象が転んだ

たかがブロク、されどブロク

ワールドカップの身代金〜6500人の犠牲は誰が償うのか?

2022年11月29日 04時31分43秒 | スポーツドキュメント

 勝ったら勝ったで盛り上がり、負けたら負けたで再び盛り上がる。まるで、どこの国を応援してるのか分からなくなったが、コスタリカの必死の守りとサポーターの神妙な祈りを見てたら、内心”日本負けてくれ”っていうもう一人の自分がいた。
 その一方で、このカタール大会はワールドカップとして体を成しているのか?という大きな疑問が湧く。
 6500人という数字を聞いた時に真っ先に1964年の東京オリンピックを思い出した。薄々は大会の規模や予算に比例するそれ相当の労働被害が噴出するだろうとは思ってたが、ここまで酷いとは知らなかった。
 以下でも述べるが、1964年の東京で労働災害でなくなった人は判ってるだけで4135人。行方不明者を含めると数万人の単位になるという。つまり、58年前の日本もカタール大会も顔負けの、桁違いの労働災害を露呈してた事になる。


物議を醸し続けるW杯

 日本とは異なり、特に欧州のメディア(特にBBC)はこうしたシリアスな問題にはとても煩い。
 事実、元イングランド代表ガリー・リネカーは”これは史上もっとも物議を醸しているW杯だ”と切り出した。
 ”2010年にFIFAがカタールを開催地に選んでから・・・幾つもの大きな疑問を向けられてきた。開催権投票に関する不正の告発に始まり、スタジアムの建設に携わった外国人労働者たちの多くの命が失われた事や彼らの扱いまで・・・。
 こうした中、トーナメントは始まります。それは世界中で観戦され、楽しまれるべきものです。「フットボールに集中しろ」とFIFAは言う。まあ、少なくとも数分くらいなら我々もそうするでしょうけど”

 そこでBBCは、ケバケバした派手な演出の開会セレモニーを放映せず、ある人権団体のインタビューやFIFA会長の発言の批判に時間を割いた。
 一方で、(イタリア系スイス人である)インファンティーノ会長はその前日に、西側メディアによるカタールへの批判を”偽善的で人種差別的なもの”と逆に強い口調で非難していた。
 ”我々欧州の人々は、他の人たちにモラルについて説教する前に、自分たちが過去3000年に渡りやってきた事について、今後3000年は謝り続けるべきだ”
 他国や他大陸を侵略し、植民地として搾取してきた歴史を持つ欧州人が、そうした過去を脇に置き、カタールの人権侵害などを声高に批判するのは不当だと言いたいのだろう。これには理解できる所もある。しかし、芝居がかった調子で発した次のアピールは的外れなものだったと捉えられても仕方ない。
 ”私はカタール人の気持ちがわかります。アラビア人、アフリカ人、同性愛者、障がい者、そして外国人労働者の気持ちも・・・でも私にはその気持ちがわかります。なぜなら私は子供の頃、赤毛とそばかすのあるイタリア人だったので、スイスでは虐められた経験があるからです。想像してください”

 しかし、イタリア移民の息子としてスイスでいじめに遭った経験と、カタールW杯のスタジアム建設工事で命を落とした6500人超の外国人労働者の現実を並列で語るのは、明らかに無理がある。
 4年前のロシア大会時に”世界中がロシアに恋をしてる”と言ってプーチンの機嫌を取り、後に侵略戦争を起こした大統領から友人の勲章を受けてる男こそが、FIFAのインファンティーノ会長だ。舌を何枚も使い分け、常にパワーと寄り添う所は、厚顔無恥な政治家と大差ない。
 今回はアラブの小国が初めてW杯を開催し、フットボールによって世界を団結させるという幼稚な絵空事を貫きたいのだろう。
 人々を熱狂させる魅力的なものは大量に消費され、いずれ権力者たちに利用される宿命にある。
 ただ開幕戦を観たかぎり、カタールの壮大な挑戦は前途多難に思える。
 以上、NumberWeb(11/22)から一部抜粋でした。


ワールドカップの身代金

 ”東海道新幹線だけで二百人、高速道路で五十人、地下鉄工事で十人、モノレールで五人、ビルやその他を合わせると最終的に三百人を軽く超える。
 一体、(1964年の)オリンピック開催が決まってから、東京でどれだけの人夫が死んだのか。ビルの建設現場で、橋や道路の工事で、次々と犠牲者を出していった。新幹線の工事を入れれば数百人に上るだろう。それは東京を近代都市として取り繕う為の地方が差し出した生贄である”

 これは「東京オリンピックの身代金」(奥田英朗著、2008年)からの抜粋である。
 秋田の貧しい農村に育った主人公は、東大経済学部の大学院で学んでいたが、出稼ぎに来てた日雇い人夫の兄が工事現場で命を落としたのをきっかけに、自分も同じ現場で働いてみる事を決意する。
 ”労働者の命とは、何と軽いものなのか。支配層にとっての人民は、19年前に本土決戦を想定し、「一億総火の玉」と焚きつけた時分から少しも変わっていない。人民は一個の駒として扱われ、国体を維持する為の生贄に過ぎない。かつてはそれが戦争であり、今は経済発展だ。東京オリンピックはその錦の御旗(みはた)に過ぎない。・・・ぼくに革命を起こす力はないが、それでも一矢報いるぐらいの事はできる。そうだ、オリンピックを人質にして身代金を頂こう・・・”

 1964年、作業中に事故に遭い、被害を受けた労働者は一年間で約70万人で、うち死者は4135人に上った(朝日12・28)。どこの工場も生産を急ぐあまり、安全管理は後回しにされ、人命を軽視する風潮が蔓延していた。
 犠牲者の大半が地方の農村などから出稼ぎに来た非正規の労働者だ。慣れない危険な作業を任され、事故を誘発する要因にもなっていた。
 新幹線工事も五輪開会式に間に合わせよという至上命令に従い、無謀な突貫作業を続け、事故が頻発した。ここでも犠牲になっていたのは出稼ぎ労働者である。給料は出来高払いが故に、みな無理に無理を重ねた。仕事を完了しなければ賃金がもらえないのだ。
 因みに、1964年の東京オリンピックでの正式な犠牲者数は公表されてはいない。更に、新聞記事には犠牲となった人たちの名前さえ載っていなかったという。
 この年は、東京で行方不明になる出稼ぎ農民が激増し、警察庁の調べでは、届け出のあった全国の行方不明者の総数は判ってるだけで8万人とも言われる。更に、この年の前半だけでも、日本全国で発見された身元不明者の死体は500を超えたとされる(「1964東京ブラックホール・後編」)。


最後に〜人権問題と命の問題

 ここまで書いただけでも、どれだけの労働者が犠牲になったかを想像できよう。
 因みに、2020年東京オリンピックの施設工事では、厚生労働省の集計結果(16/7/29~19/6/30)によると、23人(死亡2人)の死傷災害が発生した(労働新聞社)。その後、2人の死者(心不全と自殺)が確認されている(NHK政治マガジン)。

 しかし、この1964年に起きた異常なまでの不都合な惨劇が、2022年のカタールでも当然の如く起きた。
 スタジアムの建設現場やインフラ工事では、40度を超える暑さと過酷な労働で多くの命が失われた。英ガーディアン紙の調査によると、(非正規の)移住労働者の死亡者数は6500人を超え、更に賃金の未払いも後を絶たない。
 W杯のカタール開催は2010年に決まった。その後、(30兆円とか45兆円とも噂される)巨額の費用をかけ、スタジアムの建設や周辺整備が進んだ。それを支えたのが数百万人にも上る海外からの移住労働者で、その殆どはインド・バングラデシュ・ネパール・アフリカ大陸などの貧しい国々である。
 数万人が作業中に負傷し、国際労働機関(ILO)には1年間で3万件を超える未払い賃金に対する苦情が通報された。
 これに対し、国際人権保護の各団体は、FIFAに救済基金の設立を要請するも反応はない。そんな中で、W杯へ出場する32のサッカー協会に連絡を取り、救済基金を支持する様に求めた。結果、ベルギー・フランス・イングランド・ドイツ・オランダ・ウェールズ・米国の7つのサッカー協会が救済基金の設立を公式に支持したが、日本サッカー協会は人権問題に対する明言を避け、要請には応じなかった(yahooニュース)。

 FIFAの開き直った態度には様々な反発はあろうが、いくらカタールが金満国家だとしても(労働法の基盤である)社会保障や福利厚生が全く機能してない国でW杯を開催する事自体が全くの自殺行為である。
 つまり、10年前からこうなる事は解りきっていた。その時に反対すればいいものを今になって反発しても、6500人の命が生き返る訳でもW杯が健全な方向に向かう筈もない。
 まるで、カタールとFIFAが6500人の命と3万を超える無償の労働力とを引き換えに、W杯をまんまと盗んだ形でもある。

 同じ様な事は1964年の東京オリンピックでも起きた事だが、非正規と言えど、貧しい外国からの移住労働者と言えど、(「オリンピックの身代金」じゃないが)”ワールドカップを人質にして、6500人の犠牲の代わりにFIFAとカタールから莫大な身代金(保証金)を頂いて”もバチは当たらんだろう。
 革命は金持ちやブルジョアではなく貧しい民の為にある。サッカーもワールドカップも権力者やFIFAの為ではなく大衆の為にあるべきだ。その大衆を犠牲にしてイベントが成り立つ筈もない。
 それに、大衆は娯楽の奴隷ではない。W杯を観ようがポルノを見ようが、或いは母国を応援しようが敵国に賭けようが、個人の勝手なのである。
 権力が娯楽と大衆を支配しようとするのなら、大衆は権力に対し、身代金を要求すべきだ。つまり、地球レベルでの”民衆革命”はすぐそこまで来てるような気がする。

 大会が終わったら、カタールという国家とFIFAを丸裸にし、徹底した調査をすべきだ。少なくとも1964年の東京みたいに全てを曖昧にし、オリンピックやワールドカップを美化し、権力の支配下に置くべきではない。
 一方で、6500人の犠牲を無駄にしない為にも、今回の騒動を”人権問題”として同性愛などと並列に語るべきではないし、”命の問題”として明確に区別し、曖昧にすべきでもない。



8 コメント

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Unknown (1948219suisen)
2022-11-29 05:17:47
1964年の東京五輪を開催するため、そんなに犠牲者が出ていたことは知りませんでした。これでは中世の奴隷と変わりないですね。五輪を始めとして、こういう大規模なスポーツ大会はやめたほうがいいかもしれません。昨年開催された東京五輪の膿が今頃さらけ出されていますが、これは開催前からわかっていたことでしたし、開催することで儲けようとする人達が存在することも予想できたことでした。こういう利権を生じる大会は今後ノーモアです。怒
うんざりのW杯 (桃子)
2022-11-29 05:46:58
私も、自分は日本人だろ⁈と自問しながら、日本を真っ直ぐ応援できない自分がいます。
試合後、会場をきれいに掃除してゴミを持ち帰る日本人サポーターたち。
日本選手たちでさえ、控室をきれいに掃除し、鶴なんぞの折り紙を飾って感謝の言葉を残していました。それが素晴らしいと賞賛されてると??

数年前にも、フランス対日本の親善試合がパリでありましたが、同じようにお掃除して帰っていました。お愛想で素晴らしい!と言ったフランス人も居たのでしょうが、スポーツコメンテイターは何やってるんだーと冷ややかに笑っていました。
と言うより、掃除の人たちが控えているのに、彼らの仕事を奪うのか⁈と。
テロで苦しんでいるフランスなので、試合終了後は速やかに退場してもらうのが規則です。日本人だけ、お掃除してる・・・恥ずかしかったです。

日本では今回も同じく、日本人は素晴らしいと賞賛された!と、どのマスメディアも流していました。どうせ FIFA・カタールが言ってるんでしょ!
日本がカタールから応援されて喜んでいる限り、もう勝ち進まなくていいです。
“郷に入っては郷に従え”と言う言葉はまさにこの為にあるかと。(長くなってスミマセン)
ビコさん (象が転んだ)
2022-11-29 11:31:15
オリンピックは賭けの対象にもなりにくいので、利権に暴走するIOCや国家絡みのイベントならすぐにやめるべきですよね。
次回のパリ大会も殆ど興味はないです。

1964年の中世の奴隷を彷彿させるような労働災害は「東京オリンピックの身代金」で初めて知ったんですが、全く情けない話ですよ。戦後よりも戦前の方が裕福で強い日本だったんですから・・・

ただ、サッカーのW杯に関しては賭けの対象になるので、オッズを眺めてるだけでも楽しいですが。
桃子さん (象が転んだ)
2022-11-29 11:37:03
日本は礼儀正しすぎて迷惑だし、
欧米は何かにつけ、”同性愛”を持ち出す。
労働災害とは全く別次元の問題なのに、同一化して訴える。これも(同性愛団体を含めた)人権団体という名の末恐ろしい権力です。
(ブログでは省いたんですが)多分、リネカーの言葉も人権団体が用意したもので、同性愛が含まれてました。
故に、欧米メディアが大騒ぎする人権問題も”本質をずらすなよ”って言いたいですね。

フランスはとても強いんですが、活躍してるのはアフリカ系で少し複雑な気持ちになります。韓国もガーナに負けたし・・・
近い将来、アフリカ系の国々がW杯を支配する時代が来るかもですが、そんな時に欧米メディアは何と騒ぐんでしょうか。

とにかく、今回のカタール大会はいろんな事を考えさせてくれますね。
人権団体と同性愛問題 (paulkuroneko)
2022-11-29 14:24:42
最後に書かれてあるように
労働災害と同性愛の2つは、区別して議論する必要がありますね。
人権団体は6500人超が犠牲となった労働災害を人権問題として提訴し、更にその人権問題を同性愛問題にまで拡張しました。
一方で、同性愛を容認する政治団体も一種の大きな権力になってますから、人権団体としては味方につけたかったんでしょうか。

今大会の一連の騒ぎはカタールの金満に群がるFIFAとそれに反発する(同性愛団体を味方につけた)人権団体の2つの権力の衝突によるものだと思います。
互いの主張は一見真っ当なようですが、互いに芝居がかったアピールは的外れにも思えなくもないですね。
インファンティーノ会長が強気でいられるのも、そうした人権団体の足元を見てるからでしょうが、人権団体側もFIFAの権力に寄り添う醜態を見抜いてます。

ただ今回の問題は
ピッチ内とピッチ外でも明確に区別する必要がありますね。 
paulさん (象が転んだ)
2022-11-29 22:01:29
AI導入(VAR)や交代人数変更によるゲームや勝敗に対する影響や開催国や時期における問題点。また開催地の劣悪な環境が選手や試合結果に与える影響など。
これからも様々な問題が噴出しそうですね。

そんな中、人種間差別は昔から言われてた事ですが、2006年のベルリン大会ではジダンの退場は大きなスキャンダルとなりました。2002年の日韓大会も韓国に偏りすぎた中東の審判のジャッジをめぐり大きな議論を引き起こしました。

言われる通り、ピッチ内外での問題も区別して整理して考えるべきです。
FIFAを監視する筈の人権団体も同性愛団体と結びつき好き放題やらせれば、それこそ破格の汚職や賄賂の温床にもなりかねない。
開会式を見ても、失敗に終わるカタール杯だった筈ですが、変な意味でも盛り上がってる所が不思議です。
FIFAと人権団体の歪な対立 (腹打て)
2022-12-01 06:12:00
6500人の犠牲と同性愛は全く関係のない話よ。
リネカーも巧く担がれたね。
paulさんも言ってたけど、FIFAはカタールのオイルマネーにすがり付き、人権団体は同性愛団体にすがり付く。
出場国の選手らは、FIFAには普段から何某かの反発を抱いてるから、人権団体に傾くしかない。
6500人の犠牲を全面に押し出すような抗議なら理解できるけど、選手たちの試合前の抗議は中途にかつ曖昧にも思えるのだが。 
腹打てサン (象が転んだ)
2022-12-01 07:01:28
読んでで
少し出来過ぎのコメントかとも思いましたが、同性愛の部分だけを外して載せました。
ただ、FIFAの言い分よりもリネカーの方が説得力はありますよね。でも同性愛だけは余計でした。

英国選手の片膝ついての抗議は、メキシコ五輪の時に表彰台で黒人選手が拳を突き上げた”ブラックパワー・サリュート”を模したものかもですが、リアルさとインパクトには欠けますよね。
ラグビーのW杯でも見たし、何度もやられると”またか”ってなる。
とにかく、ピッチ内ではフェアであってほしいですね。

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