こんばんは。
つなぎびと雫です。
いつもお読みくださり
ありがとうございます。
毎日
目を覚ました瞬間に
わたしは
愛と感謝と喜びの世界を
今この瞬間、瞬間
創造し続けます。
とハートに響かせています。

この日の心にぴったりで
胸がじんわり熱くなりました。
宿命が気づかせてくれるのは
他者へのいたわり
経験がわからせてくれるのは
他者への思いやり
わたしだけの幸せなど味気ない
同じ痛みは感じられないかもしれない
けれど、
想像することはできるのだから
光が感じるほうに
見上げればそこに月がありました。
今日ふっと
名前について
思うことがありました。
名前と言えば
氏名は使命とも
言われていますが
中島みゆきさんの「命の別名」が
よみがえってきました。
「命」から繋がり載せていました。
「命の別名」
中島みゆき
知らない言葉を覚えるたびに
僕らは大人に近くなる
けれど最後まで覚えられない
言葉もきっとある
何かの足しにもなれずに生きて
何にもなれずに消えて行く
僕がいることを喜ぶ人が
どこかにいてほしい
石よ樹よ水よ ささやかな者たちよ
僕と生きてくれ
繰り返す哀しみを照らす 灯をかざせ
君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
たやすく涙を流せるならば
たやすく痛みもわかるだろう
けれども人には
笑顔のままで泣いてる時もある
石よ樹よ水よ 僕よりも
誰も傷つけぬ者たちよ
繰り返すあやまちを照らす 灯をかざせ
君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
石よ樹よ水よ 僕よりも
誰も傷つけぬ者たちよ
くり返すあやまちを照らす 灯をかざせ
君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
(中島みゆき作詞作曲「命の別名」より)
知らない言葉を覚えるたびに
僕らは大人に近くなる
けれど最後まで覚えられない
言葉もきっとある
何かの足しにもなれずに生きて
何にもなれずに消えて行く
僕がいることを喜ぶ人が
どこかにいてほしい
石よ樹よ水よ ささやかな者たちよ
僕と生きてくれ
繰り返す哀しみを照らす 灯をかざせ
君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
たやすく涙を流せるならば
たやすく痛みもわかるだろう
けれども人には
笑顔のままで泣いてる時もある
石よ樹よ水よ 僕よりも
誰も傷つけぬ者たちよ
繰り返すあやまちを照らす 灯をかざせ
君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
石よ樹よ水よ 僕よりも
誰も傷つけぬ者たちよ
くり返すあやまちを照らす 灯をかざせ
君にも僕にも すべての人にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
(中島みゆき作詞作曲「命の別名」より)
こちらまでのブログにも
書いてきましたが
今
わたしは
この心やカラダを
慈しみながら
広く深く見守り続けています。
そんな中で
ふと名前について思いが
上がってきました。
この名前とは…
この世に生まれると同時に
与えられる
名前
つまり
名前とは
誕生日と同じように
今世、この心とカラダに
与えられたもの
そう言えば
誕生日の
誕とは
うそをつく、いつわりの意を表す。
また、借りて、うまれでる意に用いる。
とあります。
生まれた日に
この誕という漢字が
充てられていることからも
すでに
この世界は幻想や影だと
氣づいていたことになります…
名前とは
命につけられるものであり
中島みゆきさんの歌詞の中では
命に付く名前を「心」と呼ぶ
とあります。
名前は心
だとしたら
今世を生きるために
決めてきたことや
本来の自分に繋がるための
鍵🗝️は
名付けられたこの名前にあるのでしょう。
夢の中で
今の前の名前は
命
と書いて
みことと呼んでいたことや
目を覚ました瞬間
腕にシルクのような
とても薄くてしなやかな
布きれが掛けられていたことなどが
また
色々繋がっていきました。
そして
この歌詞を自然と口ずさんでいました。
名前それは燃えるいのち
ひとつの地球に
ひとりずつひとつ
この世界で生きるために
真我に見守られながら
自我の世界を生きて
そして
また
ひとつであることに氣づき
繋がり直していくために
名前は真我からの
そう
本来の自分からの
この世界に生まれてくる前に
決めてきたことや
もともとは全てがひとつであることを
生まれた瞬間
忘れてしまっても
また
思い出せるように
プレゼントのような氣がします。
今ふっと
なぜか
浦島太郎の玉手箱を
思い浮かべました。
童謡のかごめかごめとも
関わりがあると
最近何かで読んだばかりでしたので
ふっと
浮かんでくることは
全て繋がっているのだと
思っています。
誕生日も名前も
このかりの世界で生きるために
与えられた個性
この世界を味わい
様々な体験を通して
感謝を学んでいくために
大切なもの
自我とは個性
個性を通して学び氣づき
そして
個性を超えていく
魂に響く音
それは名前
きっと
氣づいていないけれど
本来のわたしが望んだ
名前が付けられているのだと
思っています。
今に繋がる流れの中で
自分自身の名前と向き合いながら
過ごしていきます。
ここに秘められたメッセージに
導かれながら
姓名判断も
何もかも…
繋がっていったものならば
それは全て
采配なのだと思っています。
名前は命そのもので
龍のように流動的なものだから
変化していくことも
分かった上で付けられた名前も
あるのだと思っています。
だから
変わっていくことを怖れずに
変わることも許していく
良い悪いに縛られているもの
全てから
解き放されていけばいいのです。
この世界で生きるために
大切な大切な心だから
心はいつも流動的でいい
動き
巡り
流れていくことで
さらさら
まっさらに浄められていく
外側の世界の何もかも
あなたを脅かすものなどいない
何にも怖れず
魂にその心と呼ぶ名前を
響かせ続けていけばいい
それは
自分の名前を愛すること
お読みくださり
ありがとうございます。
どれだけ今まで
外側の世界に囚われていたのか
内側からの視点
でみるようになってから
この心は伸びやかになりました。
外側の世界のものさしに
左右されなくなりました。
ここに繋がってくださっている
皆さまのおかげも
とても大きいと思っております。
いつもありがとうございます。
愛と感謝を込めて
氣づきと心の解放が生まれますように。