仏界入り易く、魔界入り難し。
仏に逢えば仏を殺せ、祖に逢えば祖を殺せ。

これは著名な禅語ではあるが、自動車趣味人の苛烈にして峻厳な運命に通じるものがあると思う。
否、遍く人間の趣味というもの、文化的生活の一切に通じると言っても過言ではない。

もう、どうにでもなってしまえ。

   ◆   ◆ 

我ながらそろそろ倦んできた。
この続きをどうするか、それはまだ考えていない。
とりあえず、旧車趣味について「これだけは」と思う話を書いてしまおう。

よく、自動車は男のロマン、なんて言われ方をする。

いやー、ハンドルも重いギヤも渋いし、女の子には無理かナ

こんなことを言って、男性はすぐに得意になるわけだが、ボクに言わせれば、

クルマ=漢

こうした図式はただの思い込み、男性諸氏、初心者の勘違いである。
女というのは、

かわいい(・∀・)

この一言で何でもかんでも片付けてしまう連中だろう。
彼女らが旧車趣味に走ったらどうなるか、おわかりになるだろうか?

事実ボクは、こんなゲテモノをやる美女を目撃したことがある。



アストンマーチンV8である。
・・・・・・なんというか、醜い。

ボクはこれ以上悲惨な車をほかにみたことがない。
アストンマーチンは一般に無愛想でわかりにくい車が多いが、このV8は理解も共感もすべて無視、あるいは拒絶しているのではないか、というほど理解不能な一台である。
いかにひどいかを見ていただこうと、方々動画を探してみたのだが、やはり発見することが出来なかった。
やはりV8は難解な車である。
このグロテスクさ、「滑稽さ」は写真の一枚、動画のひとつではきっとわからない、そんな気がする。

おそらくこの動画をご覧になった人は、きっとこう思うだろう。
古風で地味な、ありふれたスポーツクーペではないか、と。
少し詳しい人なら、このファストバックのスタイルから、まずあのマスタングのマッハⅠやダッジチャレンジャー、バラクーダそのほかの、いわゆるマッスルカーのことなど思い出し、その次に全般に日本車がアメ車っぽい感じだった頃のケンメリのスカイライン、セリカのリフトバック、あるいはサバンナRX3を連想するかと思う。
違う。
違うのである。
V8はそんな生やさしい車体ではないのだ。

この動画ではわかりもしないことだろうが、まずこの車はデカい。
マスタングなんぞとは比べ物にならないぐらいに、何かと一々立体的に盛り上がった印象がある。
とにかく分厚いのである。
そして、一々装飾がフェチ臭く、ことに丸型メーターの処理であるとか、革張りシートのリクライトのレバーにすら丹念にメッキを施している感じ、そこらの質感が別モノで高級車然としている。
細部の仕上げは非常に上品、これぞ貴族の一台、という感じであるというのに、その爆音たるや、あの250GTOの直系尊属であるはずのフェラーリ・デイトナより、なおえげつない。
暴力的、攻撃的、そんなかっこいいものではない。
音量の問題でもなければ機械構造から来る質の問題でもなく、「えも言われず粗暴な爆音」、もうこのようにしか言いようもない、剥き出しのひどい排気音なのである。
おまけにその爆音が出てくる排気管はチバラギのアニキの暴走車のような竹槍になっていて、斜め上に突き出しているのだ。
テールエンドも動画や写真で見るより、ずっと暴走族風につりあがっている。
日本の暴走族のイデアはこれではないのか、そんな気さえしてくる後姿なのである。
前方から見た顔つきもかなりなもので、たぶん、これをデザインした人物は「人喰い鮫」なんぞをイメージしながら絵を描いたのではないだろうか。
ボンネットの盛り上がり方は鮫の背中のようであり、かなり不気味である。
「いかつい」とはまさにこの車のこと、一度この車を見てしまえば、マッチョだとか男臭いだとか、そういう形容を必要とすること自体が女性的、という気がしてしまい、もうあれこれ言う気も失せてしまう。

とにかく、おまえらが海賊の子孫だということだけはわかった

・・・・・・「美的」という要素がほとんどない車なのである。

ま、気が向いたのでこのまま脱線しておくが。
V8はヘロインのような車だ。
最初は、こんな車は絶対に嫌だ、そうとしか思えない。

しかし、忘れることはできない。
二ヶ月三ヶ月、半年一年と過ぎてもまだ覚えていて、なにかの拍子にちょっと思い出し、そわそわしてしまう。
またあの不恰好で滑稽な姿を見物して笑ってやろうか、なんて自嘲気味にひとりごちたり、それだけならよいのだが、何気に、退屈しのぎに、ふと愛車に乗ってあれこれ言い訳をしながらV8のある修理工場やらへそれとなく忍び寄り、遠目にちょっと眺めてしまう――、こうなったらもうおしまいである。
・・・・・・欲しい。
寝ても醒めてもV8のことを考えてしまう。
どうしてこんなものが欲しいのか、自分でもよくわからないのだが。
欲しいものは欲しいとしか言えないその感じ、もう立派な中毒である。

念のために書いておくと、人によらなくてもV8はアストン史上最低の一台、ということになっている。
後年のモデルにはP.O.Wというのがあるわけだが、これはアストンに縁の深いチャールズ皇太子のPrince Of Walesに因んだものである。だが、口の悪い連中によると、これはPrisoner Of War(戦犯)のP.O.Wなのだそうで、性懲りもなくこんなゴミみたいなのばっかり作りやがって、だからいつでもアストンは倒産寸前なんだョ、とのことである。

でも、ボク個人の感想で言えば、もっとひどいのはこれかと思う。



ラゴンダである。
・・・・・・ちょっともう、あれこれ言う気がしない。

ご存知ない方も多かろうから、簡単に説明はしておくけれども、あまりにどうでも良かったのであまり覚えていないのだが、限定何百台とかなんとか、そういう予約生産で、たしか、新車の予約の権利自体が抽選である上、購入する資格があるかどうかの審査まであったかと思う。
お値段は7000万円ぐらいではなかったろうか。
たぶん同じ年代のF40、それからその対抗馬と思しきポルシェの959、このあたりが限定生産で7000万円以上の値段をつけていたかと思うので、きっとそれに合わせたつもりなのだろう。
しかし、F40も959も「キミはそれでどういうレースに出るつもりなのかね」としか言いようもないハイテク・ハイメカ満載、いずれも驚愕の一台としか言えないシロモノで、1台1億円だと言われても、

そりゃそうだろう・・・・・・

としか言えない凄さだった。
959のほうは先進性とテクノロジー一辺倒だからそうでもないだろうが、F40のほうは、もし、フェラーリがアレを再販する、と言ったら、今でも二億円やそこらの値段をつけても一瞬で売り切れるのではないだろうか。

ラゴンダ?
・・・・・・スイッチにMGだかなんだかの、実に庶民的な部品が入っている。
まァ、ラゴンダの話はもういいではないカ。
あんまり書きたくないんだ。

実はボク、コレも好きではあるので。


で、これに乗っている女性も目撃したことがある。


女性はほんとうに得体の知れないものに、信じがたい格好で乗ってしまう。
ジャガーMKⅡなんてあんまり気楽な車でもないかと思うが、そんなものにジーンズとTシャツで乗っていたり、ワーゲンでもビートルではなくタイプⅢ、とくれば男性だったらワゴンに乗りそうなところを、なぜかセダンだ。
安かったのか、たまたま手に入ったのか、それとも単純に気に入ってしまったのか。
そうかと思えば、芸能人かホストのアニキ、あるいはイケナイ趣味の人では、と勘違いしそうなショッキング・ピンクの911に乗っていたり、かなり面白いものに乗る人が結構多い。
彼女らは居住性がそれなりで、自分が気に入れば何でもいいようである。

カワイイ(*´Д`*)

大事なことは要するのそれだけ、アンティークの宝飾品だの古着だのと横一列、なのだろうか?

欲しい

つまりはそういう話であるかと思うが、だとすれば、ある種、徹底した自動車趣味人に通じるところがある、という気がする。
ただ、その根底にあるものは真逆だろう。
男性の場合は、つまりそれそのものへの執着、ということになるわけだが、女性の場合は、

それに乗っているカワイイ私☆

こっちが強いのではないか、とも思う。
これは、下手をすると、嫌味な愛車自慢の団塊老人なんぞと紙一重になりやすいから、ちょっと注意したほうがいいかもしれない。
女性も他人には決して見せないお宝、みたいなものはあったりしないだろうか?
たとえば一人で使うだけに買ったマグカップだとか、ひそかに愛用する骨董品の万年筆であるとか。
そういう感じで旧車を買うというなら、たぶん、女性は男性よりこの趣味が性に合うかもわからない。
なんとなれば、男性はどこまで行っても社会的な生き物であるのに対して、女性はいつでも個人的な生き物、要するに

かわいい私☆

こんな感じなので。
たとえば色だ。
先ほどちょっと書いたショッキングピンクのポルシェと書いたが、あれも実はなかなかカッコイイが、男性だとああいうのは、

恥ずかしい

として、絶対に選ばない。
以前、初老の女性が赤のジャガーXJ・Sに乗っているのを見たことがあるのだが、色はバーガンディ・レッドとのことでえも言われずよい色だった。
XJ・Sのデザインは実はイタリア人なのだ。
だから英国車の癖、妙にイタ車のような色がよく似合うのだナ。
ボクの詳しい英国車でいけば、貴族のやるような車、アストンマーチンやらジャガーやらのスポーツタイプは薄いブルーのメタリック、あるいはゴールド・メタリックというような、日本人にはちょっと信じがたいセンスの色が意外やよく似合う。
そして、日本人男性はこういうのにはなかなか手を出さない、というか乗る勇気がないらしい。
ダーク・グリーンだのガンメタだの、白だの茶色だの、そんなのばっかりを選んでしまう。
とても面白いのに。
しかし、女性はそんなことは一々キニシナイ。

一事が万事このごとくで、自分の好きなもの、カワイイと思うものを素直に手に入れる。
気に入って可愛がって、ただ毎日乗っている。
こういうのを自然にやれる人が多いのも、女性ドライバーの特徴である。

世間が思う以上には・・・・・・旧車趣味と女性の相性はよい、ボクはそう思っているのだが。