この物語を読んだ人は、きっと誰もが葛藤します。
自分がとても恵まれた立場であることに。
あたたかい環境で本を読んでいられることに。
本を読むゆとりがあることに。
物語の中心人物はアキと「俺」というふたりの青年。
「俺」がアキとの出会い、そして後年知ることになるアキの半生を振り返りながら、日本社会にひそむ貧困、虐待、ハラスメントの問題を浮き彫りにします。
アキは「俺」の親友で、出会いは高校生のとき。
アキは威圧感のある顔立ちとかなりの体格の持ち主で、存在感で周りを圧倒していましたが、実際のアキはいつまでもオドオドとした態度かつ自分から気配を消そうとするタイプで、「でかい空気」のような人物だとみなされていました。
でかい空気であったアキの人生が変わったのは、「俺」が放った思いもよらない一言。
「お前はアキ・マケライネンだよ!」(13頁)
マケライネンは「俺」の父親が趣味で集めていた映画に登場するフィンランドの俳優です。
「俺」はマケライネンとアキの風貌や雰囲気、そして名前も似ていることに気がつき、それからアキを目で追うようになり、ついに本人に伝えます。
そこからアキは「アキ・マケライネン」としての生き方に没頭し、そして「俺」とアキは仲良くなり、やがて親友と呼べるほどになります。
「俺」とアキの交流は高校卒業後も続きますが、なぜアキはいかつい風貌のわりに消極的な性格なのか、その裏側にある極度の貧困と家庭内虐待があったことを知るのはずいぶん後になってからなのです……。
この物語では、アキだけでなく「俺」にも困難が訪れます。
父親が亡くなったことをきっかけに経済的に苦しくなり、しかし母親のすすめで「俺」は奨学金を借りて大学へ進学します。
在学中は掛け持ちのアルバイトをしながら生活費を稼ぎ、無事就職先も決まりますが、就職先のテレビ番組制作会社は過重労働とパワハラが横行する環境で、「俺」は徐々に心身を蝕まれてゆくのです……。
読みながらずっと胸が痛みました。
あまりにも辛くて厳しい環境に置かれたアキと「俺」が苦しみもがく姿を見ていられないとしばしば思いました。
我が子がこんな厳しい環境に置かれてしまったら…という想像が頭をよぎり、胸が締めつけられ泣きそうになりました。
けれど、この本を買うゆとりがあり、本を読む時間のゆとりがある立場の人間として、物語を最後まで見届ける責任がある、そう思わせられました。
語り口にそう思わせる迫力がありました。
過酷な運命はふたりの身体を容赦なく打ちのめし、心をぼろぼろに砕こうとします。
彼らがすっかり助けられるような結末にはならないのですが、彼らを救おうとする人がしっかりと描かれていたこと、救おうとする人たちの言葉が強く心に残りました。
「世間ってそもそも、戦いを挑むものじゃないですよね。もちろんその逆もそうで、世間が私たち個人に戦いを挑むなんておかしいし、絶対にあってはならない。もしそうなら、もしそう思うなら、誰が、何がそうさせてるの?(中略)
最近自業自得だとか、自己責任だとかいう言葉をよく聞くよねって。それはもちろん、もともと適切な言葉としての機能があったかもしれないけど、最近は、大切な現実を見ないようにするための盾になってる気がするって。だからそんな盾はいらない、みんなもっと堂々と救いを求めてって。(中略)
そんな盾はいらないんです。ちゃんと大切な現実を見えるようにしないと。
それで、大切な現実って、今ここに、困ってる人がいるってことなんですよ。」(378頁)
この物語を読み終わって、自分に何ができるだろうかと考えさせられました。
我が子はもちろん、これから我が子含めわたしたち家族が関わった人のなかに困っている人がいたら何ができるだろう。
具体的な行動が思い浮かばず、スマホを手に取ることしかできませんでした。
今のわたしにできることは、調べること、知ることなのだと思います。
こうしたサイトがあることも、この物語を読まなければ知り得なかったと思います。
これから尊いいのちを育てていく立場として、目を背けず、できることを知り、救おうとする側に立とうと強く思いました。
この物語は全体的に暗く、辛い現実が覆っているのですが、人間の生きる力の強さやしぶとさも感じられます。
それは以前読んだ『夜と霧』を彷彿とさせる、暗い闇に埋もれそうなかすかな光程度のものですが、この光に希望を感じて胸が熱くなりました。
読みながら葛藤させられる大作ですが、読む者の胸を掴んで離さない迫力のある名作でした。
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