スキルス胃がんだったとは!

夫がスキルス胃がんステージ4の告知を受けてからのこと

すり鉢、味噌漉し、おろし金とスープ

固形物が入らなくなった。寿司を一貫食べるだけで吐いてしまう。

 

夫はスジャータのコーンポタージュとゼリー飲料とヨーグルトで凌いでいたが、果糖ブドウ糖液でカロリー摂取するのは糖質制限からすると最悪のチョイスで気が重かった。そしてある日突然ゼリー飲料も受け付けなくなった。消化の問題というより飽きが来たらしい。

 

入院中は重湯と吸い物にポタージュスープ、ゼリーと糖質爆弾系飲料が出たが、これらもほとんど口にしなかった。ゼリーと飲み物類は持って帰ってきて、少しずつ飲んでいる。

 

胃の通りが悪いので、水もごくごくは飲めない。ビタミンCをはじめサプリやビタミン剤も胃に余裕があるときしか飲めなくなった。胃を圧迫するガスとは違うヒリヒリとした熱を伴う痛みが昼夜を問わず出てきて、先週から痛み止めを服用している。

 

状況は非常に厳しい。2月のはじめは普通に食事ができていたのに悪夢のようだ。

 

しかし捨てる神あれば拾う神ありで、わたしは夫の闘病が始まって以来久方ぶりに頭と手足が噛み合うようになり、してやりたいと思うことをあれこれしてやれるようになった。出来るといってもスラスラと手足が動くわけではないが、「がんばれ、がんばれ」と自分で自分を励ましながら、ひとつひとつ物事を計画し、実行し、片づけることができている。出来ないときは本当にできない。えっちらおっちらでも出来るのは僥倖だ。

 

適度な割り切りと小さな工夫、気長な手間暇の実現が可能になった結果、デパ地下で冷凍スープを買い、味噌こしで漉して、滓をすり鉢で当たり、もう一度味噌こしで漉して出すことを思いついた。辰巳芳子のあなたのために―いのちを支えるスープで、つみれ汁のレシピがすり鉢仕様だったことを思い出したのだ。細かくなっていればいいかというと、ミキサーやブレンダーではだめで、スピードカッターによるみじん切りの具とすり鉢で徹底的にすり潰した具とでは胃のおさまり方が違う。

 

果たしてスープは無事胃に納まり、血となり肉となったようである。お椀一杯で150カロリー前後ほどなのでグラスフェッドバターをひとかけ入れる。調子がよければこれが日に2~3杯入ることがある。他に無糖ヨーグルトにお見舞いにもらったマヌカハニーを入れて少々いただく。

 

青汁とブルーベリーとプロテインパウダーと低温殺菌牛乳のシェイクも茶漉しでこし、ブルーベリーの皮はすり鉢であたり、再度こしたものを出すと少しずつ飲むことができた。茶漉し、味噌漉し、すり鉢、そしておろし金は偉大だ。

 

貧血気味だというので鶏レバーの生姜煮をすり鉢であたって親指ほどの団子にして出した。食べられた。納豆をすり鉢ですり潰し、葱をおろし金でおろし、卵液と山芋と粉にした鰹節を味噌こしで漉して玄米粉と混ぜて焼いて出した。これも食べられた。すり鉢であたった粥なら食べられるのではないか。茶碗蒸しもいけると思う。しかしここであれこれ勧めると食べることの不安とイニシアチブの問題で頑なになることもある。匙加減が難しい。

 

食事は栄養を摂り、身体を温め、動かすためだけでなく、食べることで心を落ち着かせるためにも大切なものだ。口にしたものを飲み込んで吐かずに済むのがどれだけありがたいことかは、喉から手が出るほど空腹なのに「食べたら苦しくなるかもしれない、吐いてしまうかもしれない」と食事を恐れるようになるとよくわかる。

 

「次の薬が効くといいなあ。そしたらラーメンやフィッシュバーガーをまた食べたい」と夫は言う。食べられるようになったら薬になるもの、身になるものをどしどし召し上がっていただきたいのに、ジャンクフードばかり欲しがるのでため息が出る。夫はポテトチップス、チョコレート、菓子パン、炭酸飲料、甘くとろみのある紅茶やコーヒー飲料、アイスクリーム、クッキー、ビスケットが好きで、酢が大嫌いで、わたしの料理は味が薄いといつも不平を鳴らしていた。

 

いまは小さなお椀一杯のスープをようやく飲んで、「ありがとう。美味しかった」と横になっている夫。がんは慢性病、生活習慣病で、闘病に際して食習慣、生活習慣を変えられるかどうかが快癒の分かれ道になる。思いがけずスープ生活を余儀なくされた夫の予後が苦労に見合うものであることを祈るばかりだ。