子供くらいの背の高さで、嘴があり、肌は緑色で両生類か爬虫類のようにぬるぬるしている。手足に水かきがついていて、泳ぎが得意。背中は亀のような甲羅がついている。胡瓜が好物で、相撲をとるのが好き――みたこともないくせに、日本人なら誰しも、河童の姿は知っている。
しかし、このスタンダードイメージは、長い歴史をかけて、江戸時代の末ごろにようやく纏まってきた「河童のすがた」なのである。
河神が秋になると山神になる――という伝承は各地にあるが、古い時代の河童には、そうした山神のニュアンスがたたえられている。
東北の河童や、奄美・沖縄地方の河童というべきケンムンやキジムナーの姿は、肌は赤茶で、毛も生えていたりして、両生類というよりも、むしろ「猿」に近い。
日本の南北に古い伝承が残っている、というのが民俗学や古語学の常識だから、これが河童の古形であると考えても、そう突飛ではないだろう。
その他、水辺に棲んでいるという伝承からイメージが膨らんでいったものだろう、亀やスッポンのように四足歩行のものや、蛙のような姿のものもある。
半魚人やほとんど人間と変わらない姿をしている「河童」もいる。
おそらく、通常の土地に住むことを許されなかった人びとを、妖怪のように蔑んだ風習に因るのだろう。
古来、日本には結髪の風習があった。その結い方や冠で社会的地位が解ったから、髪を結わない者は社会の埒外に撥ねられた。「おかっぱ」は、その象徴であった。
髙山式部源宗東 識
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