ばいばい、おっぱい

乳がんになりました。

多発性乳がん。私の右胸には4つのガンが詰まっていた。ささやかな大きさだった右胸は、もしやガンの大きさで膨れていたのか!と思うくらいガンだらけ。

1年以上前にシコリに気付いて検査するも、その時の医師には「乳腺線維腺腫」と言われた。そして乳がんに関する資料をパソコン画面に映しながら「親族に乳がんになった人もいないし、君の年齢だと乳がん全体では0.5%くらいだよ。心配しすぎ。」と笑顔で言われた。

 

「おいおいマジかよ。その0.5%の中に入っちまったよ」というのが、乳がんとの結果が出た時の気持ちだった。

1年前の時は小豆大だったしこりの大きさが、1年後にはそら豆大の大きさまで成長。色んなことを疑って、早めに別の病院で診察すべきだった。

 

乳がんの告知、術式説明、病理結果、治療方針は全部一人で受けた。

両親には手術ギリギリまで黙っていたし、曽祖父・祖父母たちは今だに私が乳がんであることすら知らない。自分が癌であることは「ま、なったもんはしょうがない」と割と簡単に受け入れられたのだが、大切な人が自分の癌を知りショックを受ける顔を見ることだけは辛い。なので曽祖父と祖父母には言えなかった。

 

私の場合は乳がんと診断されて、ショックを受けるとか悲しいとかそんな気持ちは一瞬だけ。

だって検査にすんごいお金がかかるから。正直、悲観的になる余裕もなくて、毎回術前検査で病院に行くたびに「いくら?いくら?お金はいくらかかるんだよ!?」と検査中はカネの心配で頭がいっぱい。

検査終わりに会計すると「4万円でーす。」なんてことも普通にある。タブレット買えるよ。

ちなみに手術後の今も病院に行くと万札が飛んでいく。数ヶ月ごとに3万円のお注射をお腹にブスリと刺されるのだ。

 

私は右胸を全摘して同時再建をした。温存手術は不可能。

長年苦楽を共にしてきたおっぱいにバイバイと告げて麻酔から目が覚めると、NEWおっぱい(仮)がこれでもかと存在を主張していた。要は、めちゃくちゃ痛かった。

なんで(仮)かというと、今はまだエキスパンダーという組織拡張器を入れている状態。4つの癌を皮膚ごと切除しているので、NEWおっぱいを作るには皮膚を目一杯伸ばす必要があるのだ。皮膚が伸びたらインプラント(人工乳房)と入れ替え手術がある。

 

右腕は思うように動かないし、入院中は暇でスクワットしていたら先生に引かれるし、お金はかかるし、治療は長くてゴールが見えないし、副作用でヘロヘロだし・・・でもなんだかんだでほぼいつも通りの生活に戻った。

 

そしてなんだかんだでブログを再開します。