今では急な災害が起きて、被害を受けても、
安全な場所へと避難できるし、
給水車や援助物資がすぐ届く、良い時代、良い国。
しかし、戦時中はとてもそんなわけにはいかない。
空からの爆撃を受け、街中があっという間に焼きつくされてしまい、
建物はコンクリートのビルがかろうじてポツンと残っているのみ。
屋根なども吹き飛ばされ、ない家屋が多かった。
学校の体育館も消滅。
ある時、ボクたちは動けなくなって、
見捨てられたように止まっていた市内電車を見つけた。
窓は割れていたし周りは焦げていたが、天井は大丈夫だ。
そこへ、親しかった近所の3所帯で数日をすごしたことがある。
不思議な事に水道設備はなんとか持ちこたえて、水は出たが、
持ち出したものの中に、食べ物がなく、
防空壕の中に備蓄しておいた物があったので、
瓦礫の下に埋まってしまった防空壕の入口の上のかぶった土を掘り返し、
母が入れていた鍋、米を取り出し、焼け跡で輪になって炊いた。
梅干ししかなかったが、感謝された。
緊急持ち出しの中に、こんな古い物が出てきました。
これ何だか分かります?
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ライターなんです。
無人島へ行く訳でもないのに。
火を起こすためのもの。
予備の火打石も入っていて。
他にも、小さなのこぎり・大きなろうそく・缶切り・氷砂糖など。
今では考えられないものがいろいろ。
でも何も使用することが無いまま終戦。
良かったです。