長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』

2022-06-06 | 映画レビュー(と)

 2020年代にサム・ライミがマーベル映画を監督してるって一体どんなマルチバースだよ!と驚いてしまうが、そこはさすがケヴィン・ファイギ。前作の監督スコット・デリクソンの離脱による酔狂の人選ではない。近年も『ドント・ブリーズ』や『クロール 凶暴領域』など、ホラーの巨匠として精力的にプロデュースを続けてきたサム・ライミも62歳。正直なところ映画監督としては“過去の人”であり、その作風は古臭さくもある。しかしそれがこれまでにないレトロな風味をMCUにもたらしており、126分という上映時間は近年ハイコンテクスト、大作化が顕著なハリウッド映画において娯楽映画を極めた巨匠ならではの的確な塩梅とも映った。これくらいの“肩の凝らない”ハリウッド映画なんて久しぶりではないか。

 本作には随所にサム・ライミ映画のセルフオマージュが散りばめられており、往年のファンは爆笑必至。若い観客からすれば「あのオッサン達はなんであんなに喜んでるんだ」と不思議に見えるだろうが、世代を超えたポップカルチャーの結節もMCUの魅力だろう。ツボがいまいちわからなかった観客は、これをきっかけに過去のサム・ライミ作品にアクセスすれば良いのだ。
 また、壮大なロードマップの下、若手や職人監督を積極的に起用してブランドカラーを統一してきたMCUが、ここで評価の確立した巨匠格のライミを起用し、その作風を大いに反映させているのは重要な転換点だ。今後も名の通った監督が登板し、映画史にコミットするようなMCU映画が生まれることも起こり得るのではないか。ライバルのDCが半ばユニバース構想を諦め、監督の作家性を重視することで傑作をモノにしている今、既に大成功を納めているMCUが挑戦する価値は十二分にある。

 本作のもう1つの魅力がワンダに託された仄暗さだ。秘密結社ヒドラで改造人間として育てられ、アベンジャーズ合流後もその能力ゆえに世間から危険視され(『シビル・ウォー』)、唯一の理解者ヴィジョンを失い(『インフィニティ・ウォー』)、哀しみから自閉した彼女が(『ワンダヴィジョン』)、最強の魔女スカーレット・ウィッチとしてドクター・ストレンジの前に立ちはだかる。MCUはこれまでヒーローが苦しんできた力を才能(=Gift)として肯定し、あのハルクですら自己実現を成し得てきたが、異能ゆえの哀しみを描いてきたのもまたこのジャンルである(永井豪や石ノ森章太郎など、日本の漫画にこそ馴染みのある文脈かも知れない)。インディーズ映画『マーサ、あるいはマーシー・メイ』で注目されたエリザベス・オルセンはワンダが持つ苦しみを陽性のMCUに持ち込み、『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』は彼女の映画である。『パワー・オブ・ザ・ドッグ』でキャリア最高の演技を見せたばかりのベネディクト・カンバーバッチもさすがのスターパワーだが、本作の要は何をおいてもオルセンだ。ワンダの心の変遷を十二分に味わうためにもTVシリーズ『ワンダヴィジョン』は予習必須だろう(ファイギは「TVシリーズを見ていなくとも大丈夫」と発言していたが、そんな事ないじゃん!)。

 もちろん、126分という上映時間ではMCUのハイコンテクストが過剰積載な感はある。マルチバースを横断する力を持った少女アメリカ・チャベスは、その象徴的な名前からも多くの文脈を持って然るべきキャラクターだ。ドクター・ストレンジが彼女にエールを送る場面は分断と対立、そしてパンデミックによって疲弊した現在のアメリカへ向けられたものに見えた。またサプライズ扱いされていたプロフェッサーXら“イルミナティ”の面々が噛ませ犬で終わったのはいささか拍子抜けである。

 もっともこんな些細な不満はミッドクレジットシーンで吹き飛んでしまった。次元の間から現れたのは…なんとシャーリーズ・セロン!とんでもないビッグネームのMCU合流に僕は思わず座席から立ち上がりかけてしまった。いやはや、まだまだお楽しみは続くようだ。


『ドクター・ストレンジ マルチバース・オブ・マッドネス』22・米
監督 サム・ライミ
出演 ベネディクト・カンバーバッチ、エリザベス・オルセン、ベネディクト・ウォン、レイチェル・マクアダムス、ソーチー・ゴメス、キウェテル・イジョフォー、ヘイリー・アトウェル、ラシャーナ・リンチ、ジョン・クラシンスキー、パトリック・スチュワート

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