【29話】ある豪勢なお屋敷で【web小説】 | 浅田瑠璃佳@物書きブログ✡✡言の葉の楽園✡✡

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あれは………。


あれは一年ほど前。


花梨那(かりな)の嫁ぎ先が、神山(こうやま)家であるという話が舞い込んできた時期のこと。


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「……到着でございます。」


車の運転を担う使用人が、後部座席にいる花梨那と彼女の母親に声を掛けた。



「ありがとう。」


花梨那の母は笑顔で礼を言い、さっと車を降りて振り向く。



「花梨那、楽しかったわね。 また時間が取れたら行きましょうね。」


母は花梨那に優しく語りかけた。
その言葉に、花梨那は義務的に微笑み返す。

それを見届けた母は、半ば早足で屋敷へと戻っていった。

今日は偶然一緒に買い物に行けたけど、母にはまだ仕事が残っている。

だからこれは普段通りの、お決まりの光景であった。


母が去った後、花梨那は一抹の寂しさを感じながらゆっくりと車を降りた。


そして彼女も屋敷へ戻ろうとした時だった。



「………っ、お待ちください。」


花梨那が振り向くと、先ほどの運転手を務めた使用人が車を降りて、真っ直ぐに花梨那に近づいてきた。



「……?? なにかしら、前島」



花梨那は軽く戸惑いながらも、自分を呼び止めた使用人の名前を呼んだ。

前島……前島健吾(まえしま けんご)は意を決したように真剣なまなざしで、花梨那を見つめていた。


彼の礼儀正しく整えられた髪は少し茶色く、鼻下には口ひげがある。

20代前半の花梨那よりやや年上なようだが、年齢は近い。


「……お嬢様、恐れながら……、お嬢様の嫁ぎ先がお決まりになられたとはまことでしょうか?」


「……ええ、神山家というIT会社を立ち上げたお屋敷だそうよ。」

「……お会いになったのですか?」


「え?」

「その、……嫁ぎ先の神山家のご子息とはもう、お会いになられたのですか?」


「いいえ、まだよ。 どんな人かも分からないわ。」


「……本当に……。」

「?」

「本当に、嫁がれるおつもりですか?」


前島は鬼気迫った様子で言葉をしぼりだした。

その様子に、花梨那は動揺した。


「……ええ、もちろんよ。 ちょっと、どうしたのよ? あなた普通じゃないわ。」


前島は肩を震わせていた。

彼が心のうちで激しく葛藤している様は、花梨那の目にも明らかであった。



「……ええ、そうです。 普通じゃありません! ……こんな許されぬ想いなど……。」


かける言葉を見つけられずにいる花梨那に、前島はすかさず言い放った。



「お嬢様! 私は、私めは、お嬢様に嫁いでほしくはないのです!」


「!?」


「嫁ぐなら本当にあなたを大切に想い、またあなたが本当に心から愛する人にならば、私は諦めがつきます。」



前島は泣きそうな顔をしていた。

その苦しそうな様子に困惑しながらも、花梨那は言葉を返した。



「前島、あなたは何を言っているの?」



「あなたが好きです。」



その瞬間、花梨那は周りの音が消えたような気がした。


そしてだんだんと、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。




「………な、なにを言って……。」


「あなたが好きです。」


「……それはもう聞いたわ! あなた、自分が何を言っているのか分かってるの?」



「分かっております! 私めは使用人という卑しき立場でありながら、お嬢様を強くお慕い申し上げているのです。」



前島の表情は、いつの間にか意志の固い精悍な顔つきに変わっていた。



「(私を………好き?)」



花梨那は目頭が熱くなるの感じた。



思えば昔から、周りの人間にはちやほやされてきた。

でもそれは、自分が院上寺家の令嬢だからに他ならない。

歯が浮くようなセリフを並べられても、不信感が増す一方だった。

同時にずっと、誰かに愛されている自信がなかった。


しかし今、目の前の男は、前島は、嘘のない真っ直ぐな想いを自分に伝えてくれた。


彼女はようやく気づいたのだ。

自分を心から愛してくれる人間が、こんなにも近くにいたということを。


花梨那の心は、生まれて初めて味わう感動と愛しさに溢れた。



………だが!!



花梨那は強く、目をつぶった。


自分は令嬢。

しかも嫁ぎ先が決まっている身。


対して相手は使用人。


結ばれるはずがなかった。

いや絶対に、結ばれてはいけなかった。



「………。」

 


やがて彼女はゆっくりと目を開けて、前島を見据えて言った。



「……今日のこと、私は何も聞かなかったことにするわ。 もちろんこの事は他言無用よ。 いいわね?」


「……お嬢様……。」


前島は絶望的な目で、彼女を見た。

それでも花梨那は、表情を崩さないように懸命に努めた。



「さあ、もう夜になるわ。 早く車を戻してきて。」


そう言って、花梨那は彼に背を向けて屋敷へ歩き出した。

想いを押し殺す痛みを、必死に気づかれないように涙をこらえながら……。


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「(前島……)。」


初夜のベッドの上で一人残された彼女は、自分の夫ではない男の名前を思った。



「あなたは今でも、私を好きでいてくれる……?」


そうつぶやく彼女の目には、涙が光った。



およそ初夜とは思えないほどの寂しさと虚しさを抱えながら、彼女は一人身を休め夜を明かした。




To be continued



花梨那さん過去編、お疲れ様でしたニコニコ

ここまで読んでくださり、ありがとうございます飛び出すハート

新キャラ、前島健吾さんが登場しましたニコニコ愛

登場人物が突然自分の脳内に降ってきて、作品の中で動いてくれるのは嬉しいですねぇキラキラ


次回もぜひ、お楽しみにニコニコ



カメrurikaカメ