獅子舞界のドン・キホーテ、伊勢大神楽の暮らしの実態、民俗芸能研究の可能性について。

新型コロナウイルス、人口減少、高齢化、担い手不足、娯楽の多様化、、様々な問題が、民俗芸能の衰退を促している。その中で、東京ドキュメンタリー映画祭で上演された伊勢大神楽の記録「それでも獅子は旅を続ける」は、400年変わらず受け継がれている芸能のありのままの姿を映し出していた。2022年12月13日、上映と監督によるトークを観てきたのでその時に感じたことを振り返る。


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伊勢大神楽の歴史は獅子頭の年代から言えば室町時代太夫村の歴史から言えば近江から人々が移り住み芸能を徐々に始めたとされる約400年前に遡る。激動の時代をどう生き抜いてきたのだろうか?

 

やはり、継承の問題は根深い。旦那場が少なくなり他の社中がどんどん辞めていく。しかし、その中で、山本勘太夫社中は9から11人という大所帯で年間100日以上旅を続けている。まさに旅する仕事人の姿が印象的だった。舞いだけでなく日常生活そのものが無形文化財だというお話も出てきた。

 

朝5時の朝ごはんを食べたら神社で総舞をしてから、門払いが始まり、日が暮れる18時まで続けていく。苦しさはあるけれど、合間にヒルヤドがあってご当地の美味しいものをたくさん食べられ、一服する楽しみもある。ただ、近年はコンビニ弁当も増えて、なかなか家に招かれることも少なくなったようだ。迎え入れる側にも相当な負担がかかることはやむを得ない。 

 

なぜ獅子は旅を続けられるのか?

印象に残ったのは山本勘太夫社中が「伊勢大神楽ドンキホーテ」と自称していること。他の社中よりも質より量を重視して、旦那場を新規開拓しているそうだ。休憩して舞ってだらだらとするよりは効率よく回らねばならない。それは近年、ご祝儀の上がりが少ないという事情も関係しているらしく、とにかく数多く回らねばならない。近年新規開拓したのが福井県の美浜らしい。それまで他の社中が回っていたがそこの継承が途絶えた関係で新しく門祓いをすることになったのだとか。海側を開拓していなかったこともあり、ロケーションが魅力的とお話されていた。

 

これはまさに僕がテーマとしている獅子舞の生息可能性の話と関連がある。アレクサンドロス大王やらチンギス・ハーンが大陸を横断して領土を拡大したように、獅子舞もその領土拡大を試みているようだ。それは獅子舞という文化が根付くかどうか?という話でもある。

 

獅子的な精神というのは、伊勢大神楽の場合、お祓いのありがたみというあわい感覚に加えて、放下芸を楽しむという娯楽的な要素を強く含んでいるように思う。とりわけ子供が獅子に噛まれて泣いたり、ワイワイと騒ぐ様子が印象的である。この獅子舞の精神を受け入れた地域が獅子舞の生息地でもあるのだ。これは新規開拓をしたいからとか、ロケーションが良いからとか、多分に担い手の好みや都合によって決まることもあるという気づきも得た。

 

今回、映画を拝見してみて、総じて自分にとってはかなり既知の事実が多かったようにも思えた。コロナ禍においてマスクをしながら笛を吹かなきゃいけないとか、本当は自粛しなければならないけど逆にお祓いしないと何かあったら逆に自分たちのせいになる感覚とか。その時代ならではの細かな違いはある。もちろん、活動の推移を記録、アーカイブすることには意味がある。ただ舞いが継承され毎年変わらず同じルートで回ろうという変化を極力拒もうとすることが伝統の本質でもある。だから、革新的な気付きや驚きのようなものがあまり生まれないのかもしれないとも思った。映画を観る前日の夜に、チェンソーマンを見て度重なる良い意味での裏切りに感動しっぱなしで面白かったのとはどこか対象的だ。それでも、ただひたすら丁寧な愚直な取材が持つ意味というのは少なからずあるとは思う。

 

民俗芸能を民俗学文化人類学の分野で研究することはひたすら単調で尊い行為だと思う。一方で獅子舞そのものではなく、獅子舞がいる暮らしとは何かを1回抽象化させて、そのメソッドのようなものを取り入れた新しい暮らしを構想するような研究のあり方も個人的には面白いように思う。都市研究やら地域研究に生かされるべき話のようにも思えるし、全く別の分野にポーンと持っていった方が得られる気付きも大きそうだ。幸い伝統文化は縛りとも捉えられる一方で、繋がれる本質的理由みたいなものがあって、それが土地の風土とも関わってきて。それを読み解くことも意義深い研究なのではないかとも思えてきた。