長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』

2022-11-25 | 映画レビュー(ふ)

 誇張でも何でもなく、映画の開始1分で泣いてしまった。物語はティ・チャラ(=チャドウィック・ボーズマン)の危篤の報を受け、彼を救おうと奔走する妹シュリの姿から始まる。2020年8月、チャドウィックの訃報に多くの人が打ちひしがれ、とりわけシュリ役レティーシャ・ライトの声明には悲痛なものがあった。全くもって青天の霹靂とも言うべき出来事だったのだ。『ブラックパンサー』が歴史的大成功を収め、その後も主演作が相次ぎ『マ・レイニーのブラックボトム』ではアカデミー主演男優賞にノミネートされる等、キャリアの絶頂にあったチャドウィックは長年、ガンとの闘病を続けており、その事実はライアン・クーグラーやケヴィン・ファイギをはじめ、ほとんど誰にも知らされていなかったのである。まさに『ブラックパンサー』続編の製作が始まる矢先の死にスタッフ、キャストが衝撃を受けた事は想像するに余りある。それも一主演スターの死ではない。空前の大ヒット作にして近代黒人史、ブラックカルチャーを総括した歴史的重要作の主役だ。そんな彼の死に本作に携わる人々が並々ならぬ決意で挑んだことは映画のあらゆる場面から伝わってくる。俳優陣の演技はエモーショナルで、クーグラー監督は本作をチャドウィックへのトリビュートとして仕上げている。この気迫にファンは大いに心揺さぶられるだろう。

 チャドウィックの死は『ブラックパンサー』に新たな変化をもたらす事となった。原作コミック通りにシュリが2代目ブラックパンサーを襲名し、近年『スモール・アックス』でカリスマ性を発揮し始めていたレティーシャ・ライトは主演スターへの道を急がされる事となった。前作では大ベテランの顔見世程度だった母親役アンジェラ・バセットには大きな見せ場が用意され、アカデミー賞ノミネートが噂されるのも納得の名演である。もちろん、みんな大好きオコエさんことダナイ・グリラは格好良く、ルピタ・ニョンゴも健在だ。ここに新キャラクター“アイアンハート”(ドミニク・ソーン)も加わり、期せずして主要キャラクターが全て女性で固められた。『エンドゲーム』終盤のような帳尻合わせでもなければ『キャプテン・マーベル』ようなイシューも背負わず、物語が要求する必然として実現したこの座組は真の“MCU初の女性ヒーロー映画”と言っても良いだろう。男はあまり役に立たないマーティン・フリーマンにあまり賢くなさそうな(しかし的を得た事しか言わない)エムバクことウィンストン・デューク(イェール大卒)のみ。それでいい。

 しかし、チャドウィックへの想いが必ずしも映画に良い作用をもたらしているとは言い難く、作り手のエモーションが勝ったために切れなかったであろう場面は決して少なくない。ヴィランとなる海底人ネイモアがワカンダに接触する動機はどうにも弱く、悪役と言い切れないグレーゾーンがヒーロー映画としてのカタルシスを損ない、これでランニングタイム2時間41分は長過ぎる。主演俳優の死という前代未聞の難局を乗り切った製作陣は大いに称賛されるべきだが、MCUフェーズ4に共通するコントロール不足が本作においても解消されていない事は留意すべきだろう。何より第2のキルモンガーを思わせるエンドクレジットシーンはどうにも歯切れが悪かった。同時期にオンエアされていた『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』に熱中していた身としては、正統な王位継承者が人知れず育てられているなんて絶対ロクな事にならないと思うんですけど!


『ブラックパンサー ワカンダ・フォーエバー』22・米
監督 ライアン・クーグラー
出演 レティーシャ・ライト、ルピタ・ニョンゴ、ダナイ・グリラ、アンジェラ・バセット、マーティン・フリーマン、ウィンストン・デューク、ドミニク・ソーン、ミカエラ・コール、テノッチ・ウェルタ・メヒア

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