい)」を誤る、之程(これほど)大罪(たいざい)はなし。故に我が國は、何等(なんら)の「主義」も「新體制(しんたいせい)」の必要もなく、只現在の如き行過(ゆきす)ぎと踏外(ふみはず)しとを「日本本來の姿」に引戻(ひきもど)す以外、人智(じんち)の用(もち)ひ場所なし。今日の國難も一億國民が眞に目覺(めざめ)て、誤れる模倣(もほう)を排し、「日本本來の姿」に歸(かえ)り神に念ずる時は、各人の生命の奥に躍動(やくどう)せる「靈性(れいせい)」が「宇宙の大靈(だいれい)」に一脈通じてをる爲め、立據(たちどころ)に其の印(しるし)顯(あらわ)れて、此の國難(こくなん)を吹拂(ふきはら)ふこと疑ひなし。而(しか)し、「神風(かみかぜ)」と「魔風(まかぜ)」は同一にして、各々(おのおの)其(その)受くる者の居る場所の順逆(じゅんぎゃく)により「神助(しんじょ)」ともなり、亦(また)「天罰(てんばつ)」ともなる。故に、卽刻(そっこく)過(あやま)れる模倣(もほう)を排し、「日本の眞の姿」となり、正道(せいどう)に立歸(たちかえ)る以外、此の難局打破(なんきょくだは)の途(みち)絶對(ぜったい)になし。

物事は、「因」に依(よっ)て「果」を生じ、「善因善果・惡因惡果(ぜんいんぜんが・あくいんあくが)」は古來より永遠不變(えいえんふへん)の法則にして、大東亞戦争も緒戰(しょせん)に於(おい)て已(すで)に決定せる法則の現れが今日(こんにち)の狀態(じょうたい)である。然(しか)るに今となつて事態の重大なるに驚愕(きょうがく)せる者は、ヒットラーの魔術に陶醉(とうすい)し、大極(たいきょく)の大道(たいどう)を離れ、目前の現象に捉はれ居(お)りたりしによる。萬一(まんいち)かゝる御人(おひと)が上層指導者の中に有る時は、之程(これほど)危險(きけん)はない。矢は弓の弦(げん)を離れる時、已(すで)に當不當(とうふとう)が決定して居る如く、人も出發(しゅっぱつ)に先達(さきだ)つて到達點(とうたつてん)が定(さだま)つて居る。萬一(まんいち)行先(ゆきさき)を知らぬ門出(かどで)は夢遊病(むゆうびょう)に等し。而(しか)るに國民(こくみん)の浮沈(ふちん)を決する爲政者(いせいしゃ)が、何等(なんら)結果に對(たい)する確信なくして改革に着手する程(ほど)無責任(むせきにん)はなし。岸(信介)前農商大臣は「吾は神さまでないから、やつて見ねば結果の善惡は知らぬ」と言はれた事實(じじつ)あり。東條(英機)前首相も二二が八の達人の域にある以上、緒戰に於て今日あるは承知の上の豫定(よてい)の行動ならん。萬一目前に迫り來たる大難(だいなん)を知らずして、世界(せかい)立直(たてなお)しの大業(たいぎょう)の爲めに無數(むすう)の人命と國富(こくふ)を消盡(しょうじん)し、國を傾け、上御一人迄(かみごいちにんまで)宸襟(しんきん)を惱(なや)まし奉(たてまつ)る如き不覺(ふかく)はなき筈(はず)である。

  1. 我が國は萬機公論(ばんきこうろん)に決すべき筈(はず)。然(しか)るに萬一(まんいち)獨ソを模倣(もほう)し、國民の與論(よろん)を無視し、獨斷(どくだん)により國難(こくなん)を招く時は、其の罪(そのつみ)絶對(ぜったい)に遁(のがれ)る餘地(よち)なし。

  2. 賞罰(しょうばつ)明らかならざる國(くに)は、惡人(あくにん)跋扈(ばっこ)して善人(ぜんにん)隱(かく)る。今や國家(こっか)存亡(そんぼう)の重大岐路(じゅうだいきろ)にあり。此の際(このさい)上層指導者(じょうそうしどうしゃ)は重大責任を痛感し、國家は之に對し必賞必罰(ひっしょうひつばつ)を嚴(げん)にし、政治を公明ならしむ可(べ)し。

  3. 現下の狀態は、配給偏在(はいきゅう・へんざい)の爲め、喰ふに食なく、防寒に衣(ころも)なし。而(しか)も、明日特攻隊員に仕立てる愛子の爲め、一升の米、一束(ひとたば)の野菜の僅(わず)かな値違(ねちがい)が闇(やみ)となり、買出部隊(かいだしぶたい)の利敵異名が付く。之(これ)に引替(ひきか)へ國家の浮沈を左右する上層指導者が私慾(しよく)を滿(みた)さんが爲め國を危(あやう)からしむるも、取締る法規なし。常に哀れなるは、惡政の下の善良なる國民である