「どうしてそんなに柏木さんのことを訊くんです?」
「必要だからです。ゆかりさん、いいですか? この近くにはまだ悪霊が潜んでます」
「――悪霊、ですか」
「そうです。もしかしたら、お義母さんの具合がよくないのはそのせいかもしれない」
目つきは睨むようなものになった。長い顎も硬くなっている。
「やめて下さい。そんなの冗談にもなりませんよ」
「すみません。しかし、いるのは確かなんです。前にも言いましたよね? このお宅には二体の悪霊がいたと。私は奇妙な偶然からその一体を消し去らせました。それはあなたを見ればわかる。お義母さんも仰ってましたよ。そろそろお孫さんの顔を見られるかもしれないって」
「まあ、そんなことを」
「ええ、嬉しそうに仰ってました。ただ、私は見誤っていたようだ。もう一体はここにいたのではなく近くに住んでたんですよ。ほんとごく近くにね」
ふたたび身を竦めるとゆかりは固まってしまった。彼はうなずいている。
「私の言ってることがわかりますか?」
「ええ、なんとなくですけど」
「なんとなくでいいですよ。真に理解しようとするのは危険だ。そこでもう一度訊きます。柏木さんはいつからあそこに住むようになったんです?」
「あの、私が嫁いで間もなくだったかと」
「五年ほど前ってことですね?」
「はい、そうなるはずです」
「ありがとうございます。とりあえずはこれでいいでしょう。しかし、ゆかりさん、このままにしておくのはいけない。せっかく収まった家族の問題が再燃しかねない。いや、前より悪いことが起こるかもしれないんです」
「どういうことでしょう?」
「どうもこうもそのままの意味ですよ。放っておいたら酷いことが起きるかもしれないんです」
「私はどうすれば――」
わからない程度に唇を歪め、彼はこう囁いた。
「腹を立てて下さい」
「はあ? 腹を立てる? 誰にです?」
「私にですよ。あの占い師がまだ悪霊がいると言ってきたと怒るんです。取り乱したようにね。まずはご主人に、そして可能であればお義母さんにも。理屈では伝わらないことでも、そうすれば意外に伝わるものです。もし、お義母さんにそういうとこを見せられないなら、感情を爆発させ、怒りまくり、恐怖に戦くんです。きっと、ご主人が伝えてくれるでしょう。なにしろ、ご主人はあなたを愛してますからね」
「そんなこと私にできるでしょうか?」
「できますよ。あなたならできる」
腕を軽く叩き、彼は微笑みかけた。
「というか、これはあなたにしかできないことです。ほら、思い出して下さい。私のとこへ来たときのことを。あなたはわざと怒ってみせ、私を誘い出したでしょ? 私なら解決できると信じ、あなたはああした。ですよね?」
うつむきかけたものの、ゆかりは顔をあげた。
「いいですか? ゆかりさん、あなたがそうであったようにお義母さんも過去に縛られてる。古い記憶が現在を規定してるんです。でも、それは終わらないことじゃない。この前あなたはそれを経験した。そうでしょう?」
「は、はい。そうです」
「であるなら、お義母さんもそうなれるはずだ。いや、そうしなきゃならない。ゆかりさん、あなたは本来的には強い方だ。この前のときだって、あなたはお義母さんを救おうとした。だったら、今度もできるはずです。違いますか?」
深くうなずくのを見て、彼は笑顔を強くした。
―― ちょっとばかりお休みして、
第17章へ行きますね。
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