ここがオメガバースの世界なら8

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 本を手に取るまでもなく、表紙に描かれた二人の男やらタイトルやらを見ただけで、何が届いたのかはわかってしまう。嫌な予感的中と思いながら手紙を開けば、暇が出来ただろうから読むと良いよの言葉の他、読み終えたら彼に渡すようにとも書かれていた。
 昨年までは直接本を貸していたのを知っている。貸し借りではなく、姉が一方的に貸している関係なのは、彼が家族に隠れて腐男子をしているからだそうだ。彼は電子書籍を利用していて、お茶会時に姉に携帯ごと貸し出しているのを見て驚いたことがある。他人に携帯を丸投げしていることもだけど、お茶会と言いながらも二人して黙々と読書をしていたこともだ。
 けれどまさか、姉が家を出た今も宅配で継続しているとは思わなかった。いやでも自分宛てに送ってきたことを考えると、継続中とは言えないだろうか。
 姉と彼が今現在どんな付き合い方をしているのかが気にならないではないが、それは後で本人に確認すればいいかと、とりあえず一番上の本を取り上げて裏返してみる。あらすじに目を通しながら、やっぱりオメガバースかと呆れに似た小さなため息を一つ吐いた。
 姉と彼が二人きりでお茶会などをしている現場に初めて遭遇したあの日、差し出された項に聞き齧っただけの知識で歯を立てたせいで、姉に少しはあんたもオメガバースを読んでおけと言われていたからだ。
 オメガバースという特殊な世界を扱った本を読んで、その特殊な世界への理解をある程度は深めておくべきだとか、番を持ったアルファとしての振る舞いを覚えておいた方がいいだとか主張されたのだけれど、腐仲間を増やそうとしているのがミエミエというか、彼のために腐男子を増やしたいんだろうと思って拒んできた。
 そもそもここはオメガバースなんてものは存在しない世界だし、姉の萌え話についていける程度の耐性はあっても、男同士の恋愛話なんて好んで読みたいジャンルじゃない。それを彼のためにと読んでやるほどの暇も情もなかった。
 ただ、姉が彼をあれこれ気遣うのが面白くなかった上に、親が姉と彼との交際を期待していたせいで、意固地になっていた面はあるかもしれない。自分が彼を受け入れてしまったら、姉と彼との交際待ったなしだよな、という危機感が強すぎた。
「何してんの?」
 部屋のドアが開く音のあと、玄関前に積まれていた荷物が部屋の隅に降ろされると同時に、不思議そうな声が掛かる。
「姉貴から荷物、ってかBL本が届いてる」
「え? 向こうで買った本が増えて邪魔だから、部屋の本棚にしまっといてみたいな話?」
「その発想はなかった。てか怪我して暇なら読めってさ。あと、読み終わったらお前に貸せって」
「え、俺も借りていいの?」
「そっちメインじゃねぇの。てか宅配で本貸すって話になってたわけじゃないのか?」
「トークアプリでおすすめ本のやり取りとかはしてるし、こっち戻ってくる時に貸すから買わなくていいよって言ってもらってる本もあるけど、わざわざ送ってもらったりはしてないよ。てか送料分で新しい本買いたいのが正直なとこでしょ。俺も長いこと預かってるのは怖いし、かと言って、送り返すお金は惜しいって思っちゃうし」
 純粋に暇つぶし用に送ってきたんじゃないのと笑った後、読む気がない場合はそのまま俺が借りていいのかなと聞いてくる。今までに何度か、読むように進められて絶対嫌だと返しているところを見てきた彼は、今回も読むはずがないと思っているんだろう。
「読み終えたら貸せとは書いてあるけど、お前が先に読んだって問題ないだろ。多分」
「え、読むの!?」
「まぁ怪我して暇あるのは事実だし」
「え、でも、BLだよ?」
「わかってんよ。まぁ無理して読む気はないし、最後まで読めても面白いって思えるとは思えないから、あんま期待すんなよ」
「期待?」
「姉貴みたいに一緒にキャッキャと感想言えるとは到底思えないって話」
「あー……もしかして、俺に気ぃ遣ってくれようとしてる?」
 バイト代出てるんだから気にしなくていいのにと笑う顔が、でもどことなく嬉しそうだから、やはり腐男子仲間は欲しいんだろう。
 姉が家を出て、姉と彼との間にある独特な空気感を見せつけられることが減ったのと、今回の怪我で彼に恩を感じていることで、彼のためにBL本を読んでやってもいいという情が湧いたらしい。
 確かに良い機会ではある。彼が好きなものに対して、自分の方からも少しは歩み寄ってみようか、という気持ちになっていた。

続きました→

 
 
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