ドーピングを糾弾することの危険性 | さかもとサンのブログ

さかもとサンのブログ

ウエイトリフティングやパワーリフティングやベンチプレスやボクシングや筋トレフィットネスやら
なんかいろいろをそれなりの期間やっている人が思っていることなどを記事にしているブログです。

先に、ルールで禁止されていることに関して、それに違反することは道理に合わないのでダメな事だと思います。
しかし、ルール違反、とドーピングについては切り離して考える問題です。
混ぜるな危険。

さて、今回はちょっとだけ過激なタイトルのような気がしますが、前回のブログで、ドーピング問題はフィットネスやスポーツの世界だけで結論を出せる問題ではないと書きました。

ドーピングにというのは、スポーツの世界では多大な健康被害を出して危険な行為だ、といいますが、しかしドーピングに使われている物質自体は、健康被害を出している以上に、人を健康にしたり、命を救ったりしているのも事実です。

ドーピング禁止薬物と言うものは、その薬物次第ではありますが、すべてが違法なもの、劇薬みたいなものではなく、例えば市販の風邪薬に入っていたりする成分であったり、例えばとあるハーブティに自然に入っているアロマ的な癒し効果のある物質だったり、がんの予防のために効果があったり、更年期障害の治療に使われているものだったり、スポーツをしていなければ普通に、いつかはお世話になるかも知れない物だったりします。

もちろん覚せい剤とかそういうものはドーピング以前に刑法でNGですけどね。

アンチドーピングとはスポーツの世界で勝手に「これら物質は使っちゃダメだよ」と決まり事を勝手に作って、それを勝手に自分たちで守っているだけに過ぎないとも言えるものです。

だって、スポーツをやらない人達に取って、アンチドーピングも知らないだろうし、「え?風邪薬どれでも飲めないの?」ってなるだろうし、所詮は小さな世界で騒いでいるだけの事なのです。

で、問題となるのは、そんなちっぽけな世界で例えばアナボリックステロイドは危険だから違法物質にして使えないようにしよう、とかアナボリックステロイドは悪だ、と大きな声で叫び続けることで、知識のないスポーツとは無縁の人達に影響を与えだす事です。

例えば筋肉の病気の治療でアナボリックステロイドなどを、医療の基で使っている人たちが、何も知らずに「アナボリックステロイド使っています」と言った時に「アイツは悪いことをしている」と誤解を受ける可能性があるということです。

テストステロンもそう。
男性特有の病気の治療などで普通に使われるものですが、それを使うことに罪悪感を感じる可能性も出てくるということです。

そして、小さな世界の大きな声で、それらを医療で使うことについての是非まで議論され始める可能性も無きにしも非ずということ、医療の現場で正しく使われていることに影響が出始めること。

ドーピングについてものすごく悪いものだと声を大きくして言っている人達は、そこまで考えて発言をしているのでしょうか。
何かあった時に、自分で責任を取れると思っているのでしょうか。

小さな世界の人達が大げさにすることで、大きな世界の大事なところに影響が出る可能性を考えたことがあるのでしょうか。

私個人的には、やらたドーピングを「悪だ」という人たちも、ドーピングを隠して大会に出ている人と、そう変わりはないと思っています。

何故ならば、そういう人たちは決して「物質によっては医療では必要なもの、大切な物質だ、良いものだ」ということを隠して、ただひたすら「ドーピングは悪だ」と言っているのだから、彼らと何が違うのかと思いますね。

論文とか読んでいたり、エビデンスに基づいたトレーニングを配信しているインフルエンサーも、このミスを犯しているのです。
それに気づかないのは何故なのでしょうか。

本当に科学的に物事を考える人は、あらゆる可能性を探り、広くある程度深く調べ、本当に断言できるもののみ断言すると思いますが。

前のブログでも言いました。
ドーピングに善悪などないのです、それを決められるだけの要素が足りないのです。
だから、感情的にそう思いたくても、それを叫んでもいいけど、それをエビデンスを基にとか言わないでほしいですね。