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先行研究の軽視どころの話ではなかった一院制の件

北康利『白洲次郎 占領を背負った男』(2005年)について(その2)。

前回記事で、日本国憲法のGHQ草案では国会が一院制とされていた件について、この本は参考文献にも挙げている古関彰一『新憲法の誕生』(1995年)で既に指摘されていた真相(ケーディスは日本政府との取引材料として戦略的にこの条項を入れた)を無視している、という話を書いた。

しかし、改めて調べてみたところ、この件は先行研究の軽視どころの話ではなかった。

まず、北はこの件についてこんなふうに書いている。[1]

 このとき、松本が勇気を振り絞って口を開いた。

「一つ申し上げておきたいが、二院制というのはただなんとなく二つあるというのではなく、チェック&バランスの役割を果たしているのです」

 松本のその言葉に対し、ホイットニーは意外にも素直に耳を傾けた。後年、「参議院など不要だ!」と発言する次郎も、このときばかりは松本を応援したい気持ちになっていた。一院制はケーディスの発案で盛り込まれたものだったが、彼もさして反論はしなかった。それはそうだろう。草案制定会議の議事録を見ると、

「マッカーサー元帥は一院制のほうがいいと思っているようだ」

 というケーディスの一言で、何の理論的裏づけもないまま一院制が採用されていたにすぎない。いい加減なことこの上ない。だがこれ以外の問題となると、彼らはまったく聞く耳を持たなかった。

ケーディスは、マッカーサーは一院制のほうがいいと思っているらしいというだけのいい加減な理由でこの条項を入れた、「草案制定会議の議事録」を見ればそれが分かる、というわけだが、では実際の議事録にはどう書かれているか。

問題の会議は1946年2月5日に行われたGHQ民政局会合で、その議事録にはこう書かれている。[2]

【2.】Problem of a Bicameral vs. Unicameral Legislature:

  The conclusion was reached that a number of considerations made it preferable to propose a unicameral rather than a bicameral legislature. There is nothing in Japanese political development to particularly recommend the bicameral system, and General MacArthur has expressed a preference for the unicameral system for Japan. Simplicity recommends the unicameral legislature as well; if the bicameral system is established it involves the use of two forms of representation, and the difficult problem of deciding to which House the ‘vote of no confidence’ will belong. Colonel Kades suggested that this issue might give us an effective bargaining lever. If we propose the unicameral legislature and the Japanese strongly oppose its adoption, we might well compromise on this issue in order to strengthen our position in insisting upon a more important issue.


《2》二院制か一院制かという問題

 いろいろな点を考慮した結果、二院制よりも一院制を提案した方がよいとの結論に達した。日本における政治の発達をみても、そこには特に二院制をよしとすべき点は見当たらない。またマッカーサー元帥も日本には一院制の方がよいのではないかという意見を述べられている。簡明という点からも、一院制の方がよい。二院制をとるとすれば国民の代表選出について2つの形態を用いるということになり、どちらの院に「不信任決議」をなす権能を与えるかという、難しい問題も生じる。ケイディス大佐は、この点はわれわれにとって取引きの種として役に立つことがあるかもしれぬと述べた。われわれが一院制を提示し日本側がその採用に強く反対したときには、この点について譲歩することによって、もっと重要な点を頑張ることができようというのである。

何のことはない。この議事録自身に、ケーディスが日本側との取引材料としてこの条項を推したと書いてあるではないか。さらに言えば、「何の理論的裏づけもないまま」でもなく、民政局はそれなりの比較検討をした上で一院制を提案するとの結論に達している。

ここまで来ると、この筆者が「◯◯によれば…」などと出典を書いていても実際そこにそう書かれているかどうか信用できないし、まして出典も示さずに事実らしく書いていることなど、まったく信用できないと言わざるを得ない。

[1] 北康利 『白洲次郎 占領を背負った男』 講談社 2005年 P.145
[2] 高柳賢三、大友一郎、田中英夫 『日本国憲法制定の過程 1 原文と翻訳』 有斐閣 1972年 P.120-122