『苦しめ』ればよい。

 

『恫喝』をすればよい。

 

『侮辱』を加えればよい。

 

 

── そうすれば「小心者」は大人しくしている。

 

── そうすれば「小心者」は行動を決して起こさない。

 

── どんどん『追加』されて行く苦しめる「方法」

 

 

 

 

 

 

私が二十代の頃。

 

横浜の自宅の近くのイトーヨーカドーに隣接する大き目の公園で、いつも集まる暴走族へと警察が制圧作戦を行い、NHKの全国放送で報道をされた。

 

大きな機動隊の車両。二十台近くのパトカー。

そして放水車まで出動し、辺りは水浸しとなっていた。

 

たまたま直後に近くを通り、光景を眺めたのだ。

 

 

 

これより少しく前の頃。

 

湘南暴走族の中でも最悪クラスのこの集団の根拠地になっている家の一つが自宅の比較的近辺にあった。

 

自宅から少しの小学校の前を通る二車線の長い直線道路に面した家だ。

 

この家から一寸西へと道路を行くと道は狭まりT字路となる。

 

 

 

 

そこに百人から百五十人は超えるのでは、と思われる暴走族達が道に座り込み占拠をしていた。

 

車や人達は皆、Uターンをして去って行った。

 

私は歩いていたのだが、そのまま進んで行った。

 

すると、静まり返ったその集団の中で、尻を動かし道を開ける者が出、次から次へと他の者達も同様に道を開け出し、
一寸広い一本道が出来、私はそこを通ってそのまま彼らの中を進んで行った。

 

 

余りにも静かで全員私を見ている中、歩いて行くのは気分の良いものではなかったが、性格上何回も頭を軽く下げながら、通り過ぎた。

 

 

 

 

この事件の中で、自分なりに懸命に歯を食い縛って協力をさせて頂いた。

 

遂に母はああ言う最後を遂げた。

 

その後、各方面から私を待っていたのは『恫喝』『侮辱』の数々だった。

 

私は悔しくてならない。

 

 

 

 

 ≪追記≫

行動を起こしても、、所謂有名人の方達には決して僅かの迷惑を掛ける事も致しません。

 

 

 ≪追記・其の二≫

本日九月十日午前十時半頃。

(昔よくやられ記事にもした)排水口から水を噴き上げる攻撃をされました。

これは上述の攻撃方法の『追加』に当たります。

この追加の攻撃方法は「出入を守るのに何の意味も有りません。」

母も私も何の罪も無いのに、母は正に嬲り殺されました。

私も母も日本人であり、ここは日本領土内であり、拙宅を購入するのに何の援助も他から受けてはいません。

新司令倶楽部が中々撤収をせず、それが困難を極めている事、、そして(私にエージェント疑惑が存在する以上、)『出入りを守る為に』電磁波装置などが、残留人物に与えられている事も、、私はきちんと受け止めて居り、それをどうこう言うものは全く在りません。

母が亡くなった事も某国が行ったとは全く思っていず、むしろ事件解決に懸命に当たって頂き感謝している程でした。

しかし、、三月上旬から「熱湿気攻撃」(プラスその他)が「追加」で始まり、これでここ迄私はどれだけ苦しんで来たことでしょうか?

己の親が目の前で殺され、金銭の配慮は全く無く、財閥家は私を褒めるのが嫌だ、歯科医の悪口も言うもの嫌だ、、、と言った状況で、、私は正に『最悪』の立場に居続けています。

にも拘わらず、こうして最悪に「追加」「追加」と続きます以上、某国の全面的な「単なる」悪意の表明と私は受け止めざるを得ません。

ここ迄の私の言動は傲慢とか他人・他国への侮辱などと言ったもので果たしてあるのでしょうか?

怖いから苦しいから侮辱を受けたから、行動を私が取らなかった訳では断じて断じてありません。

その全く逆、、であります。